04.引越しは大変だよ その5
「りゅう兄ちゃん、この先二つ目の信号を左ね」
「左だな、オーケイ」
俺らを乗せたトラックは、2車線の大通りを走っている。免許を取ってから、はじめてトラックの運転をする、というりゅう兄の言葉にちょっとびびらされたが、実際に走らせてみると別にヘタクソということもなく、快調に進んでいる。
また、ケイのほうも順調のようで、何も見ていないのに適宜りゅう兄に指示を出して、ちゃんとナビの役割を果たしている。
それは、まったく不満はない。トラックの座席も、思っていたより座り心地がいい。
が。
「うわぁああぁあぁあーーーーっ!だああぁあぁあーーっ!」
ひっきりなしに後ろから聞こえる叫び声に、俺はすこし参っていた。
この叫び声、実はトラックが走り出してからずっと聞こえているのだ。と言ってもトラックが叫んでいるみたいな怪奇現象の類ではなく、ドアミラー越しに後ろを見ると、その声の主が確認できる。
赤と黒のライダースーツで全身を包み、黒い髪を振り乱したそいつは、すでに時速80キロは出ているこのトラックの後ろを、叫び声をあげながらつかず離れずの距離を置いて、全力疾走でついてくるのだ。これもある意味怪奇現象だ。
「ヒビキの奴、あの叫び声はどうにかならねぇもんかね?」
そう。そいつこそ、ヒビキだった。銀色のマフラーを靡かせ、赤い風となって、本当にトラックの後ろを二本足で走って追いかけて来ているのだ。
人間はたしかオリンピック級のスプリンターでさえ時速40キロが限界で、しかも10秒程度しか走れないはず。馬だって時速60キロが限界だ。それなのに、ヒビキの奴はそれをはるかに上回る時速80キロで走る車に、5分以上もあの二本足でついてきているのだ。これは、さすがバイクと言うべきなんだろうか。
「ああぁああぁあぁあぁあああーーーーーっ!がああぁああぁああーーーっ!」
なんか、どっかの都市伝説で、ものすごいスピードで車を追いかける婆さんの話なんてものがあったのを髣髴とさせる姿だ。しかも、ヒビキの場合はそれに輪をかけて怖い。その凄まじいスピードや、振り乱した髪は確かに鬼気迫る迫力だが、こいつの場合なによりこの叫び声が怖い。
なんの予備知識も無くその姿を見たら、夜寝たときに夢に出てうなされそうだ。
「・・・・・・あ、もしかして」
突然、ケイが口を開く。
「どうしたケイちゃん。道順でも間違ったかい?」
「ううん、道の話じゃなくて、ヒビキお姉ちゃんのこと。あの声って、オートバイや車が走るときの、エンジン音のつもりなんじゃないかな?」
なるほど、と思ってしまった。言われてみれば、ヒビキの名前の由来、それこそが、エンジン音の大きさからだったんだ。
「そうは言ってもなぁ、アレは怖ぇぞ」
ハンドルを握りながら、りゅう兄がちらりとサイドミラーを見やる。
「だああぁああぁあああーーーーーっ!うらああぁああぁああーーーーーっ!」
そこには、髪を振り乱しながら、スピードダウンする様子すら見せないで追いかけてくるヒビキの姿が、はっきりと映っていた。
「あ、りゅう兄ちゃん。そこ曲がったらスピード落としてね。道が狭くなってるから」
「んじゃそろそろ減速しといたほうがいいな」
って、ちょっと待て、最近の携帯サービスはそんなことまで分かるのか?
と思う間もなく、アルミバンはスピードダウンを始めた。
どうも、作者です。
仮にもバイクなんだから一度はヒビキにも走ってもらわにゃと思い、都市伝説で有名なターボ婆ちゃんよろしく走ってもらいました。
街中でこんなのが走っていたら交通事故が多発すること間違いなしですが、そのへんは見逃してくださいw
次回はいよいよ引越しの家が登場します。
乞うご期待!