「お前を『勝ちヒロイン』にしてやる」〜 脅された俺は後輩負けヒロインの恋を手伝うことになった件〜
「──お前を『勝ちヒロイン』にしてやる」
大雨の中、泣きじゃくる後輩の少女に俺は手を差し伸べた。
今までに数多の敗北を見てきた。
アニメ然り、ゲーム然り、
最近ではWeb小説でさえも『後輩』は負け続けている。
数えればきりがないほどの多くのキャラがいる中で、後輩は報われることがない。
年の差から満足にアプローチすることが出来ず、特別な『何か』がある訳でもない。
主人公からは満足に相手にされず、苦渋を飲むだけ。
常に近くにいられずに、報われない恋をして、実らない思いを募らせて、呆気なく振られて終わる。
──ただそれだけの存在。
それでも俺はこいつに勝たせてやりたかった。
こいつは泣いていた。
どうしょうもない事実に打ちひしがれて、やがて敗北を悟っても諦めなかった。
圧倒的な敵の前に挑戦することを辞めなかった。
そんなこいつが今、諦めようとしてるんだ。
だから──
「──俺がお前を勝たせてやる」
泣きじゃくって目元を赤く染めたこいつは「ははっ……」と乾いた笑みを浮かべ、呆れた目で俺を見て目を細めると──
「──私を『勝ちヒロイン』にして下さい、先輩」
──俺の手を掴んだ。
こいつの名前は桜ノ宮 日向。
俺の通ってる高校の後輩で、そして──
───『負けヒロイン』だ。
* * * * *
出会いは唐突だった。
それはとある夏の日の放課後のこと。
俺はある面倒な場面に出くわした。
「好きです。付き合ってください」
「ごめん、君とは付き合えない」
リア充爆ぜろ。
学校一のイケメン君、一ノ瀬 翔が告白されている現場に出くわした時の印象はそれだ。
告白シーンと言うだけでリア充扱いして爆ぜろはどうかと思うかもしれないが、俺的に甘酸っぱい青春イベントなんぞリア充と一緒だ爆ぜろマジで。
俺の呪詛混じりの嫉妬の視線は俺が死角にいたことからか幸い気づかれることはなく告白は進み、やがて告白を終えたふたりは屋上を後にした。
俺はそれを見計らうと、はぁ……とため息を吐く。
それにしても、と思う。
先程の告白、告白していた少女はかなりの美少女で、物腰は柔らかく、落ち着くような雰囲気が愛らしい、いわゆる癒し系というジャンルの少女だった。
別段、告白を受けてもなんの問題もないと思えるのだが、一ノ瀬は考える素振りも見せずに断っていた。
理由はわからない。
まあそもそもの話、一ノ瀬 翔という人間自体、告白されたという話は数多く聞くが、付き合った人の話は聞いたことがない。
もしかしたら、一ノ瀬自体に何か問題があるのかもしれないが、それにしても──
「……付き合えばいいのにな、なんかもったいねぇ……」
思わずそう声が漏れる。
まあ、考えても仕方が無いし、そもそも興味などない。
俺には直ぐに関係がないとばかりに頭を振り立ち上がろうとすると、背後から透き通るようなソプラノ声。
「いつも……ああですよ」
振り向くと美少女が居た。それもかなりの美少女。
肩辺りで切りそろえられた黒髪に、スラッとしたスタイル。
正統派美少女といった感じの少女だ。
「そうなのか?」
「はい」
そいつは後輩であることを伝える赤いリボンを付けて赤い上履きを履いていた。
──桜ノ宮 日向。
ものすごい美少女が一年にいると有名だったからすぐにピンと来た。
ただ、凛とした花のような美しさがあると評判の彼女の瞳からはどうしょうもない安堵で揺れていた。
それを見て俺はふと気づいたことを桜ノ宮 日向に投げかける。
「……お前、あのイケメン君のこと好きなの?」
桜ノ宮はピクリと反応すると胡散臭げに俺を見る。
「……なんのことでしょうか」
「その反応でバレバレだから」
すると桜ノ宮は大きな瞳を睨むように細めるとそのまま視線を下げ俺の上履きの色を確認し、堅い声音で問いかける。
「先輩……ですよね?」
「二年三組の吉川 雄星……そっちは……桜ノ宮 日向で合ってるよな?」
「え……」
「おいやめろ、ストーカーを見る目で見るな……お前は有名人だから知ってただけだ」
「うわ……」
顔を顰めるとうわぁー……と言いながら後ずさり引く桜ノ宮。
……なんだコイツ。
「真っ先に言い訳を言う辺り怪しい……」
「違う、誤解を招く前に先に言っただけだ」
「まあ、いかにも陰キャそうな先輩にそんな度胸はないでしょうけど……」
何こいつ、めっちゃ失礼じゃない?
