第3話 帝国歴318年、霹靂(へきれき)
帝国歴318年。ニコラ22歳。
この三年間、マーガレットとともに基礎研究を続け、全ての陸戦兵器を越える究極の自動機械マキナドールを開発するめどが立った。
あとは段階的に数種のプロトタイプを作り、それらの開発技術をフィードバックした最終発展形マキナドールを建造するだけだ。ニコラとマーガレットは、長くとも今後5年でマキナドールを完成できるものと見積もっている。
今日は、ニコラの兄、帝国皇太子トーマス・ドライゼンの晴れの結婚式である。お相手は、帝国内の侯爵家令嬢であり、傍から見ても幸せそうなカップルだった。
「兄さん、おめでとう。姉さんと幸せにな」
「ニコラ、ありがとう。ところで、お前の方はどうなっているんだ?」
「俺の方?」
「エンダー嬢のことだろう」
「兄さん、それは勘違いだよ。俺とマーガレットはそういう関係ではない。あくまで共同研究者だ」
「ふーん。お前がそういうんならそうなんだろうが、こういったものはいつどうなるかわからんものだからなー」
「はいはい。新婚旅行を楽しんできてくれよ」
仲の良い兄弟である。それというのも、ニコラ自身には全く帝位など興味がないということを早くから周囲が承知していたことも大きい。妙なやからがニコラを担ぎ上げることもなくトーマスは早くに皇太子として立てられていた。
皇太子トーマスの結婚式典は戦神ASU-CAを祀る帝都の大神殿で執り行われた。帝都の大通りでのパレードの後、新婚夫婦は高速鉄道に乗り込み新婚旅行に旅立っていった。行き先は大陸南方の半島に位置する風光明媚な小国家だった。
ドライゼン帝国皇太子夫妻の新婚旅行先に選ばれたその国では、国家をあげての歓迎ムードの中、トーマス夫婦は歓迎への感謝の意味を込めて無天蓋自動車両に乗り込み、その国の首都でパレードを行った。
大通りを埋め尽くす群衆の中を無天蓋自動車両はゆっくり進んでいく。後部座席に座った二人は、笑顔で群衆に手を振り、群衆の歓声や拍手に応えていた。
皇太子夫妻の乗る無天蓋自動車両は十五分ほどのパレードを終え、当日の宿泊場所であるホテルのちょうど正面玄関前に停車した。その時、停車位置の真下にあったマンホールに仕掛けられていたと思われる爆弾が爆発した。
無天蓋自動車両は大破炎上。運転手を含め、帝国皇太子トーマス・ドライゼン、その新妻ステラ、同乗していた東宮侍従長が爆死した。このテロで、ホテルの玄関前で待機していたドライゼン帝国の大使と大使館員を含め数十人が死傷した。
「皇太子夫妻、暗殺さる」の報が帝国内を駆け巡った。
軍部を始め一部の強硬派はその小国に対して派兵を主張したが、宿敵ともいえるハイネ連邦共和国の影響力の強いその国への派兵は、準備不十分のまま連邦との全面戦争に発展する恐れがあるとして皇帝の裁可がおりなかった。そのため犯人の引き渡しのみを求めただけで派兵は取りやめとなった。
しかし、帝国はこの事件を契機に連邦との全面戦争に備え、皇帝の裁可のもと軍備拡張を推し進めていく。
もちろん、陸軍で開発中のドールmk5、デュナミスにもそれまでに倍する予算が承認された。開発は難航していたが、先に量産設備が建設されて行き、開発完了即量産という形が整いつつあった。
デュナミスが1000機量産できた段階で、ハイネ連邦共和国に対して開戦した場合、相手側にデュナミスに相当する兵器がなければ一年以内で屈服させることができると、陸軍では試算している。
皇太子の暗殺の報が帝都にもたらされた翌日には、皇位継承権第一位となったニコラ・ドライゼンは帝国の皇太子に立てられた。その二カ月後、立太子の儀が執り行われた。
場所は前皇太子トーマスの婚礼が行われた大神殿で、一カ月前には前皇太子夫妻の葬儀が行われている。
ニコラは立太子がらみの一連の行事を終え、ようやく自身の研究室に戻ることができた。今後、週に一度、皇太子として御前会議への出席が義務付けられたのだが、その程度で父親が安心してくれて長生きしてもらえるのなら、安いコストだと割り切っている。ニコラはこう見えてもこれまで好きなことを自由にさせてくれてた父親に対して強い感謝の気持ちを持っている。
「兄さんが死んでしまったせいで、非常に面倒なことになってしまった。かくなる上は、父上に長生きしてもらうほかはない」
「この研究所はどうなるんでしょう?」
「どうもなりはしない。きみは自分の研究を進めてくれたまえ。皇太子になって悪いことばかりじゃない。今まで爺さんに頼んでいたが、これからは皇太子の地位を利用して、研究費はこの僕がもぎ取ってくる」
ニコラとその助手マーガレットとの会話である。マーガレットは先端技術研究所の副所長ということで、国費よりそれなり給料が支払われている。ニコラからは自分自身の研究を進めるかたわら、現在開発中のマキナドールプロトタイプI型の制御系統の開発を指示されている。
「プロトタイプI型がいよいよ完成しますが、Ⅱ型のコンセプトは、全機能の高速化だけでよろしいでしょうか?」
「今の機能を強力化していくとどうしても、大型化、大重量化が避けられず、高速化もいずれ限界が来る。現在の技術での高速化の上限を目指そうじゃないか? 次のブレイクスルーについてはあてがある」
「次のブレイクスルーというと、例のあの研究ですか?」
「そうだ。身近な大質量というとこの星そのものだが、この星を使ってしまう訳にはいかないので、手近な大質量である月を使うしかないからな。施設の建設に半年はかかるだろうが、逆に考えれば半年で次のステップへの目途が立つわけだ」
「月が無くなると、潮汐に影響が出て、沿岸漁業関係に影響が出そうですが」
「この星が自転を続けている限り海流はあるだろうから大した影響はないだろう。それに、大雨のときの大潮被害も無くなるし、干潟の干拓もはかどるだろう。この星の公転速度にも影響が出ないよう圧縮過程を考慮するから、一年の日数が変わることもないはずだ」
組み立て中のプロトタイプIの前で、今後の指針について話し合う二人。
やや青みを帯びた銀色の生体金属で作られた生体ナノマシン製のボディーを持つプロトタイプI型はその一週間後に起動し、各種性能試験が行われた。もちろん、プロトタイプI型は何の問題もなく設計性能を満たした。
そのプロトタイプI型だが、陸軍の陸戦用自動機械のずんぐりとした形状とはかけ離れたスマートな形状で、履帯式ではなく二足での高速機動を行う。
体高2メートルの人型でありながら、重量6トン。生体ナノマシンの密度が従来物質をはるかに超えるため、この程度の重量となっている。
現在陸軍の主力戦闘機械ドールmk4の実に2倍超の重量を持つが、二基の次元位置エネルギー転換動力炉によって得られる理論的に無尽蔵なエネルギーを効率よく運動エネルギーに転換することにより、圧倒的な速度と機動力を得ることに成功している。
固有の兵装を組み込む予定はない。圧倒的な強度を持つ生体ナノマシン製のボディーを、圧倒的な高速機動で対象に衝突することで、確実に対象を破壊可能と考えられている。