03.そして何かが動き出した その21
「ありがとうございましたー」
いつもなら学校で部活に汗している土曜日の午後。
俺は、ケイと常盤さんと一緒に、不動産屋の前にいた。引越しのシーズンから真裏に当たるこの時期ではあるが、あの家では狭すぎるので引っ越すことにしたのだ。テレビでやっていた貧乏人バラエティじゃあるまいし、4人ぐらいならまだいいが1DKに8人(しかもそのうち6人はうら若き乙女(?))も住むのはいくらなんでも無茶だ。
とはいえ、行き先が無ければ引っ越せるわけがない。そして引っ越すにしても、8人も住むとなるとさすがにアパートの一室、というわけにはいかない。それにこう言ってはなんだが、発動のきっかけが分からない以上まだ増える可能性も十分にあるから、ある程度余裕を持った大きさが必要だ。
そんな都合のいい物件なんかあるのかね?と思っていたら、なんとそれがあったのだ。具体的には、今の家より駅二つぐらい遠くなり、木造2階建てで築10年とちょっと古いが、電気ガス水道完備で広さも申し分ない。
そしてさらに驚いたことに、その家は「常盤さんの持ち家」だったのだ。もっとも、実際に住んでいるわけではなく、管理人みたいな立場なんだそうだ。だから、名義は常盤さんで、俺と、ケイをはじめとするモノたちはそこに居候する形となる。
常盤さんって、金持ちなんだな。素直にそう思ってしまった。
それで、今の部屋を管理している不動産屋に引き払いの手続きをしに来たんだが、その引越しの日が、気がついたら「明日」ということになっていた。あまりにいきなりな話なため、俺だけでなく不動産屋も面食らっていた。とはいっても、実際は引き払う1ヶ月前に申請が必要なので、つまり書類上はあと1ヵ月、実際にはいなくてもあのアパートに住んでいることになるらしい。
「常盤さん、本当に大丈夫なんですか?」
「心配は無用です。みんなに話をして、手伝ってもらいましょう」
不安になった俺を、一緒に不動産屋から出てきた常盤さんがそう勇気付けてくれる。だが、俺はそこで余計に不安になってしまった。
住んでもいない、しかも10年前に建てられた家を、なんで常盤さんは持っていたんだろう。もしかしたら、その家は、「西園寺の遺産」のひとつなんじゃないだろうか。そしていつのまにか家の名義が俺に書き換えられていて、俺はなし崩し的に遺産を受け取らなければならなくなるのだろうか。そこまで考えていたとすると、この人は本当に抜け目がない、というか悪賢すぎる。西園寺の遺産って、確か総額五千億だっけ。こんなこと学校で自慢できないよなぁ。これで間違いだったりしたらどうしよう。
「はぁーあ・・・・・・あ?」
なんかものすごくネガティブな考えが頭の中にモリモリ沸いてきて、思わずため息をついてしまった、そのとき。
俺の横を歩いているケイの様子がおかしいのに気づいた。妙に静かなのだ。よく見ると表情もいつもより固い。何か不安なことでもあるのだろうか。
「ねえ、常盤さん?」
そして、ケイが常盤さんの袖をくいくいと引っ張る。
「あら、どうしたのケイちゃん?」
常盤さんは、まるでちょっと年の離れたイトコにでも接するように声をかける。なんかこういうのもいいな、と思ったんだが。
その表情から、笑顔が消えた。
「なにか、あったのかしら?」
「うん・・・・・・」
ケイは、不安そうにうなずくと、うしろをちらりと見て、とんでもないことを口にした。
「あのね・・・・・・ケイたちにね、さっきからずっとついてくる人たちがいるみたいなの」
「なっ!?」
思わず顔を上げて後ろを見る。が、目に入るのはごく普通のありきたりな光景だ。道端でおしゃべりに花を咲かせるおばちゃんたちやギャル、鞄を脇に抱えて小走りになっているビジネスマンなど、どれも怪しいような怪しくないような微妙な連中ばかりだ。
「マジかよ」
こういう、尾行されるっていうシチュエーションは、マンガとかドラマとかだとけっこう見るが、いざ自分がされるとなるとなんともイヤなもんだ。
「それって、いつからかしら?」
「わかんない。気がついたのが、不動産屋さんに入った後だったから」
なんでも、俺たちが不動産屋に入ったときに、「今、○○不動産に入りました」と話している男の声が聞こえたんだそうだ。それはどうやら、携帯電話かなにかを使ってやり取りしている、その電波を拾ったものらしい。そして今も、その声の主は俺たちをどこかから見ているらしい。
さすがは携帯電話、というか携帯電話の能力を超えてしまっているような気もするが、ケイは俺には嘘は言わないと思う。となると、やっぱり俺らを尾行する奴がいるってことになる。
なんで?と思ったが、そうなる心当たりはいやというほどある。「西園寺家の遺産」だ。
こういうときはどこかの人ごみに紛れて蒔く、というのが定番だが、実際にやったことはないし、第一つけてくる奴がどんな奴かも分からないのでは、蒔けたかどうかも分からない。それに今は俺一人じゃないからそんな動きもできない。
「そうだ、そこの喫茶店に入ろう」
考えた末。俺は2人を連れて、外が良く見える喫茶店に入ることにした。
確かこういうときは、出入り口が見える場所に座って、いつでも立てるようにするんだったよな。そんなことを考えながら、俺はその喫茶店に入っていった。
どうも、作者です。
なにやら怪しい動きがあるようです。
こいつらの正体は何なのでしょうか?
そのうち明らかになります。
乞うご期待!