鬼婆の剣 意趣返し その一
幸四郎は、槍を持っていた。口を真一文字に結び、こちらをにらんでいる。槍を右手に持ち、全身に力をいれた姿は、なかなか様になっている。どうやら、幸四郎の本来の得物は、槍だったようだ。
若い門弟は、幸四郎の斜め後ろで木刀を構え、静かに戦いが始まるのを待っている。
「素直に負けてくれていれば、痛い思いをせずにすんだものを」
幸四郎は、槍の先を地面に向けた。
「なに、腕か足を一本、折らせてもらうだけじゃ」
「わたしの腕を折っても、試合の結果は変わりません」
千代は、落ち着いた口調で話しかけた。
「わかっておる。じゃが、やられっぱなしでは、清右ヱ門どのの面子がたたぬ」
「清右ヱ門どのとは、どういうご縁なのです?」
「わしのすぐ上の兄じゃ。わしらは三人兄弟で、一番上の兄上とは、ろくに口をきかなかったのじゃが、清右ヱ門どのとはウマがあっての・・・。清右ヱ門殿――兄上が家を出てからも、ときどき、連絡をとりあっておったのじゃ」
幸四郎は、清右ヱ門が家を出た事情については、何もいわなかった。何らかの不祥事を起こしたのにちがいない。次男坊、三男坊の居る家では、ありふれた話だ。
「今回のことは、兄上が、こちらに戻れる良い機会だったのだ。兄上は昔から、剣だけは得意だったのでな・・・」
幸四郎は憎悪のこもった眼で、千代をにらむ。
「それも、何もかも駄目になってしもうた。おぬしのせいじゃ。兄上は、鬼じゃ、鬼を見たというて、いまだ寝こんでおる。剣士としては、もう通用しまい」
幸四郎は、槍を身体の右から正面に向けてななめにかまえた。槍の切っ先が、わずかに上を向き、ゆらゆらと小さく揺れている。
「わしの気持ちが、どうにもおさまらん。逆恨みなのは、重々承知しておる。これは、仕返しじゃ。・・・意趣返しじゃ」
幸四郎は、すり足で前に進み、じりじりと間合いをつめてきた。つめながら、後ろで木刀をかまえる門弟をちらっと見た。
「おなご相手に、ふたりがかりはせぬ。こ奴は、倒れた者を運ばせるために連れてきた」
門弟は、気にせずともよいということらしい。が、油断はできない。何かしてくることも考えられる。