「……てか、今まで誰にもバレなかったのに、なんでこんないかにもな地味な根暗陰キャにバレなきゃいけないんだろ」
「おいせめて聞こえないように言えや」
やっぱり失礼な奴だ。
「……見るからにぼっちの癖に」
訂正、とんでもなく失礼な奴だ。
「……伊達にぼっち極めてねーよ、空気読めないぼっちは学校じゃ白い目で見られんの」
「本当に空気読めてたらそれ口に出しませんよ?」
「うるせぇ」
意外と痛い所をついてくる女だ。
俺のメンタルがオリハルコンで出来ていなかったら泣いているところ。
桜ノ宮は諦めたようにため息を吐いた。
「先輩って意外と鋭いんですね」
「意外は余計だ」
「あ、すみません。目が死んでたので何も見てないのかと」
目が死んでるのはただの寝不足。
ぼっちだからといって鈍感だと思わないで欲しいものだ。むしろ視線に敏感なまである。
そんな、俺の内心などどうでもいいとばかりに桜ノ宮は手をヒラヒラと振っていたが、突然、あっと、何かを思いついたかのように手をぽんと叩いた。
「そーだ、先輩。私と付き合ってください」
突拍子もない事にしばし機能停止。
そして、たっぷり3秒ほどかけて再起動。
……あーへーふーん、あ、付き合うね付き合う。
わかるわかる。付き合うだろ。
……ん? 付き合う?
一般的に、付き合うって男女が交際し、男女がキャッキャウフフしながら、イチャコラすることでだと思うけど、もしや……その事?
え、いや、え、え???ま???????
そんな、まだ俺たち知り合ったばかりなのに……大胆な……
と、純情な俺は脳内お花畑で宴を上げていたところ、冷や水を浴びせたような声で現実に戻される。
「きもい妄想広げてるところ悪いですけど、私が一ノ瀬先輩と付き合えるように協力してもらうだけですから」
「あ、そう……」
いやね、わかっていたけどね。
でもわざと紛らわしく言うのよくないと思うな。
「先輩は確か、一ノ瀬先輩と同じクラスと言っていましたよね?」
「ん? ああ、そうだけど……」
確かに俺は二年三組で一ノ瀬も二年三組、同じクラスではある。
カースト差は天と地ほどあるけれども。
「やっぱり、ならちょうどいい……あ、いや、使えそうなのでちょっと手伝ってください!」
「それ言い直した意味ないよね!?」
なんなら酷くなってますけどね。
天然だろうか……あ、いやこのニヤケ顔は狙ってますわ。
「手伝ってくれます?」
「嫌に決まってんだろ、お前は馬鹿か」
俺がそう言うと桜ノ宮は「ふーん」とばかりに不満げな表情を浮かべると一枚の写真を取りだした」
…………………………ん?
ピラピラと掲げる写真。
そこに写っていたのは痛いとしか言えない格好をした男。それもだいぶ痛い格好をした。
両手に封印の包帯をグルグルと巻き付け、
黒いマスクを付けて、目には片目だけ眼帯。
なれないワックスをベチャベチャに塗りたくり光沢だけが光る髪はツンツンでどこぞのつっぱりさんだろうか?
テカテカ光る漆黒のコートを翻し、やたら黒光するブーツを履き、何がかっこいいのか指ぬきグローブを付けて、やたら香ばしいポーズをしている姿は見るに堪えず……
……………………んんん???
どこかで見たことあるような……
「これをばらまかれたくなかったら、私に協力してください」
はっはっは、誰だよそんな恥ずかしい格好してる奴!!!
ばっっっかじゃねえの!!!!!!
……じゃねえの。
………………じゃねえの……
………………………………じゃ、ねぇ、の……
……って、俺じゃねえか!!!
しかも厨二病を患ってた時の装備そのままだし!
