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こだま憑き  作者: ブルージャム
第三部 幕末編
28/73

旅立ちの剣  追跡者

 暗い部屋だった。

 ろうそくが一本、冷えた土間の上に立てられている。そのそばに、ひとりの男が右ひざをたて、左ひざを土間についた姿勢で、待っていた。顔を下に向け、汚れた土間の一点を見つめている。

 やがて、ひとりの侍が、袴を土間につかぬよう両手で持ちあげながら、ゆっくりと歩いてきた。かがんで、男の様子を確かめると、男の正面側にまわった。


 侍は、男に顔をあげるよう、身ぶりでうながしたあと、口を開いた。

「また、脱藩したようじゃな」

 侍は、苦々しげに、

「藩を出る前に止められなかったのか?」

 と、うずくまる男を責めた。

「何分にも、人が足りませぬ。坂本某の脱藩以来、脱藩者が、さらに増えておりまする」

 男は、侍に届くか届かないかの小さな声で、淡々とこたえた。

 侍は、よりいっそう苦々しげに、

「わかっておる。今のご時世では、脱藩者の取り締まりに、あまり人はさけぬ。藩内のよそ者にも、眼を光らせねばならぬのだ」


 男は、無言で侍を見あげている。

 侍は、舌打ちをした。男とは、十年以上の付き合いだった。何をいっても堪えぬことは、わかっていた。こちらが、容易に罰っせぬことも見通しているのだろう。

「追手をかけよ。四国の山中であれば、他藩の領地でも、切り捨ててかまわん。藩の外でも追手がかかるとなれば、脱藩を思いとどまる者もいよう……」

「はっ。すぐに手練れのものを選び、あとを追わせましょう」


 なんと、乱暴なことを……。他藩で人を殺すなど、わが藩の者だとわかれば、隣藩から強い警告を受ける。そのときに責めを負わせられるのは、この侍ではない。我ら、命じられ動いた者たちなのだ。

 男は、一瞬怒りが湧いたが、それもすぐに静まった。我らは、百年以上も従って生きてきた。いまさら、逆らうこともできぬ。黒船が来て、世の中は変わりつつあるといっても、ここ四国の田舎では、何の変化もない。地にはいつくばって生きてきた者は、やはり、同じように生きていくしかないのだ。

 侍が去ると、男も立ち上がった。

 ふっと、ろうそくの灯が消える。人の気配が消え、いつまでも続く闇が残った。夜明けは、なかなか来そうになかった。

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