05.連休も大さわぎ その12
昼飯の後、俺はトレーニングウェアに着替えた。ここ数日トレーニングを怠っていたので、ちょっと走ろうと思ったからだ。
「あれ?お兄ちゃんどこ行くの?」
それで玄関で運動靴を履いていると、それを目ざとく見つけたケイがたたたたっと駆け寄ってきた。
「ん?あ、ちっとばかし走ってこようかと思ってな。ここ何日かサボってたし」
「走りこみってやつ?」
「まあそんなもんだ」
「そうなんだぁ」
そう言いながら、ケイはジャージ姿の俺を上から下までまじまじと物珍しそうに眺める。
「ね、お兄ちゃん。ケイも一緒にいっていい?」
「は?一緒に来るぅ?」
と、突然、ケイがそんな事を言った。
今度は、俺がケイのことを頭のてっぺんからつま先までじろじろと見てしまう。
こう言っちゃなんだが、俺は棒高跳びの県大会記録を持っているそれなりのアスリートだ。足のほうも人間としては速いほうだ。そして、どう贔屓目に見ても、ケイは俺についてこられるほどのスポーツウーマンには見えない。
「俺がやるのはジョギングじゃなくてランニングだぞ。ついてこれんのか?」
すると、ケイはちょっとの間きょとんとしてから、ちょっと意地悪な顔になった。
「やだなぁお兄ちゃん。ケイ、走るなんて一言も言ってないよ?」
ん?どういうことだ?空を飛ぶ・・・・・・訳ゃないか。シデンじゃないんだから。
そうなると何かに乗ってくる、ということになるが、うちには自転車も三輪車も、スケボーもローラースケートもない。唯一あった「乗って動かすもの」のバイクはヒビキに化けちまったし。
・・・・・・あ、もしかして。
「お前、ケータイに戻るのか?」
まさかと思って聞き返すと、ケイは思いっきり首を縦に振った。
「元の姿に戻るだけだもん、簡単だよ」
そして、ケイは上がりかまちに両手を広げて立つと、タイミングを合わせるようにトントンと軽く跳ねはじめた。
そして。
「えいっ!」
気合を入れると同時にぴょんっと飛び上がり、空中ですばやく体を丸めた。
その瞬間、ケイの体がまばゆい光に包まれ、俺は思わず顔を背けた。そしてその光が収まった頃合を見計らって上がりかまちに顔を向けると、玄関にケイの姿はなく、かわりに一台の携帯電話が玄関マットの上にぽつんと置かれていた。
ちゃっちゃらっちゃー、ちゃーちゃらーらー。
そのケータイが、聞きなれた呼び出し音を鳴らす。
「はい、もしもし」
「えっへへー、もしもーし♪」
電話に出ると、そのむこうからケイの声がした。
耳からケータイを離して顔の前に持ってくると、そのディスプレイにケイの顔が現れる。
「考えやがったな」
「えへ、これならどこにでも一緒にいられるでしょ?」
確かに、これなら運ぶのに苦労しないわな。毎日のようにポケットに入れて持ち歩いていたもんなんだし。
しかし、「人の姿」を知ってしまったせいか、いつものようにポケットに入れるのはちょっとためらわれてしまう。想像だが、狭くて暗い上にいろんなものとかゴミとかが入ってくる所だから、そこに居ろと言われたら非常にきついのではないだろうか。
かと言って、手に持って行くのも問題だ。
「どうしたの、難しい顔して」
いろいろと考えていると、ケイが声をかけてきた。
「えぇー?お兄ちゃんそんなことで悩んでたの?」
正直に言うと、ケイはちょっと呆れたような顔をした。
「ケイはいつもどおりでいいよ。お兄ちゃんのポケットの中、好きだもん」
「暗くて狭いところがか?」
「んー、確かに暗くて狭いけどぉ、置いていかれるよりずぅっといいもん。それに、お兄ちゃんのにおいとかあったかさとか、感じていられるしぃ」
・・・・・・ぐう、これは、聞いている俺も恥ずかしいぞ。これから、こいつらのすることを根掘り葉掘り聞くのは止めにしよう。
「わ、わかった、じゃあ、ポケットに入れておくってことでいいか?」
「う、うん」
どうやらケイのほうも恥ずかしかったらしい。勝手にぱたんと閉じてしまった。
どうも、作者です。
やっと午後です。
そういえば主人公は一応アスリートだったんですね。
忘れていた人も結構多いのではと思いますw
さてこれからランニングに行こうとする主人公氏ですが、素直にスタートできるわけもなく。
まあ何があるかは。次回を乞うご期待!