一体、いつこれを………………
こんな格好、暫くしてないはず……はず……
………………あっ。
「いやー、なんか洗濯物畳もうとマンションのベランダにでてたら、隣の部屋からやたら変な声が聞こえるなーと思って悪いとは思いつつ、柵越しに覗いたら重度の厨二病が居たのでつい……」
まさか、あの時……?
……それに、隣って……
確かにうちの生徒は一人暮らしのやつが多いと聞く。事実俺と同じマンションには何人か同じ学校の生徒が出入りしている所を見たことがあるが──
それにしたってまさか……
いや……そんな悪夢みたいなこと現実に起こるわけ……
驚きで固まった俺を見て桜ノ宮はニヤリと笑う。
……とんでもなく嫌な予感がする。
「そうです、隣の部屋の桜ノ宮 日向です。よろしくお願いしますね?」
「と、隣……?」
「はい、隣です」
嘘やん……え、じゃあ、やっぱり……
「あと、お隣のよしみで教えてあげますが、いくら家のベランダでも決めポーズしながら夜空に向かって『くくくっ、我は冥界の支配者……』とか言うのやめた方がいいですよ……普通に引きます」
「予定なお世話だよおおおおおおお!!! ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
こんなことなら溢れ出る厨二心に負けて、このまま捨てるの勿体ない! とか深夜テンションで記念にポーズなんて撮るんじゃなかったぁぁぁ!!!!!!!
てかそもそも厨二のインパクトで忘れてたけど、普通盗撮する? しないよね???
怖いよ、この人怖いよ!!!
……もしかして、今ここで俺に声をかけてきたのも全部……計画通りということ、なのか……?
「という訳で、わたしに協力してくれますね? 先輩」
桜ノ宮 日向とかいう悪魔は俺に向かってにっこりと100点満点の悪魔の笑みを浮かべて脅してくる。
ぐぬぬぬ……
「……そんな写真拡散したところで誰も興味なんて……」
俺が最後の抵抗とばかりに酷く情けないセリフで反撃を試みるが──
「ちなみに私のSNSのフォロワーは1万です」
──見逃す気は無いらしい。
そして、トドメとばかりにさらに3枚ほど写真を取り出し笑みを深める。
「ネタは多ければ多いほど盛り上がるってもんですよ、先輩」
全部違うポーズ。
しかもさっきよりレベルアップした進化系。
ま、まさかあれは……
黄昏の竜騎兵
混沌の魔王
深淵なる超新星
じゃないかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
ああああああああぁぁぁ……
く、黒歴史が、黒歴史が抉られるぅぅぅ……
く、こうなったらやるしかないのか……ジャパニーズ、土☆下☆座を……!
そして俺はバッ!と勢いよく地面に頭を擦りつけ──
「靴でもなんでも舐めますのでどうかそれだけはご勘弁を……!!!!!」
「え、きも……」
何故に!?
土下座してもダメなんて! 酷い! 外道! 美少女!!!!!
吐血を吐いた俺を桜ノ宮は侮蔑の目線で見てくる。
……やだ超怖い。心折れる……
「そういうのいいんで、協力してくれますよね?」
完全に敗北した俺はガックリと肩を落とすと降参とばかりに奴隷宣言。
「よろしくお願いします……」
「はい、よろしくお願いします」
こうして、俺と桜ノ宮 日向の奇妙な関係は幕を開けた。
ここから約3ヶ月に渡ってこいつに散々振り回される日々が始まるわけだけど……
その時の俺の感情を口にするならば──
「もう厨二装備なんて絶対に着ない」
これに尽きる。
* * * * *
あれから3ヶ月の時が過ぎた。
いきなり時が飛びすぎだろ!ってツッコミが入るかもしれないが、とにかくまぁ、3ヶ月たったのだ。
3ヶ月の間定期的に行っていたファミレスでの作戦会議で突然、桜ノ宮はハンバーグをもぐもぐと食べながらこう言った。
「私、一ノ瀬先輩に告白しようと思います」
「そりゃまた急だな」
急、とは言ったが、まあそろそろ告白してもいい時期かなとは思っていた。
というのも、この3ヶ月で未だに俺は脅されてはいるものの、桜ノ宮の恋愛のもはや相談役?(ツッコミ役かもしれない)とでも言っていいポジションに落ち着き、その間に桜ノ宮と俺は様々な困難(主に桜ノ宮がポンコツのせい)を乗り越えたからだ。
