04.引越しは大変だよ その15
「バレンシアさん。あとでお願いしたいことがあるのだけれど」
「What?」
テルミの大画面プラズマディスプレイを見て自信を無くしたのか、バレンシアの声が暗い。
「ええ。2階に、私が持ってきた資料があるのだけれど、それを記録して欲しいの」
どうやら、常盤さんは自分が持ってきた弁護士資料の一部を電子データ化したいらしい。さすがにあのハンパない量の資料は常盤さんもどうにかしたいと思っていたみたいだ。
「どう、できるかしら?」
常盤さんがそう聞いた瞬間、バレンシアの表情がぱっと明るくなった。
「Yeah!できマース!やらせてくだサーイ!neglectされるのはもうunpleasantデース!」
そして、常盤さんの手をとってぶんぶんと上下に振る。別に俺もやりたくてneglect、つまりほったらかしにしていたのではないのだが、あんなに嬉しそうにされては文句は言えない。
「ネットへのつなぎ方、聞きそびれたな」
ぽろっと、そんな言葉が俺の口から漏れる。
「お兄ちゃんって、インターネットに興味があったの?」
すると、いつのまにいたのか、ケイが俺のすぐそばで、なんかちょっと暗い表情でそんなことを聞いてきた。
「へ?ああ、ちょっとな」
そんな深刻な顔をして聞くようなことではないと思うんだが、確かにパソコンを買った一番の理由はそれだから、正直にそう答える。
すると、なぜかケイは俺の右腕にぎゅーっとしがみついてきた。別にそんなことをしなくても俺は逃げるつもりはないんだが。と思ったら。
「なああああんでケイに言ってくれないのおおおぉぉぉっ!ケイだってっ、インターネットに接続するぐらいはできるのにいぃぃっ、わざわざパソコンに手を出すなんてええぇぇぇっ!お兄ちゃんのうわきものおおおぉぉぉぉ!」
思わず何かを噴出しそうになる。ちょっと待て、なんでそうなるんだ。
「確かにケイは胸は小さいしっ、金髪じゃないけどっ、ずううぅぅぅっと一緒だったのにいぃぃぃっ!」
俺の混乱をよそに、ケイの口調はヒートアップしていく。これじゃ、知らない人が聞いたら俺がとんでもない浮気者みたいに思われてしまう。
だいたい、俺がインターネットをしようとノートパソコンを購入したのは、うちのモノたちが擬人化する前だから浮気者よばわりはないだろう。
「いや、だからこれはだな」
「お兄ちゃんのこと一番知ってるのはケイなんだからあああぁぁぁぁっ!」
「だからそこでヒートするなあああぁぁぁっ!」
こんなのどう対応しろってんだ?正直、俺は女の子の扱いは得意ではない。だから歩く朴念仁などと呼ばれるのだが、そうじゃなくてもこのシチュエーションは困惑すると思うぞ。
「あー、レイカさん。このイチゴショート、食っていいッスか?」
ふと、その後ろから、俺のことなんか目に入っていないみたいなそんな声がした。あの声は鏡介だな、まったく呑気な奴だよ。
と思っていたら、その声にケイがぴくっと反応した。
「だめええぇぇっ鏡介お兄ちゃあんっそれケイのなのおおぉっ!」
と同時に、ぱっと俺から離れてそっちにすっ飛んでいく。
「将仁さん、大丈夫スか?」
そのケイと入れ替わるようにして鏡介が顔を出す。
「あ、ああ、携帯電話“で”ならまだ判るけど、携帯電話“に”浮気者と言われるとはな」
「それだけ、将仁さんのことが好きなんですよ」
まあ、そう言われると悪い気はしない。言う相手が俺と同じ姿をした鏡介なので、自画自賛しているような気にもなってしまうが。
「それにしても、ケイの奴、イチゴショートが好きだったとは知らなかったな」
「俺も昨日知ったんですよ。まあ俺が擬人化したのも昨日ですけど」
「そういうボケはいらないぞ」
で、改めて聞きなおしてみると、昨日の昼に買い物をした帰りに、常盤さんの紹介で喫茶店に寄ったそうで、そこで食べたイチゴショートがお気に入りになったらしい。
なんか、そういう話を聞くと、女の子なんだなぁ、と思っちゃうもんだ。
ちなみに、一緒に行った常盤さんはモンブランを頼んで、テルミはレアチーズケーキが気に入っているらしい。
「そういえばお前は?」
「俺はチョコレートケーキを頼んだんですけど、さすがに恥ずかしかったですよ」
なんとなく判るな、それ。外で女に囲まれてケーキを食べるのは俺でも恥ずかしいと思う。
まあとりあえず、これから先ケイがへそを曲げたらイチゴショートでご機嫌を取るのがいい、というのが判った。
そして、そんなところがかわいいな、なんて思うようになってきている自分が、ちょっと心配になってしまった。
どうも、作者です。
バレンシアがいよいよ常盤さんの秘書として働き始めました。
はたして、趙アナクロな常盤さんが最新鋭(言い過ぎか)コンピュータのバレンシアを使いこなせるのか?
まあ見守っていてくださいw
ご意見・ご感想などありましたら遠慮なく入れてくださいませ。
次回、そのバレンシアの働きっぷりが発揮されます。乞うご期待!