04.引越しは大変だよ その13
買いもの班が帰ってきたところで、俺はみんなをダイニングに集めて、バレンシアを紹介することにした。
「なんだと!?」
新人が増えたと言った時点で真っ先に反応したのは、なぜかシデンだった。スイッチが入ったように俺の襟首につかみかかると、がくがくとゆすったのだ。
「上官ッ、貴ッ貴様ッ、さらに女を囲うなどどーゆーつもりなのだッ!」
「んがっがっこっこらっやめっ」
「貴様貴様貴様貴様ああああぁぁぁぁぁっ!」
「どわぁ!」
言い訳する間もなく、俺はものすごい勢いでひっくり返されてしまった。
あまりに早くて受身も取れない。もうちょっと柔道の授業で受身の練習をしておくんだった。まあ柔道は嫌いじゃないんだが、なんて言っている場合ではない。
左手で襟首をしっかりつかんで捻り上げたシデンが、元々鋭い目をさらに鋭く吊り上げて、右手を高々と振り上げているのが見えてしまったのだ。
「天誅ウウウウゥゥゥゥッ!」
そしてシデンがまさにその手を振り下ろそうとしたとき。
「シデン殿っ、殿中でござるっ!」
「お、落ち着けシデン、将仁殴ってどうすんだ!」
「はっ、離せえええええぇぇぇぇ!」
鏡介とヒビキがとっさに飛び出して押さえつけてくれた。さすがのシデンも、桁違いのパワーを持つヒビキと男の力(細かく言えば俺と同じ筋力)を持つ鏡介に押さえられれば動けなくなる。
「お兄ちゃん大丈夫!?ケガはない!?」
「すいませぇん、あと少し早ければ、受け止めることができたんですけどぉ」
「んもう、将仁さんを投げるなんて、ありえないでしょう」
そしてケイとクリンとテルミが俺に駆け寄って、起こしてくれる。
「くっ、おっ、降りろレイカっ、我はあの軟派な輩に天誅を加えなければならぬのだっ」
「天誅なんてバカなことを言っていないで、頭を冷しなさい」
そして声のほうを見ると、床に押さえつけられうつぶせになったシデンの背中の上にレイカが正座して乗っており、シデンはその場でじたばたしていた。空を飛ぶ力のあるシデンも、基本的な体力は普通の女の子程度しかないらしい。・・・・・・元冷蔵庫だからレイカが重いのかもしれないが、でもそんなに重そうには見えないんだがな。
「降りろおぉぉっ!レイカ、貴様は自分以外に目を向けられて、悔しくないのかあぁっ!」
「私は、あなたが呼ばれるひとつ前に呼ばれました。でもそれを怒ることはしませんでした」
下でじたばたするシデンに対し、正座の状態で器用にバランスを取りながら、レイカが平然と言い放つ。
「将仁さん、その新人さんがこっちを見ているわよ」
その中で、唯一傍観者としてなりゆきを見ていた常盤さんが、俺のところに来てそう耳打ちする。
思い出してそっちを見ると、中の騒ぎを聞いていたらしいバレンシアが、心配した表情でドアの陰からこちらをのぞいている。
「あ、ごめん、入ってきてくれ」
「Hello, everyone!My name is Valencia. I'm personified from Mr.Masahito’s laptop computer. Nice to meet you!」
招き入れると、ぱっと笑顔になったバレンシアが、いきなり英語で自己紹介をして飛び込んできた。なんというか、相変わらず大げさな奴だ。
それに反して、在来モノ軍団の反応は、鈍いというか、なんとも薄いものだった。さっきのシデン取り押さえで疲れちゃったのか?
「・・・・・・ええと」
その沈黙の後、ぽつりとレイカが口を開いた。
「何て言ったの?」
その一言で、その反応の薄さの理由が一つ判った。英語が、聞き取れていなかったらしいのだ。
「悪い、バレンシア。話し辛いかもしれないけど、日本語で言いなおしてくれないか?」
「Oh, I see.」
だから、そこで英語で答えるなって。大丈夫か?
「それデハ、日本語で、言いなおしマス。ワタシの名前は、バレンシアデス。将仁サンの、ノートパソコンカラ、擬人化しまシタ。よろしくお願いしマース!」
俺の心配は杞憂だった。バレンシアは、相変わらず片言ではあるが日本語でちゃんと自己紹介をして、今度は日本の風習に合わせてか、最後にお辞儀をした。
その瞬間、在来のモノ軍団の雰囲気が変わった。
「なんだい、あたしらと同類かよ」
そんなことをヒビキが口にした。後できいてみると、バレンシアのことを「何かから擬人化した存在だ」ということは判ったが、俺以外の奴によって擬人化したのが送り込まれたんじゃないか、と思って警戒していたんだそうだ。
送り込む、は判るんだが、擬人化なんて冗談としか思えない力を、俺以外に持っている奴がいるのかと、思いっきり突っ込みたくなってしまった。
「ま、そういうわけだから、みんなよろしく頼むよ」
あんまりいろいろ言うと話がややこしくなりそうなので、俺からの紹介はその程度にしておく。それよりも個性的な子が話に花を咲かしているのを見ているほうが楽しい。
とそこに、りゅう兄がにやにやしながらすすすっと近寄ってきて。
「将仁ぉ、引っ越したその日にさっそく新人を呼ぶなんて、お前もずいぶんと気が多くなったねぇ。お兄ちゃんは嬉しいぞぉ?」
なんてなことを言いながら俺の肩を組んで空いた手の親指を立てる。
「バカ言うなよりゅう兄、ありゃモノだぞ、ノートパソコンだぞ?」
「照れるな照れるな。男の夢、ハーレムに向かってがんばれよぉ?お兄ちゃんは応援してっからな!」
そう言ったりゅう兄は、なにが楽しいのか俺の頭をがしがしとこね回すと、がっはっはと笑いながらモノ軍団のほうに行ってしまった。
どうも、作者です。
なんかシデンと兄貴がかっとばしていますw
個人的に、シデンは結構お気に入りだったりします。
それでは、次回も乞うご期待!