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男の行方は、誰も知らない

作者: 椎名武夫

 やけに烏が五月蝿かった。しばしうたた寝をしていたらしい。壁にかかる振り子時計を見る。もう夕方らしかった。通りで部屋が薄暗い。依然烏が鳴いている。声は庭から聞こえていた。

 畳に寝そべったまま、首だけを動かす。縁側のむこう、家を囲む塀に、一羽の烏が止まっていた。烏は何か嘲笑うように鳴いていた。

 頭がぼんやりとする。重い。少し寝すぎたか。

 そう思いながら、ようやっと重い身体を引きずり起こす。錆び付いたブリキの玩具のように、動かす度に身体からギギギ、という音が聞こえてくる気がした。

 下駄を履いて、縁側から庭へ降りる。烏が此方を見て、またカァ、と一声鳴いた。

 気色の悪い烏だ。寝起きの頭の痛さもあって、余計に腹立たしかった。

 庭の片隅にある納屋の戸を開けて、シャベルを出して、逆さに構える。胸糞悪い烏に向けて、振り下ろす。烏はまた一声、カァ、と鳴いて屋根のといへと飛び移った。何となく烏がにやにやと笑っている気さえした。気分の悪さが、気味のさに変わっていく。あれは、烏なのだろうか。黒くて、鳥で、カァと鳴くんだから、烏には違いないのだろう。けれどもそれは、何となく、得体の知れない何かに思えてきたのだ。

 一つ身震いをして、ふと、足元の土の色が違うことに気がついた。掘り返して、また埋めたように、その土は少し柔らかかった。途端、全身から血が抜けきったように寒くなった。それに反するように、心臓はうるさい。まるで耳元に自分の心臓が吊り下げられているように、鮮明に聞こえる。毛穴という毛穴が開き、冷たい汗が吹き出ている気もした。そんな様子を烏がまた奇妙な笑顔で見つめていた。

 シャベルを握りしめて、足元の土を掘り返す。頭の中の私が止めろと何度も叫んでいた。掘りたくない、なのに腕は忙しなく足元の土を掬っては投げていた。やめろ、みるな、みたくない、いやだ、やめろやめろやめろやめろやめろ

 瞬きも忘れて一心に身体は土を掘り返していた。


 シャベルにコツ、と何かが当たった気がした。

 さっきまで止まらなかった腕が、漸く止まる。土の中に白い小さな欠片が見えた。

 腕がシャベルを投げ捨てた。膝が地に着き、背を丸め、手で土を掘っていく。勝手に動く身体を見つめる他なかった。

 白い欠片の正体が徐々に顕れていく。少しざらついて円みを帯びていた。掛かる土を少しずつ取り払っていく。頭蓋が埋もれていた。ぽっかり空いた二つの空洞が私の顔を見つめていた。


 屋根にいた烏はいつの間にか私の肩に止まっていた。烏と目が合う。烏はニタリと笑って、大きな羽を広げて上空を旋回した。

 くるくる飛び回る烏を見つめていると、何かが首に触れた気がした。埋もれた頭蓋が此方を見つめたまま、腕を首に巻き付けてきた。

 これで、一緒になれるわね、と嬉しそうな女の声が聞こえてきた。

 女のけたたましい嗤い声とともに、女に抱きすくめれるように、身体は地中に飲み込まれていく。

 また、逃げられなかった。

 烏は馬鹿にするように、一鳴きしてして消えた。

 静寂が庭を包んでいた。

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