01.それは1本の電話から始まった その8
「とぅるるるるるるるる。とぅるるるるるるるる。とぅるるるるるるるる」
ふと見ると、ケイがどこか一点を見つめてそんなことを言っている。なんだか本当に電話みたいだ。って、電話なんだっけ。
「ちん。はい、常盤です」
えっ?あれ、声が変わったぞ?
「もしもし。真田将仁さんですね?お電話、お待ちしていましたわ」
どういう仕組みになっているのかは分からないが、ケイは、その今までと違う声、間違いないあの弁護士の声で喋り始める。
「あら?もしもし、もしもし?真田さん?どうしたんですか?あれ、すいません、そちらからの音声が届いていないみたいです。聞こえていますか、真田さん?」
いや、あの、音声は聞こえているんだけど。
「こんなの、どうやって答えろって」
「あ、ああ、将仁さん。聞こえていたんですね」
「へっ、聞こえるんですか?」
「ええ、はっきりと。良かった、もし途切れていたらどうしようかと」
ケイの口調、じゃなくて、ケイの口を通して喋っているあの女の声が、ほっとした口調になる。
どうやら、ケイの耳と口を通して、向こうの相手と通話が出来るようだ。
そういえば、今気がついたが、ケイの目の色が、鳶色から水色に変わっている。
「それで、どうなりましたか?もしかして、面白いことになっているのではありませんか?」
「え、あ、あー、まあ」
その瞬間、俺は確信した。この人は、俺の回りでこんな事が起きることを、知っている。
いや、もしかしたら、この人が、すべての物事を引き起こしたということもありうる。
この人、弁護士だって言っているけど、本当は魔法使いか何かじゃないのか?
「教えてください。あなたは、誰なんですか?」
ひとつ大きく深呼吸すると、俺は腹をくくって聞き返した。
「私は弁護士の常盤です」
「ふざけるなぁっ!」
俺は叫んでいた。そのときの俺はかなりすごい顔をしていたのだろう、電話としての役割をしていたケイが、びくっと体を震わせた。表情も明らかに怖がっている。
「何が弁護士だ、ふざけやがって!お前、俺に何しやがった!今、俺んちがどうなっているのか、分かってんのかコラ!?」
「直接は分かりませんけれど、どんなことが起きているかはある程度推測できます」
だが、通話中は体と口は別なのか、驚いた様子も無い落ち着いた声がつむぎだされている。なんかそれが余計に腹が立つ。
「やっぱりあんたのしわざか!こん畜生ふざけやがっ、げふんっ、げふんっ!!」
「あ、将仁さん、お水です。これでも飲んで落ち着いたほうがいいでしょう」
いつのまにかテレビ画面をしまった(?)テルミが、水の入ったコップを差し出してくる。
一気に飲み干すと、空になったグラスを渡す。
「あ、ありがとう」
「いえいえ、この家に厄介になる者として、このぐらい当然のことでしょう」
テルミは、にっこり笑ってそのグラスを受け取ると、流しのほうへ歩いていく。なんだか本当のメイドさんみたいだ。黒マントがちょっと怪しいけど。
気がつくと、ケイが指を咥えてじーっとこっちを見ている。そういえば通話中だったんだ。
「教えてください。俺に、何、したんですか」
とりあえず、話を続けることにしよう。そう思って、声をかけると、ケイはぱっと表情を明るくする。
「私は、特になにもしていませんよ。ただ、きっかけを作っただけです」
だがその口から出てくるのは違う人の声だ。
「きっかけ?」
「ええ。あなたには特別な力が備わっているのですよ。私は、たとえて言うなら、扉にかけられていた錠前をはずしただけです」
じゃあ何か。俺はびっくり箱みたいなものなのか?
えらいことになったと、頭をかかえこんでしまう。
「どーすりゃいいんだ、こんなの」
「ええと、将仁さん?宜しければ、明日、そちらに伺って説明いたしますが、よろしいでしょうか?電話口で全てを説明するには、少々込み入っていますので」
「あ、明日?うちに来るんですか?」
「はい。今日はもう遅いですし、お待たせするのもなんですし」
「うー、わ、分かりました。明日も学校がありますんで、えーと、4時ごろでいいですか?」
「判りました、では午後4時にそちらにお伺いします」
「は、はい、お願いします」
「では、これで失礼します。明日、お会いすることを、お待ちしていますね」
最後に「ちん。」と言って、その声は切れた。
なんというか、また完全にむこうのペースで話が進められてしまった。さすが弁護士、交渉ごとのプロフェッショナルだ。
「もぉーっ、お兄ちゃん、お電話長すぎだよぉー」
そのとたん、ケイが口を尖らせて抗議をする。その仕草はかわいいんだが、電話のくせに電話として使われるのは嫌なのだろうか?と疑問に思ってしまう。
目は鳶色に戻っている。どうやら通話中に色が変わるのは間違いないようだ。
「長すぎって、お前電話だろ?」
「でもでもぉー、ケイ、電話が繋がっていると喋れなくなっちゃうんだもん。せっかく人の姿になれたんだもん、もっとお兄ちゃんとおしゃべりしたいよぅ」
「これからも共に生活していくのですから、お互いのことを知るのは良いことでしょう」
テルミはケイの意見に賛成らしい。
俺も、この二人には色々聞きたいことがあるので、とりあえず話をすることにした。