04.引越しは大変だよ その1
9月17日 日曜日
きんこーん。
朝の八時ちょっと前。朝飯が終わってしばらく片付けなんかをしていると、呼び鈴が鳴った。
「はーい!」
ケイがたたたっと走っていってドアを開ける。するとそこには、えらくごっつい男が立っていた。
「りゅう兄ちゃん、いらっしゃーい!」
「ようケイちゃん、元気だったかい?」
「うんっ!」
もしやと思ったが、やっぱりりゅう兄だった。昨日の夜、引越しをするから手伝って欲しいと電話したら、テスト休み中で暇だからと快諾してくれたのだ。
「ん?なんかまたずいぶんと女の子が増えてねぇか?」
そして、ケイの頭をぐりぐりっと撫でたりゅう兄は、ぐるっと家の中を見回した後、真顔で鏡介に話しかける。どうやら俺と間違っているらしい。
「あー、りゅう兄りゅう兄、そっちは違う。俺はこっちこっち」
おどかしてやろうとりゅう兄に横から声をかける。そしてりゅう兄はこっちを見て、案の定硬直した。
そしてきょろきょろと俺と鏡介を繰り返し見る。
「・・・・・・おめぇまで増えやがったのか?」
大抵のことには動じない(擬人化を見てもすんなり受け入れていた)りゅう兄も、さすがにびっくりしたみたいだ。その様子を見て、うちのモノ軍団たちもクスクスと笑っている。
ちょっとした優越感に浸りながら、俺は鏡介の横に立つ。
「「びっくりしたろ、りゅう兄」」
そしてさらにハモってみる。さすが鏡介、うまいこと合わせてくれる。おかげでりゅう兄はあっけにとられてぽかんと口をあけている。そしてさらにモノ軍団はクスクスと笑う。
「ここまで驚いてもらえると、なんか嬉しくなりますね」
鏡介のやつもなんか楽しそうだ。
「悪いなりゅう兄、驚かせちまって。こいつ、鏡介っていうんだ」
「はじめましてりゅう兄さん。鏡の擬人化の鏡介です」
「な、なんだ、鏡か、びっくりした」
そして、俺に促されて鏡介が挨拶をしたところで、りゅう兄はやっと何があったのかが分かったようだった。
「く、くくっ、ふははははっ、なっ、なんと間の抜けた面をしておるのだ、上官殿の兄君よっ!」
その瞬間、突然大声で笑い出した奴がいた。誰かは、この偉そうな物言いから分かるだろう。シデンの奴だ。
「滑稽だ、あまりにも滑稽だぞ兄君ッ!」
おいおい、いくら女の子にやさしいりゅう兄でもしまいにゃ怒るぞ?うちのりゅう兄、ヘタすりゃお前より強いかも知れないんだから。
「なぁ、龍之介、こいつどう思うよ?」
と思っていたら、いつのまにかヒビキがりゅう兄の肩に手をかけてそんなことを言っている。ヒビキは以前はりゅう兄の持ち物だったせいか、りゅう兄ともけっこう気が合うらしい。
「こいつってば新入りのくせに偉そうでさぁ。出てきて早々鏡介のことをぶん投げるし」
「何を言うか貴様ッ、このシデンは上官殿の寵愛を最も受けていたのだ、貴様よりは上だ!」
また始めてしまった。この二人、まだ仲直りしていないのか。だいたい何が上なんだ。
面倒になったので、俺は鏡介をつれて奥に引っ込むと、荷物の搬出に取り掛かることにした。
「こちらはもうすぐ終わります、そちらはどうでしょう?」
「あうぅ、待って下さいよぉ」
ダイニングでは、2人のメイドさんがいて、捨てるものの分別や床の拭き掃除をやっている。
黒い髪でメガネをかけた黒マントのメイドさんは、もちろんテルミだ。いつものようにてきぱきと素晴らしい手並みでゴミの分別をしている。
そしてもう一人の、白い髪のメイドさん。実はクリンだ。背格好が一番近いテルミにメイド服を借りたらしい。が、こっちはどうも危なっかしいというか手つきがおぼつかない。なんというか、メイドのプロと新人という感じだ。
テルミの服がどこから出てきたのかは、この際考えないことにしよう。
「きゃ!?」
と思うそばからクリンは手を滑らせた。昨日買ったばかりの茶碗が宙を舞う。落とすまいと手をわたわたと動かすが、なぜか掴むことができない。
落とした、と思った瞬間。何かがその茶碗を受け止めた。
「・・・・・・おい、大丈夫か?」
「はううぅ、ら、らいりょううれふぅ」
掴んだと思った瞬間、その茶碗が再びつるんと舞い上がり、そしてクリンの顔面に落下していたのだ。昨日のシデンの掌底といいこれといい、いくら柔軟性に富んだスポンジだからって、わざわざ顔面で受けなくてもいいだろうに。
「とにかく、ケガしないように、注意してな」
茶碗を顔から下ろしたクリンの肩をぽんぽんと叩く。また顔が赤くなっている。
「テルミも、はらはらするかもしれないけど、よろしく頼むよ」
「お任せください、この程度ならすぐ終わるでしょう」
声をかけると、テルミはにっこり笑って答えてくれた。
どうも、作者です。
ようやっと4日目に突入です。
引越しといっても一筋縄ではいかないのでそのへんを楽しみにして下さい。
では、次も乞うご期待!