一ノ瀬と『きゃぴ☆メールで一気に距離を縮めよう大作戦!』や、
『わぁ! 偶然ですね!? ドキドキ、運命感じちゃう……もしかしてこれって恋……? あ、そうだ。後でお礼をしたいので連絡先交換しませんか? 大作戦!』を決行したり、
桜ノ宮が実は高校デビューだったという衝撃の事実が発覚し、カラオケなどの大人数で行く遊びのたび泣きべそをかきながら、1週間毎日カラオケに連れて行かされて、死ぬほど歌の練習したり、絶望的なファッションセンスやボウリングセンスに頭を抱えた。
兎に角まあ、さんっざん苦労してやっとのことなんとかここまでやってきたのだ。
その頑張りは報われ、桜ノ宮は一ノ瀬とそこそこ良好な関係を築くことに成功。
散々苦労した連絡先も無事GETし、2人っきりでデートとは行かないが、大人数で遊びに行く時には一緒について行けるくらいには仲良くなった。
正直、一ノ瀬と桜ノ宮の関係は悪くないように思える。
どちらも──桜ノ宮は高校デビューとはいえ──スクールカーストのトップに君臨し、人望も厚い。
顔や運動神経などもとてつもなくお似合いなのだ。
一ノ瀬からの印象もかなりいいと思うし、教室でも一ノ瀬が桜ノ宮の話をしているところをよく聞く。
まあ不安要素として、一ノ瀬の幼馴染や学校のアイドル的同級生や転校生、義妹、義姉、教師などがあるが、みんな牽制しあってて、告白までには至っていない。今告白したならば勝算はかなり高いと思う。
いくら脅されていたとはいえ、3ヶ月のあいだ付き合っていたら、それなりに情も移る。
ここは素直に応援してやるか……
まあ、写真は消してもらうけどな!
「ま、頑張れよ」
「まっかせてください」
俺がそう言うと桜ノ宮はふふんと薄い胸を張ると任せろと言わんばかりにドンと胸を叩いて──
「げほっげほっ!」
「……………」
その勢いが強すぎたのかむせた。
一気に不安が押し寄せてきた。
……本当に大丈夫だろうか。
告白は2週間後に決まった。
それまでに俺と桜ノ宮は全力で舞台を整えた。
桜ノ宮と一ノ瀬を引き合わせる為の舞台を整え、積極的にアプローチを出来るように仕向けた。
そして何度もシュミレーションを重ねて、完璧と言っていいほどに計画を進め──
そして迎えた告白当日。
灰色染まる空の下で、一ノ瀬と桜ノ宮は向かい合い。
そして桜ノ宮は──
* * * * *
雨が降っていた。
大雨だった。
大粒の雨が振り続ける中、屋上の片隅で桜ノ宮はうずくまっていた。
「…………風邪ひくぞ」
「……………………先輩…………」
桜ノ宮に傘を差す。その目は赤い。
桜ノ宮の泣き顔など初めて見た。
いつでも小生意気でウザったらしく、そして何よりも強い女の子が今日の為にと普段より丁寧にセットした髪をくしゃくしゃに崩し、一生懸命勉強したメイクもボロボロにして泣いていた。
その姿は見るからに痛々しく、聞かずとも結果などわかりきっていた。
「……その、残念だったな」
……そう、なのだ。
必死の覚悟で挑んだ告白も身を結ぶことはなく、桜ノ宮 日向は『負けヒロイン』になった。
理由はわからない。
少なからず、一ノ瀬も桜ノ宮のことを思っていると思っていたが……
「……仕方がないですよ、私なんて所詮その程度だったんです」
「……そんなこと…………」
ない。と言おうとして何も言えずに口を噤む。
俺がなんと言おうと事実は変わらない。
一ノ瀬でもないのに一ノ瀬のことが分かるはずがない。
だから俺にわかるのはそこにある結果だけ、桜ノ宮が泣いているという事実だけなのだ。
「ねえ、先輩……私の何が悪かったんでしょう……私は他の誰よりも一ノ瀬先輩のことが好きな自信があった……
誰よりも思ってて、誰よりも幸せにしてあげる自信があった……
一ノ瀬先輩の為ならなんだってしてあげられた……それでもダメなんですか……?」
「……桜ノ宮…………」
桜ノ宮の思いは本物だった。
だからこそ、見も知らぬ俺なんかを脅してまで一ノ瀬と付き合おうとしたのだ。
「……教えてください…………私はどうすればよかったんですか……!
