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こだま憑き  作者: ブルージャム
第二部 江戸時代編
19/73

鬼婆の剣  試合開始

 見届け人が、千代と師範代―森清右ヱ門と低い声で名乗った男―を、試合における左右の定位置に導いた。

 千代は片足を前に少し出す形でしゃがむ。

 相手は、そのまま大きく股を開いてしゃがんだ。木刀を、互いに相手の顔の中心に向ける。

 見届け人が、手を正面にかかげた。

 すっと、見届け人の息を吸う音が、かすかに聞こえた。

「はじめ!」

 手が、さっと上にあげられた。


 瞬間、うおおっと声をあげ、清右ヱ門が激しく木刀を打ちおろしてきた。

 すかさず、右へ木刀をはじく。

 そのまま直進し、相手の右手首をねらう。

 清右ヱ門は、気にせず、そのまま突進してきた。千代の木刀が肩にあたるが、間合いをずらされたため、威力がない。

 清右ヱ門の身体が、千代の身体の右側にぶつかる。最初から体当たりを狙っていたようだ。身体の横側だったにもかかわらず、千代は弾きとばされた。身体の重みの差はどうしようもなかった。


 速さは、わずかに千代が上まわっている。

 清右ヱ門の体力が落ちてくるのを待つしかない。

 何度目かの激しいぶつかりあいのあと、千代は、妙な違和感をおぼえた。相手の木刀と打ち合ったときのあたりが変に軽かった。

 気のせいだろうか。

 木刀同士をぶつかりあわせた瞬間から、普段ほど押し込めないとは思っていた。道場をかけた試合で大勢が見ている、そのために身体がかたくなっているせいとも思っていた。

 千代は、一瞬、眼を木刀に向けた。

 父から譲り受け、長年使ってきた木刀だった。どこに凹凸があり、どこに傷があるか、すべて把握している。

 清右ヱ門が、視線をはずしたすきを逃さず、打ちかかってくる。

 千代は、相手の木刀を下側からはじき、かろうじてよけた。右手が、木刀同士のぶつかった衝撃でしびれた。

 おかしい。これくらいで、こんな衝撃が来るはずはないのに……。


「待て!」

 見届け人が、試合を止めた。

「両者、見苦しき姿になっておる。着物を直しなさい」

気づくと、相手の道着の上衣の端が腰からはずれ、たれさがり、床に引きずるほどになっていた。

 千代も、ゆるんだ袴のひもを締めなおした。気にかかっていた木刀を、まわりの者達に気づかれぬよう、さっと手元から刃先まで見た。

 あっと、千代は唇を噛んだ。

 木刀の長さ半分のあたりに、かすかにひびが入っている。昨日まで、こんなものはなかった。ひびは、薄い糸のような線状のもので、この木刀を扱いなれている千代でなければ、気づかなかっただろう。


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