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こだま憑き  作者: ブルージャム
第一部 現代編
12/73

藤吾と剣豪たち  対決

 宮田武は、畳に正座し、柔道場の板壁を見ていた。

 歴代の柔道部員の手垢で黒光りし、鉛筆かシャーペンで書かれた見えにくい落書きや、爪か何かのひっかき傷が、そこかしこにあった。入学以来、長い時間をここで過ごした武にとっては、なじみ深く、気持ちを落ち着かせるものだった。

 武たちの学校は、いわゆる武道系のスポーツに力を入れており、体育館ほどの広さはないものの、専用の柔・剣道場を持っていた。 


 武は、ここで、二年近く汗を流してきたのだった。

 けれども、ここ一年くらい、柔道に関しては、武は何も進歩がなかった。それどころか、できていたことが、できなくなっていたりした。あとから柔道部に入った者に、体力や技術面で、徐々に追い抜かれつつあった。

 激しい練習をいくらやっても、進歩がなかった。筋や骨を痛めるだけだった。試合も負けてばかりだった

 もう武には無理なのだった。

 なぜ、こんなに弱くなってしまったのか。 幾度もため息をついた。

 武の内部で、何者かが笑っていた。強くなれる方法は、いくらでもある。わしに従っていればな……そいつは、武に囁きかける。武は、それを拒否できなかった。  


 何度目かのため息をついたとき、柔道場の引き戸の開く音がした。

 武は、振り返った。

 誰か、来たらしい。確か今日は、柔道部の練習はなかったはず……だからこそ、ここに来たのだ。

 武は立ち上がった。身体の奥底から、激しい力が津波のように押しよせ、武の意識を飲みこんだ。あらがうことができなかった。


 柔道場に入った藤吾たちは、後ろ向きで立ちあがった武を、見た。

 藤吾は、その背中に声をかけようとした。

 と、武が振りかえった。武の身体は、その瞬間、数倍に膨れあがったように見えた。

 振り返ったその男は、あごをなでながら、藤吾をにらみつけた。

 慣れ親しんだ幼なじみの顔ではなかった。鋭い眼光を放つ、宮本武蔵という伝説の剣豪の顔が、そこにあった。


「……やっと、来たか」 

 武蔵は、豪快に、にたりと笑った。何もなかったはずの、武蔵のごつい右手に、白く輝く刀がにぎられていた。 

「たけし!」

 藤吾は呼びかけた。

「宮田くん!」

 美雪も、必死で大声をだした。

 が、武蔵の内部にいるはずの武からは、何の反応も返ってこなかった。


 武蔵がゆっくりと、剣を振りあげた。

 武蔵の身体から発せられる剣気が、武蔵の身体全体をおおい、空気がその波動でゆれている。藤吾たちは、全身を押さえつけられるような圧迫感に、歩を進めることができなかった。

 美雪と冴は、その場にしゃがみ込んだ。

 藤吾は、腕全体にかかる圧力を、押しのけるようにして片手を持ちあげた。指さきを動かすのもひと苦労で、額に汗がにじんだ。


「武蔵、やめろ!」

 震える手で武蔵を指差し、かすれた声で藤吾は叫んだ。

 こんな気を発し続けたら、憑かれている武の身体が、おかしくなってしまう。絶対にやめさせなくてはならない。

 武蔵は、剣を振りあげたまま、かっと目を見開く。藤吾は、武蔵の顔から目がはなせなかった。

 と、武蔵の身体がゆらいだ。藤吾の視界から武蔵の身体が消えた。

 

 ――いきなり真上から、衝撃がきた。


 武蔵が目の前にいた。信じられない速さで、何の準備動作もなく、柔道場の壁際から藤吾のいる入り口近くまで駆けた、いや跳んで剣を、真上から振りおろしたのだ。

 さらに信じられないことに、藤吾の身体も反応していた。すっと、半歩右に動き、振りおろされる剣の正面から身体をよけ、刀で武蔵の剣を受けとめた。

 武蔵の剣が振りおろされた瞬間に、藤吾の手にも刀が出現していた。にぎりしめた手の内側が、冷やりとした。 

 藤吾は畳を激しく蹴って動き、武蔵の身体に、さらに右横から剣を叩きつけた。

 

 武蔵は、すでに、そこにいなかった。半歩後ろに下がり、紙一重で、藤吾の斬撃をよけると、剣を握ったままのこぶしを、藤吾の顔面に、すばやく突きいれた。

 とっさに、刀をこぶしと顔の間に盾のように差しこんだ。が、刀とこぶしがぶつかった衝撃で、後方に跳ばされ、前傾姿勢を維持しようとして畳についたひざが摩擦し、火傷のような熱さと痛みが襲ってきた。藤吾は顔をゆがめ、声にならない悲鳴をあげた。