私なんて迷惑だったのでしょうか?
私みたいな元根暗女なんて所詮その程度だったってことですか……」
「それは……」
答えられるわけが無い。
こいつが頑張っていたことは知っている。
一ノ瀬の為に頑張ったことを知っている。
けれど、努力が必ず報われるわけではない。
こと恋愛に関しては努力は報われるという言葉は嘘だと言うだけで……
「私は……どうしたら……」
そう言って項垂れる桜ノ宮の涙を止める術は俺にはなかった。
肩を抱いて大丈夫だよって言えたらどれだけよかっただろう。
だけどそれは俺にはできない。だって──俺はモブで、友達でも、恋人でもないから。
桜ノ宮を支えることも、その涙を拭ってやることも出来ない。
ただ俺に出来るのは傘をさしてやることくらい。
それが俺にできる唯一の事。
そう思ったその時だった。
「私、一ノ瀬先輩のこと好きにならなければよかったのかな……?」
その瞬間、時が止まったように、降り注ぐ雨の音だけが聞こえた。
そして、その言葉だけが、グルグルと頭の中を駆け回った。
好きに……ならなければよかった……?
何を言っているんだ。
お前は後悔してるのか……?
今までの頑張りを、他でもないお前が否定するのか?
………………ふざけんな!!!!!
俺の中で何かが弾けた。
そのセリフだけは聞きたくなかったからだ。
「んなわけねえだろ!!!!!」
「ーーーっ!?」
気づいたら俺は声を上げていた。
ビクリと桜ノ宮が身体を震わしたが知ったことかと続けた。
「……好きにならなければよかった? ふざけんなよ! お前が辛いのはわかるよ、近くで見てたからな! けどよ、その気持ちまで否定するんじゃねえ!!!」
「せん、ぱい……?」
「俺が脅されてたからってここまで付き合ってやったと思ってんのか!? ……んなわけねえだろ! 俺はお前が一ノ瀬を思う気持ちがすげえって、憧れたから……そんなに好きになれるってことが素直にすごいって……応援してやろうって思ったから……だから、だから協力してたんだ!」
吐き出した言葉は止まらない。
今言うことじゃないのかもしれない。
傷つき泣いている女の子の前でこんなことを言うのは間違っていると分かってはいる。
……けど!
「そのセリフだけは言わないでくれよ……! その恋を否定しないでくれよ……」
「……ごめんなさい……でも、私はもう……」
そんな顔するなよ……
泣きそうな顔すんなよ。
お前はもっとポンコツで、ニヤニヤした顔がムカつくウザい後輩だろ……?
一ノ瀬 翔が好きな可愛い女の子だろ?
大丈夫だよって、俺が言えたらどれだけよかったか……けれど、こいつが望むのは一ノ瀬 翔ただ一人。
今こいつに必要なのは立ち上がる為の理由。
そしてそれを支える協力者。
もしここで手を差し伸べたら、桜ノ宮はこの先とんでもない苦労が待っているだろう。
今までのような平穏な学校生活は送れないだろう。
それでも──桜ノ宮 日向に『負けヒロイン』は似合わない。
だったら、俺も腹をくくろう。
高校生活の全てを捧げる覚悟をしよう。
俺に出来るのはこれくらいしかない。
だから、もしお前が望むなら俺は──
それは決心であり、今後の人生を大きく変えるだろう分岐点。
俺にとっても、桜ノ宮にとっても大きな大きな戦いの始まり。
「お前が、もしまた立ち上がる。まだ戦えるというのなら俺の手を取れ、そうすれば俺の全てをかけてお前をサポートする、そして──」
駆け抜けた青春の思い出。
全部をかけた戦いのその序章。
「──お前を『勝ちヒロイン』にしてやる」
桜ノ宮は息を飲んだ。
そして呆然とした顔で俺を見た。
ただじっと俺の目を見て、そしてその意味を理解したのかくしゃりと顔をゆがめた。
「……先輩は鬼畜ですね」
「かもな」
「これから先、もっと辛いことがあるかもしれないのに……そしたら、私は立ち直ることなんて出来ないかもしれない……」
「わかってる」
「それでも、先輩はそう言うんですか?」
「ああ」
「そう、ですか……」
そう呟く桜ノ宮の目には大粒の雨よりも尚大粒の涙が溢れていた。
それを、強引に手で拭うと「ははっ」と乾いた笑みを浮かべ──やがて、俺の手を取った。
「だったら、先輩……そんなこと言うなら……責任をもって私を──」
