01.それは1本の電話から始まった その4
「なんだったんだろうな、今のって」
携帯が、軽い音とともに閉じられた、その瞬間。
カッ!
暴力的なまでの白い光が、その携帯電話から発せられた。
「なななななっ、なっ、なんだっ!?」
たまらず、俺は目を閉じて顔をそむけてしまう。
だが、それでは終わらなかった。なぜか、その光は俺に質量を持って襲い掛かってきたのだ。
そんなものが来るなんて、想像すらしなかったから、俺はその光に押し倒されてしまった。
俺の体が地面に投げ出されて、どのぐらいの時間が過ぎただろう。ほんの数秒のような、おっそろしく長いような時間が過ぎた後、俺は、おそるおそる目をあけた。
街灯が灯っている。
そして、それに逆光になる形で、俺の上に、何か、人の姿をしたものが覆いかぶさっているのが見える。
「お・・・・・・」
「うっ、うわあぁあぁああああぁああっ!?」
その何者かが声を発しよう、とした瞬間。俺は、まさにスイッチが入ったように、その人影を突き飛ばして立ち上がっていた。
「きゃああっ!?」
「わあぁぁっ!?」
何か女の子みたいな声が聞こえたがそれどころじゃない。俺は、目の前に見える塀ぎわまでダッシュすると、物言わぬ壁を背にし、その声がしたほうに向き直った。
「ったたたたぁ・・・・・・いったぁ」
そっちから、俺の今の状況とはまったく会わない、気の抜けた声がする。
改めてそっちを見ると、どこかのレストランのウエイトレスからエプロンを取ったようなデザインの、青っぽい服を着た、俺より年下と思われる女の子が、尻餅をついた状態で後頭部をさすっていた。
「もう、もっと丁寧に扱ってよぉ、これでも精密機械なんだからね、お兄ちゃんったらぁ」
その女の子は、街灯の光の中で、ぷーっと頬を膨らませて俺を見上げている。
中学生ぐらいだろうか。頭の右上で、髪の毛をたばねている。目が大きくて、かわいい子だ。じゃなくて!
「な、な、な、なんだお前はっ?」
「何だってことはないでしょ?さっきまでお兄ちゃんの手の中にいたんだから」
立ち上がり、自分の尻をぱんぱんと払いながら、その子は俺の言葉に答えてくる。
手の中、と言われ、俺は自分の右手を見る。そこにあるはずの、俺が目を開く前まで持っていたものが、なくなっている。
「あ、ああっ、け、携帯がないっ!どどどこ行った!?ききき君、知らないか!?」
混乱しながらも、俺はその女の子に言葉を投げかける。何があったかは後で考えることにして、とにかく携帯をなんとかしなければ、実家とも友達とも連絡が取れなくなってしまう。
だが、それに対する答えは、俺の想像のはるか上をかっ飛んでいた。
「もう、私だったら目の前にいるでしょ?」
そう言って、目の前の女の子が腰に手を当てて仁王立ちした。
「・・・・・・へ!?携帯だぞ?」
「だから、お兄ちゃんの目の前にいるってば」
その少女は、俺の質問にそう答え、自分自身を指差す。
目を閉じて何度か頭を振り、目を開く。その子はまだいる。
自分の頬をぱんぱーんっと張る。痛い。でもその子はまだいる。
・・・・・・俺、本格的におかしくなったか?それともこの子がおかしいのか?
「・・・・・・あのなぁ、俺だってしまいにゃ怒るぞ?君のどこをどう見たら携帯なんだ?」
と言いながらその子を眺める。さっきは薄暗くてよく見えなかったが、どこかのウエイトレスかと思ったその服には、よく見るとその右肩には受話器を上げた電話機の絵が緑色で、左肩には受話器を置いた電話機の絵が赤色で描かれている。そして、胸からおなかのあたりにかけて0から9までの数字と*と#が銀色で描かれている。
確かに、携帯電話のキーパッドをデザインした服装ではある。あるのだが、だからってこの子が携帯電話だとはいくらなんでも話がぶっ飛びすぎている。
「でもホントなんだもん。私、お兄ちゃんの携帯だよ?」
すると、その子がすねた口調で俺をじっと見つめてくる。
ぱっちりとした、澄んだ目をしている。その目はどう見ても真剣だ。
「ほら、証拠だってあるよ、お兄ちゃん」
そしてその子は、ちょっと顔を横に向け、自分の右耳を俺に見せた。
ちょっと大きめの耳たぶに、どこかで見たようなものがぶら下がっている。青地に金で何かが刺繍された太い紐と、丸いかざりの模型。
「・・・・・・あぁっ!?」
それが判った瞬間、俺は思わず声をあげてしまった。
それは、ストラップだったのだ。しかも、うちの兄貴が韓国旅行の土産として買ってきた、日本では普通売っていない奴。それが、ピアスのようにその子の耳にぶら下がっている。
「ね?」
その子は正面を向くと、にこっと笑った。
どうも、作者です。
妹機能つき携帯電話の登場です。
ちなみに彼女には個人識別機能があるので、「おともだち登録」をしないとなついてくれないという設定です。