04.引越しは大変だよ その21
あの後、結局風呂で自分の性欲を自力発散させた俺は、風呂の湯をまいて後始末したあと、まっすぐ部屋に戻った。一度発散させたとはいえ、今うちのモノ軍団を見たら、一旦引っ込んだ性欲がまた噴出しそうだったからだ。
部屋に戻り、ドアを閉めると、カバンから数学の教科書と問題集を引っ張り出して、勉強を始める。自分の家で自習することはめったにないし、特に数学は苦手なんだが、今日はこうでもしないと沈静化しそうにないからだ。
「えーとこの前は、と」
ぺらぺらとページをめくり、付箋紙を貼っておいたページを開き、問題を解く。特にこのへんは式がややこしく、教科書で数式を見ながらでないと解けない。
「バレンシアって、こういうの得意そうだよな」
ふと、今日現れたパソコン娘、バレンシアのことを思い出す。元パソコンだから計算は得意中の得意だろう。
だが、妄想がすぐに鎌首をもたげてくる。なにしろあのアメリカンサイズだし、それに、軟らかかった。今の俺に妄想するなというほうが無理だ。
あわててその妄想を頭から追い払い、机に向かいなおすと、再び数式に向かう。
どのぐらいたっただろうか。
とんとん。誰かが、部屋のドアをノックした。
「将仁さーん、起きてますかー。俺です、鏡介です。入っていいスか」
そのむこうから、鏡介の声がした。
「なんかあったのか?」
鏡介を部屋に入れ、ベッドに座らせる。
「いや、用件は別にないんスけど、なんか下に居づらかったんで」
鏡介は、そう言ってベッドの上に寝転がった。
「ホントに寝るなよ?俺の寝る場所が無くなる」
「ういっす」
軽い冗談のつもりだったんだが、鏡介はすぐに起き上がってベッドから降りる。そして、こっちを覗いてきた。
「これ、数学っスか」
「ん、面倒だけどやっとかないとな」
ふと思い出して鏡介のほうを向く。
「お前もやるか?」
すると、鏡介が困惑したような顔をした。さすが鏡、頭の中も似ているのかこいつも数学は苦手みたいだ。
「俺はいいっスよ、学校行ってないし」
「でも後ろで眺められていると集中できないし」
言いながら、ノートと教科書と参考書をまとめて、座卓のほうに持っていく。
で、未使用のノートと問題集を渡して向かいに座らせると、鏡介もあきらめたらしく、シャープペンを持って問題集を開いた。
そして勧めた手前、俺もそこに座って問題集を開いた。
しばらく無言でお互いに問題を解く。かりかりとシャープペンを走らせる音が部屋の空間を包む。
「うーん・・・・・・ん?」
ふと頭を上げると、一心不乱に問題に向かっている鏡介の姿が見えた。
「鏡介、お前やっぱり左利きなんだな」
「そりゃ、鏡ですから」
そう言われればそうなんだが。と思いながらノートに目を落とす。そして目が点になってしまった。
「お前、字、下手だなー!?」
俺もそんなに字は上手じゃないが、鏡介のそれは、もう本当にミミズがのた打ち回ったような字なのだ。はっきり言って、書いた本人じゃないと読めないシロモノだ。
「しょうがないじゃないですか、慣れてないんスから」
鏡介は苦笑しながらそう答える。って、ちょっと待て、慣れるってなんだ?
「慣れるって、お前、字を書いたことが無いのか?」
しかし考えてみると、うちのモノたちはもともと手がなかったから、「書く」ってのは苦手なんだろうか?
「いや、字は書けますよ」
だが、どうやらそうでもないらしい。だったらこの下手さはなんだよ?
「こうだったら、書けるんスけど」
そして、鏡介は数式の一部を左手ですらすらっとノートに書いた。
「って、これ左右逆じゃないか!?」
なんと、鏡介が書いた数式は、左右が逆だった。
「鏡文字って言ってくださいよ」
苦笑しながら、鏡介がその数式を消す。
これは、徹底しているなと感心すべきなんだろうか、やりすぎだと呆れるべきなんだろうか。
困惑していると、鏡介が言葉を続けた。
「このままじゃまずいんで、鏡じゃないほうでやったんですが、慣れてないもんで」
ばつの悪い顔をしている鏡介を見ると、俺も非常に悪いことをしているような気がしてしまう。
「鏡介、無理しなくてもいいぜ?」
「え、でも」
「人に見せるわけじゃないんだから、鏡文字でもいいじゃないか」
「あ、それもそうッスか」
すると、鏡介はほっとした表情になった。
どうも、作者です。
男同士のやりとりなんか見ても面白くないかもしれませんが、書いてしまいました。
では、次回も乞うご期待!