そして顔を上げた桜ノ宮の目には決意が宿っていた。
ぎゅっと俺の手を強く握りそして──
「──私を『勝ちヒロイン』にしてください」
そう言って笑った。
ここから俺と桜ノ宮の物語は始まった。
ただのモブと『負けヒロイン』の青春をかけた戦いが幕を開けたのだ。
* * * * *
そこからの日々は駆け足だった。
やれることはなんでもした。
毎日桜ノ宮と作戦会議をして、一緒に笑って、泣いて、怒って。
様々な感情が俺たちの中にはあった。
ただ一つ、一ノ瀬 翔と桜ノ宮 日向が付き合う。
それだけの為に俺たちは青春を捧げた。
桜ノ宮を一ノ瀬と同じサッカー部のマネージャーにした。ポンコツな桜ノ宮を手助けをしてたらいつの間にか俺もマネージャーになったりもした。
それがきっかけで一ノ瀬と俺が何故か仲良くなったり、遠征先でドラマかよっていうような一幕もあった。
学園祭でぶつかったり、
体育祭でアホみたいに騒いで、
引退試合では馬鹿みたいに泣いた。
ぼっち時代の平穏はどこかへ消え去って、毎日が一気に騒がしいものへと変化していった。
楽しいことや、辛く悲しいことも沢山あった。
そして、全部ひっくるめてやれることは全てやった。
激動の日々は流れ、季節は巡り、俺と桜ノ宮出会った夏の日を超えて一年以上の時が過ぎて──俺と一ノ瀬は卒業の時を迎えた。
そして最後の告白で桜ノ宮は……
* * * * *
「せーーんぱい」
「……なんだ」
「何しみったれた顔してるんですか、そんなタイプじゃないでしょ」
「うっせーな、意外とセンチメンタルなの」
「……なにそれ」
桜ノ宮はふふっと笑うと俺を見た。
「先輩、卒業ですね」
「……そうだな」
「さっき、一ノ瀬先輩に最後の告白をしてきました……まあ、振られちゃいましたけど」
「……そうか」
そう、最後と決めた告白も身を結ぶことは無かった。けれど、そう言った桜ノ宮の顔には悲しみなど感じず、むしろ清々しさすら感じていた。
「私、あの時先輩の手を取ってよかったです。
結局振られちゃって……何回告白してもダメだった。
けど、不思議と後悔はないんです。
それはきっとやれることは全てやったから、あの時のまま不完全燃焼で終わらなかったから……」
そう言って桜ノ宮は笑った。
「だからありがとうございました。こんな私を支えてくれて、私を助けてくれて……私を手伝ってくれたのが先輩でよかった。本当によかった……」
「……感謝される筋合いはねえ、結局俺はお前を勝たせてやることは出来なかった……感謝するんじゃねえよ……寧ろ、俺が謝んなきゃいけないのに……」
「何言ってるんですか。結果はどうあれ、私は先輩に感謝してるんです。あの時、あの瞬間、私に手を差し伸べてくれた……それがどれだけ嬉しかったか……」
そういうと桜ノ宮はくしゃりと顔をゆがめた。
「だから……いや、ですよ……これでお別れなんて……利害関係が終わったからって……終わりだなんて、ここでお別れなんて……」
俯き涙を流す。
「……軽蔑してくれてもいい、散々迷惑かけて、散々連れ回して、呆れるほど我儘で、とうとう『勝つ』ことすら出来なかった。そんな上で更にこんなことを言うなんて図々しいかもしれない……けど……先輩と縁が切れるなんて、嫌なんです……!」
震える声でそういう桜ノ宮を見て俺は思わず吹き出した。
「……何笑ってるんですか」
「……いや、なに……今更何を言ってるのかと思ってな」
俺がそう言うと桜ノ宮は何言ってんだこいつとでも言いたげに俺をぽかんと見つめていた。
「……あの、先輩。わかってます? 私達は利害関係なんですよ? しかも、私から頼んだ関係。そしてそれはもう終わった……先輩が私と仲良くする理由はないはずです……」
「……お前馬鹿だろ」
「……え?」
ポンコツ、ポンコツだとは思っていたけど、まさかここまで桜ノ宮がポンコツだとは思わなかった。
俺は思わず苦笑しながら言う。
「お前、前言ったこと忘れてんのか?」
「……何がですか?」
どこまでも鈍感な後輩をみて俺ははぁとため息をつく。
「俺はお前を『勝ちヒロイン』にしてやるって言ったんだ」
「だから、それはもう終わって……」
「終わってねえよ、まだ。お前は勝ってねえ。卒業しようが、なんだろうが、新しい恋でも見つけて、お前が幸せになれる『勝ちヒロイン』になれるまで、俺はお前を支えるよ」
