第1話 ASUCAの物語、帝国歴310年
帝国歴(注1)310年10月
ドライゼン帝国第二皇子ニコラ・ドライゼン14歳。
ニコラは、帝都コルダ郊外に設けられた陸軍試験場で新兵器の公開試験が行われるというので、今日は第二皇子の肩書ではなく、陸軍高官の子弟ということで試験場に見学に訪れている。
係りの者に案内された試験場の中の掩体壕から監視用スリットを通して、他の陸軍関係者らとともに試験場の中を眺めている。
「殿下、いよいよ始まりますぞ」
彼に声をかけたのは、ニコラの教育係、帝国学士院名誉総裁ローランド・ビズマその人である。彼はニコラの教育係を引き受けるにあたり、帝国学士院総裁を辞している。
「面白い見世物があると爺さんが言うので今日は論文を書くのをやめて、わざわざここまで来てやったが、なんだ? あの不細工なデクが陸軍の新兵器なのか? 爺さん、ドールって言うから人型かと思ってたんだがな」
「殿下、もう少し小さな声で。陸軍の連中がこっちをにらんでます。今右手に並んでいますのは現在の帝国陸軍の主力兵器、ドールmk3:プリンシパリティです。こうやって、目を細めて斜めから見たら人型に見えるではありませんか」
「爺さんだって人型に見えてないんじゃないか」
「うおっほん。殿下、次に出てくるのが新兵器のドールmk4:エクスシーアです。それを見ればおそらく殿下も納得するはずです」
「爺さん、こんどこそ期待していいんだろうな?」
「儂もまだ見たことはないので保証はできかねますが、おそらく、きっと、たぶん殿下の期待を裏切らないものが出てくると思います」
「みなさま、それでは、帝国陸軍の誇る新兵器、ドールmk4:エクスシーアです」
試験場内にアナウンスが流れ、試験場の左袖の方から一個中隊、計12体のドールが隊列を組んで行進してきた。
「どっちも名前だけは大層だがどうにも不細工だな。だいたい、兵器だろうと何だろうと、進化していけばそれなりに見た目も洗練されていくものだろう? それに爺さん、俺には今出てきたのと、あっちに並んだmk3とかいうデクと区別がつかんぞ。爺さんは区別できるのか?」
「殿下、儂にも区別はできません」
「……。それで、いまからいったい何が始まるんだ?」
「これよりドールmk3:プリンシパリティとドールmk4:エクスシーアによる模擬戦を行います。赤い印をつけたドールがプリンシパリティ、青い印をつけたドールがエクスシーアになります。それでは、……、模擬戦開始!」
色分けされた印がないと観客では区別は難しいらしい。
一個小隊12体のドール同士が、各所に障害となるコンクリート柱が設置された赤土の地面の上を走り回り、小銃を撃ち合うのだがなかなか勝負がつかない。それでも、機動力と武器の性能差があるようで、青い印が赤い印を徐々に圧倒しつつあるのだが、
「ふふぁー。あくびが出てしまった。爺さん、つまらん見世物はもういいからそろそろ帰ろう。俺がそのうち究極の自動機械、そうだなマキナドールとでも名付けるか。マキナドールを作ってそこらのポンコツを蹴散らしてやるよ。そういうわけで、爺さん、来期には俺専用の研究所を作る予算を分捕るよう運動頼むぜ」
「やれやれ、宮内省(注2)の方に掛け合ってみましょう」
「爺さん、よろしくな」
ニコラもローランド・ビズマと話しているうちに、究極の自動機械、マキナドールを本気で作り上げてやろうと思い始めた。この日以降、マキナドールを作るための研究を始めることになる。
[補足説明]
自動機械
感知機器により得られた情報を元に定められた条件下での最適な行動を決定する機構を搭載した機械の総称。戦闘用自動機械は特別にドールと呼ばれる。
ドールmk1
鍛造鋼製の装甲を施した履帯式陸戦用自動機械。武装は一般歩兵と共通。
機動性が低い。安価である。現在はmk1を運用している実戦部隊はない。
ドールmk2:アークエンジェル
mk1の装甲の軽量化及び駆動系の強化を行った履帯式陸戦用自動機械。武装は一般歩兵と共通。
mk1と比べ防御力は低下したが、機動力は大幅に上昇。その結果戦闘時の生存率は大幅に上昇。やや高価。現在は旧式化しているため何らかの理由で損傷したものは、武装を取り外し、運搬機械に改修されるなどして利用されている。
ドールmk3:プリンシパリティ(現在主力)
mk2の発展型、武装が強化され、整備性が格段に向上。現在の主力。やや高価。
ドールmk4:エクスシーア
mk3から動力系をさらに強化したうえ、専用武装を装備した履帯式陸戦用自動機械。高価。履帯式の最終型と言われている。
なお、各世代ごとに感知能力、情報処理能力、反応速度は向上している。
[脚注]
注1:帝国歴
大陸の小国ドライゼン王国の国王に若きトーマス・ドライゼンが即位した年を帝国歴元年とした年号。
注2:宮内省
帝国の政治機関。帝室に関わる事項全般を取り扱う内局と帝宮と外部との窓口であり御前会議を主催する外局とにわかれている。ニコラの研究所予算は内局が扱う宮廷費から捻出される。宮内省には大臣は任命されず、侍従長を兼ねる内局長が上席として省を取り仕切っている。