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こだま憑き  作者: ブルージャム
第一部 現代編
2/70

藤吾と剣豪たち  先輩

「ちょっと」

 昼休み、廊下から、美雪が藤吾を呼んだ。

「こっちこっち、来てよ」

 なんの用事かぐらい言ってくれよと思いつつ、弁当のから揚げが胃にもたれ、ふくらんでいる腹をさすりながら、早足で先を行く美雪のあとを追う。  


 雑草が生いしげるまま、やぶ蚊の巣となっている花壇を横目に、ひんやりしたコンクリート敷きの渡り廊下を通って、図書館に入った。


 本棚のあいだの隠れた一画に、見慣れぬ上級生が待っていた。

 美雪と藤吾のふたりに、かすかに頭を下げる。

「剣道部副主将の田代彩夏さん」

 美雪が、改まった調子で紹介した。

「ども。……キミが伊田君?」

 運動部らしく首筋までしかないショートカットで、黒というより、深い茶色の瞳が、覗きこんできた。


 藤吾は、背の高い女性が苦手だった。

 美雪が、藤吾のひじをつついた。早く答えろと、せかしている。

 藤吾は、話すことを思いつかず、黙っていた。

「すいません。これ、はにかみ屋さんなんです」

 ヒトのことを、コレとは何事か。モノじゃないぞ、と藤吾はむっとした。


 田代先輩は、笑った。

「剣道部の田代です。聞きたい事があって」真剣な顔になる。

「立川先生が倒れたとき、そこに居たんだよね?」 

 藤吾はうなずいた。

「加藤にも聞いたんだけど。先生のそばに誰かが居たって。……どんな奴だった?」


 聞かれるまでもなく、藤吾が朝からずっと考えていたことだった。

 あれは、誰だった?

 体格の良い男性のようだった。着ていたのは、白シャツに紺のズボン……市内の高校生の定番の夏服だ。かなり離れていたし、相手は、ななめに背中を向けていたから、顔立ちも、まるでわからない。

 ただ、走り去っていった機敏な動きから、年輩者ではないようには思えた。

 藤吾は、わかるかぎりのことは話したが、田代先輩は不満げだった。

「加藤も、顔を見なかったというし……。はっきりとした特徴はなかった?」

 藤吾は、目をつぶって、今朝の状況を思い描いてみた。が、何もみつからない。


「あのお」

 美雪が横から口を挟んだ。

「ぼんやりとしか見えなかったんで、言うの、迷ってたんですが。手に剣のようなものを持っていました」

「剣って?……そのカタチは覚えてる?片刃、両刃?」

「あの、カタハって?」

「剣の刃の付き方。……包丁や日本刀みたいに、片側だけに刃の付いているものが片刃。……西洋の剣のように両側に刃の付いているものが両刃」

 藤吾が替わって、教えてやった。

 あれ?何でこんなこと、知ってるんだろう? 藤吾は、一瞬、疑問に思った。クイズ番組でも観て覚えたのだろうか。少なくとも、学校で習ったことではなかった。


「それなら、包丁を細長く伸ばしたような形でした。」

 美雪が思い出しながら、答えた。

「そう、日本刀……」

 田代先輩は、日本刀だと決めつけている。あごに手をやり、じっと宙をにらんで何事か考えていた。

「ありがと。刀、見たこと、まだ人に言わないでほしいんだけど」

 藤吾が何も言わないうちに、美雪がわかりましたと答えた。


 ふたりは、先輩を見送って、顔を見合わせた。

「いいのか?」

 藤吾は、日本刀のことを、他の人に告げなくていいのかという意味で、美雪に声をかけた。

「いいの。先輩には、新聞部の取材で世話になりっぱなしだし……」

 額にしわを寄せて、美雪も何事か考え始めた。


「すわって」

 藤吾に、図書館の椅子を引いて、うながす。眉間にしわをよせ、腕組みをしている。藤吾の前を、ゆっくりと、行ったり来たりした。

 大げさだなあ、半ばあきれながら、藤吾は座った。


「通り魔の噂、知ってる?」

 美雪が問いかけてきた。 

「通り魔?」

 藤吾は聞きかえした。

「最近、この辺りで切りつけてくる通り魔が出てるの。……聞いたことない?」

藤吾は首を振った。日本や世界のニュースはよく知っているのだが、身近なニュースには、とてもうとい。ヒトの誕生日などもよく知らない、というか覚えられない。

「日本刀って聞いて思い出した。その通り魔、刀で切りつけてくるって――」

 美雪は、自分に言い聞かせるような口調で話した。必要もないのに、いちいちうなずくように首を動かしている。


 藤吾は、いやな予感がした。美雪の思考回路の、火花を発している様子が、目に見える気がした。

「あいつかもしれない。調べなきゃ」

 美雪がひとりごとを言う。

 これは、危険だ。藤吾は立ち上がり、そっと、図書館の出口に向けて、身体の向きを変えた。


「藤ちゃん、協力してくれるよね?」

 ――遅かった。

 美雪が卵形の顔を、ぶつけそうになるまで近づけてきた。


「協力といっても、何やる?」

 藤吾は、聞き返した。

「まず、情報集めね。誰が、いつ、どこで被害にあったのか。犯行にパターンがあるのか。新聞部の子たちにも、協力してもらって……」

「危なくないか?」

「ジャーナリストたる者、少々の危険はいとわぬ。――いざ、出陣じゃ!」

 おどけた言葉のわりには、真剣な表情で、美雪は宣言した。大きく胸をはる。


 藤吾は、あきらめた。こうなってしまっては、止められなかった。

 聞きまわって、収穫がなければあきらめるだろう。

 藤吾は、自分たちが何に向かっていこうとしているのか、その時点では、何もわかっていなかった。


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