俺がそう言うと桜ノ宮は呆れた目で俺を見る。
「……馬鹿は先輩の方じゃないですか」
そういった桜ノ宮の口角は上がっていて喜びを噛み締めてるようで……
「先輩がそんなに言うなら。まだ振り回しちゃいますよ?」
「任せろ」
「今更取り消させなんてしませんから」
「しねえよ」
そして、桜ノ宮ははぁぁぁと深い息をため息を吐くと呆れた視線を送る。
「ほんっと、悲しんで損しました! てか、普通、そこは友達とか、俺がお前を幸せにするとか言うところですよ先輩」
「俺たちはんな関係かよ」
そう言うと桜ノ宮はニンマリと口元を歪めた。
「先輩は、協力者ですもんね」
「ああ」
「だから先輩は私に協力してくれたんですもんね」
「ま、最初は嫌々だったけどな」
「むう、意地悪ですね」
「まーな、散々連れ回された仕返しだ」
「楽しんでたくせに」
そうしてそっぽを向くと俺と桜ノ宮は同時にぷっと、吹き出した。
思い出が蘇る。
本当に様々なことがあった。
カラオケではこいつの音痴にさんざん苦労させられた。
ボウリングではガターしか出さないこいつにもはや才能まで感じた。
壊滅的なファッションセンスはもはや芸術の域だった。
思い出は過去になり、努力は実を結ぶことは無かったけれど、今、こうして笑い合えるなら、それもまあよかったのかなと思えてしまうから、人間って不思議なものだ。
「お前って、案外……あ、いや、かなり不器用だよな」
「ふざけないでください、先輩ほどじゃありません」
「いやまて、お前の不器用さは筋金入りだろう、さすがにお前には勝てないわ」
「はっ、そんなわけ……あるかもしれませんが、やっぱり先輩の方が不器用です! 学園祭で壊滅的な料理を私に出したこと忘れてませんから!」
「お前! あれは忘れろよ!」
「いやでーす、忘れませーん」
「このやろ……」
いつもの様に軽口を言い合い俺たちはまた笑いあった。
いつか、この関係は終わるとしても、それもまた思い出として残るなら、それも悪くないのかもしれない。
「あははっ、あー、本当に私、先輩のこと好きです」
「そうかよ」
「あ、もちろん恋愛的な意味ではありませんよ人間的な意味です──でも」
ことんと肩に軽い重み。
「今だけは、肩……お借りしますね」
「……ああ」
桜ノ宮 日向は負けヒロインだ。
校内でも有名な美少女で、俺が通っている学校の後輩。
対する俺はただのぼっち。
今までと何も変わらない。
住む世界が違う。
相反する存在。
けれど、少しだけ関係は変わっているかもしれない。
恋人でもなければ、友達でもない。
言葉では言い表せない、微妙な関係。
だけど、今はそんな関係が少しだけ心地良い。
「あっ……さっきの話ですけど、私、先輩が卒業したら、新しい恋を探したいと思います」
「そうか頑張れよ」
「……そしてその恋は──先輩がいいと思ってます」
「は?」
あまりの唐突な出来事に俺は呆気に取られる。
「あ、先輩の驚いた顔久々に見ました」
くすくすと笑う桜ノ宮はしてやったりといった表情で俺の制服に手をかけた。
「ってな訳で、先輩の第二ボタン貰いますね」
「はぁぁぁぁぁぁぁ???」
ブチりと強引に俺の制服から第二ボタンを取るとベンチから立ち上がり半回転。
「今はまだ、あの人のことを忘れられないですし、そう簡単に次の恋には行けないですけど……私、先輩ならきっと、いつか好きになれると思うんです」
「……はぁ、そうかよ」
そうだこいつはこういうやつだ。
いつも俺を驚かせる。
あの時もそうだ。
唐突に俺の前に現れて、日常を一気に賑やかなものに変えた。
新しい恋を探す時だって唐突に決まってる。
「先輩からすると迷惑かもしれません。男に振られたからって今度は先輩に慰めてもらおうとしてるんですから」
申し訳なさそうな、そんな言葉とは裏腹に桜ノ宮の表情は面白そうに緩んでいた。
「先輩が言ったんですよ『お前を勝ちヒロインにしてやる』って──だから先輩、責任取って、私を『勝ちヒロイン』にしてくださいね?」
「……ったく、しゃーねーな」
そう応えると後輩と俺は互いに笑いあった。
桜ノ宮 日向は『負けヒロイン』
頑張っても、頑張っても、報われない。
けど、ずっと『負け』続けるのだろうか?