 武蔵は、ひざまづいた藤吾に、さらにせまった。小さな動きだが、全身の力を込めた突きを、藤吾の額に向けてはなった。

 藤吾は、かろうじてよけると、腰をかがめたまま武蔵に体当たりした。

 武蔵が、よろめいた。すかさず小走りに走って、武蔵との距離をあけた。

 息をととのえて、刀を正面にかまえる。

 武蔵は、今度はゆっくりと、徐々に剣を上げながら、近づいてきた。


 藤吾は、こころもち膝を曲げ、近づいてくる武蔵を待った。不思議と気持ちは落ちついている。

 藤吾と武蔵の間が、三歩ほどに縮まったときだった。

 武蔵の動きが止まった。武蔵の剣はすでに、大上段にかまえられていた。

 藤吾が、一瞬、目をまたたいた時――。  

 空気をこするかのような激しい風切り音とともに、武蔵の剣が振りおろされた。

 が、藤吾には、武蔵の剣がゆっくりと動いているようにみえた。藤吾は、渾身の力を込めて畳を蹴った。振りおろされる武蔵の剣に向かって突進する。


 藤吾の刀と武蔵の剣が、すさまじい勢いでぶつかった。互いに存在するはずのない、霊魂のエコーによって生み出された、霊刀とでもいうべきもの。

 ふたつの剣――霊刀は、お互いを噛み砕かんと、自らの刃を相手の刃に食い込ませた。がっちりかみあった剣は、押すことも引くこともままならない。

 藤吾と武蔵は、そのまま全身の筋肉という筋肉に力を入れたまま、にらみあった。相手の顔が、息がかかるほど近く、目の前にあった。   


 最初は、互角にみえた。が、徐々に、藤吾のほうが押されはじめた。

 藤吾は、じりじりと後ろに下がった。下がりたくはなかったが、どうにもならなかった。

 ついに、左足のかかとが、道場の板壁にぶつかった。藤吾は、歯を食いしばり板壁を足で押して耐えた。

 武蔵が、かすかに笑った。

 さらに強い力が、藤吾の刀にかかってきた。まだまだ余力が、武蔵にはあったのだ。

 藤吾は、残りの力を振りしぼり、しゃにむに押し返そうとした。

 と、武蔵が剣を引いた。

 全体重をかけていた藤吾は、激しく前にのめり込んだ。膝と片手を畳についた。あわてて背をのばそうとした。


 重い衝撃が、藤吾の身体を走りぬけた。

 一瞬で前にでた武蔵が、藤吾の肩口に切りつけたのだ。とっさに片手でかまえた刀は、横にはじかれ、武蔵の剣が、藤吾の身体のなかを通過した。

 藤吾の身体に生じた切り傷から、気のようなものがあふれ出た。肉体に傷を負ったわけではなく、藤吾の内部の何か――霊体とでもいうべきものが切られたのだった。

 藤吾は、身体全体が重たくなったように感じた。手に持つ刀が、おぼろになり、半分消えかかっていた。

 力を入れようとしても入らず、藤吾の身体は、地面に引っ張られるように倒れ始めた。

 

 武蔵は、藤吾をみながら、ゆっくりと剣を大上段にかまえた。にやりと笑い、歯が口からのぞいていた。

 武蔵は、大きく息を吸い、さらに上に剣を伸ばした。藤吾にとどめを刺す一撃が、今まさに、放たれようとしていた。


 と、その時――。


 藤吾の奥底で、何かが起きあがった。そのものは、切られ傷ついた霊体に覆いかぶさり、重なり、ついには融合した。

 倒れかけていた藤吾の身体が静止した。――すっと膝を伸ばし、立ち上がった。 

 武蔵が待っているはずもなかった。大上段にかまえた剣を、裂ぱくの気合とともに振りおろした。

 次の瞬間、武蔵は、驚愕の声をあげた。

 武蔵の剣は、ふたたび輝きを増した藤吾の刀によってさえぎられ、藤吾が立ち上がると、そのまま押しかえされた。

 藤吾は、口をすぼめ、かすかに息を吐いた。

 武蔵は、引かなかった。一歩も後ろにさがらず、ふたたび剣を振りおろした。

 空気をゆるがす激しい破裂音が響き、武蔵の剣は、たやすくはじかれた。

 その瞬間、藤吾は前に出た。剣をはじいた姿勢のまま、武蔵のふところに飛びこみ、灰色に輝く霊刀を、鋭く振りおろした。

 藤吾の手首に、おそろしく固く分厚いものを切るときのような負荷が、かかった。

 藤吾は気にせず、そのまま、その固く分厚いものを断ち切った。


 武蔵の身体が止まった。……ゆっくりと前に倒れた。


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