04.引越しは大変だよ その9
「はいお兄ちゃん、お箸」
「おっ、すまんね」
「えへへー」
手が空いたケイは、先に座っていた。そして俺が筑前煮を置くと、箸を差し出してくる。
「んじゃ、いただきまーす!」
床の空いたスペースに座ると、さっそく筑前煮に手を伸ばし、レンコンをつまんで口に入れる。
しゃくっという歯ざわりがちょうどいい。煮え加減も塩加減も絶妙だ。本気で美味い。下手な総菜屋で売っているものなんか目じゃない、食えば食うほど食欲が湧くってやつだ。
「んぐっ!」
「あぁもうお兄ちゃんったら。そんなに急がなくてもご飯は逃げないよ?」
がっつきすぎて、またメシを詰まらせてしまった。
だが、いくら逃げないと言っても、無くなることはある。なにしろ、ヒビキという大食漢がいるし、あれほどではないにしてもりゅう兄もけっこう食う。
それにその、アレだ。これからまだ増える可能性もあるのだ。
・・・・・・うちの食費、大丈夫なんだろうか?
「あぁ?」
と、俺の左側に座っていたクリンが変な声をあげる。と同時に、何か生暖かいものが俺の頬をかすめていった。
なんだ?と思ってそっちを見ると、いつもどおりのちょっと眠そうな顔をしたクリンが、吸い物をすすっているところだった。
頭にクエスチョンマークを浮かべて見ている俺に気がついたのか、そのクリンがこっちをみてにこっと笑う。
今のはなんだったんだ?と思いながらも再びメシに戻る。
すると、さっきと同じ何かが、また俺の頬をかすめていく。
今度は間髪を入れずにそっちを向く。
「んぁ?」
クリンが、ご飯茶碗と箸を持ってこっちを向いている。が、それを見た俺は、口の中に入れたものを思わず噴き出しそうになってしまった。
なんでかって、そのクリンの口から、40センチぐらいのピンク色の何かが伸びていたのだ。その先は俺の顔に触れそうなところで止まっている。
俺が口の中のものを強引に飲み込む間に、そのピンク色の何かはクリンの口の中に引っ込んでいった。
「な、なにをやっているんだお前は!?」
一息ついてから、俺はクリンに詰め寄った。
「いえぇ、ごはんつぶがついていたのでぇ」
いや、そういう意味ではなくて。なんなんだその口から出ていたモノは。
「あ、そういえばまだ将仁さんにはお見せしてなかったんですねぇ」
クリンはそう言うと、あの長いピンク色の物体をまた口からべろーんと出した。
そうやって出ることで、やっと「舌だ」と判ったんだが。なんだその異常な長さは。
しかも今度はその舌がひょいっと動いて俺の頬をなでていった。
「わわっ!?」
俺が反応できずにいると、その舌はしゅるしゅるっとまるで掃除機のコードのようにクリンの口の中にひっこんだ。
「んふ、ごちそうさまでしたぁ」
そして、クリンはそのままにっこりと笑いながら手を合わせる。
なにがご馳走様なんだ、オイ。だいたい、お前は風呂のスポンジだろう、その長い舌は何なんだ、どっかの妖怪かコラ。
とりあえず、怒って問い詰めてもしょうがないので、座りなおして茶碗と箸を持ったところで。なんか、今度は反対側に気配を感じた。
「んー・・・・・・」
ちらっと横目でそっちを見ると。なぜか、頬を赤らめたケイが、こっちは標準的な舌を伸ばしてものすごく近くまで迫っていた。
「なにをしている」
「ひゃ!?」
「おわぁ!?」
俺が声をかけると、ケイは目を丸くして奇声を上げ、そしてバランスを崩しかけた。
なんとか転ばずに済んだ俺は、同じようにふらついていたケイを受け止めて座らせた。
「こらケイっ、お前何やってんだ!?」
「うううううう、だって、だってぇ、羨ましかったんだもん」
「羨ましいってお前な・・・・・・」
「だってだって、ケイだって、お兄ちゃんのご飯粒、欲しかったんだもん」
ケイの言い訳を聞くと、こっちまで恥ずかしくて体がむずがゆくなってくる。
これは、素なのか?それとも、「かわいい妹」を演じているのか?そうやって俺に取り入って、自分の立場を確保しようとかしているのか?
わからん。なんてなことを考えていると、そこにいるみんなの視線が俺に注がれている。モノたちはともかく、りゅう兄と常盤さんに見られるのは非常にはずかしい。
「とにかく、犬じゃないんだから、人の顔を舐めるのは禁止な」
ケイは、目を潤ませて唇をぷるぷるさせて泣きそうな顔をするが、こればかりは認めてしまうわけにはいかない。
ふと視線を感じて振り向くと、モノたちが色々な表情で俺達を見ている。
「なんだよ、こっち見るな、あっち向けオラ」
その場はなんとかそれで乗り切ったんだが。俺、ホントにやっていけるんだろうか。
なんか不安になってしまった。
どうも、作者です。
平和な昼ごはんのはずが、なんか変なことになってしまいましたw
なお、感想・評価・苦言・提言など今後もお待ちしていますので、良ければ書いて行ってやってください。
次回は、昼食も終わって、残りの後片付けですが。
そのまま何事も無いわけがありませんw
乞うご期待!