答えは否、否である。
足掻いて、もがいて、苦しんで、
泣いて、叫んで、そして結局、前に進む。
これはたくさんの苦悩を乗り越えて、その先に見える未来を掴むそんな話。
だから、これは桜ノ宮 日向が強くなるための──
負けヒロインが幸せを掴むまでの──
──そのまだ序章に過ぎないのだ。
* * * * *
「おい、桜ノ宮荷物は持ったか?」
「あ、はい、持ちました……ってもう桜ノ宮じゃないですよ!」
俺がそう問いかけると桜ノ宮はプクーと頬を膨らませた。
「ああそうだったな……悪い──日向」
「分かればいいんです!」
むふーと笑う桜ノ宮改め日向のほっぺたに手を伸ばすと、むにゅうと掴んで引っ張る。
「はに、ふるん、でふか……やめてくだはい!」
「ああ、悪い悪い」
おだけたように手を離して手を振るとプンプンと怒り出す桜ノ宮改め日向。
「全く、これだから先輩は……でも──旅行を計画するなんて先輩にしてはやりますね」
「別に普通だろ……てかお前もいい加減先輩はやめろよな。もう学生じゃないんだし」
呆れたようにジト目を向けると日向はふっふっふ、と自慢げに笑う。
「私にとって、先輩はいつまで経っても先輩ですからね! パパって呼ぶまで変えるつもりは無いですから!」
「言ってろ」
桜ノ宮 日向は『負けヒロイン』だ。
学校一のイケメンを好きになり、そして振られた。
じゃあ、本来物語はそこで終わって『負けヒロイン』は幸せにはなれないのか?
それは違う。
ボロボロになっても、泣いても幸せを掴むべく再び歩き出すことは出来る。
それは辛い。とても辛いことかもしれない。
初恋は実らない。
それはよく言われる言葉。
だけど、淡い初恋の思い出を否定することは無いのだ。その経験を元に人は成長出来る。
初恋を実らせようと足掻いたことは決して無駄じゃないのだ。
だから、初恋を後悔したりなんてしない。
──だってほら、今はこんなにも幸せだから。
そして二人で並ぶと玄関のドアを開いた。
「「じゃあ、行ってきます」」
同棲先の誰もいないアパートに二人でそう言うと玄関をくぐる。
あまり変わらない会話。
あまり変わらない距離感。
10年経っても変わらない掛け合い。
けれど、2人の胸には今まで無かった感情が占めていた。
それは昔はなかった感情。
『恋』や『愛』などの言葉で話されるこの感情は、初恋が実らなかったから手に入れた大事な、大事な感情。
桜ノ宮 日向は1度『負けヒロイン』になった。
けれど、ずっと『負けヒロイン』な訳では無いのだ。
それは、きっと胸を占める思いと──
2人の手に光る指輪が証明してくれてるだろう。
だから、桜ノ宮 日向は声を大にして叫ぶことが出来るのだ。
「私は『勝ちヒロイン』になったぞ!」って。
完
尚、旅行は結婚旅行の模様