16.新旧おやくだち合戦 その22
「どうぞお入りください」
ひとしきりの会話の後、龍之介があかりに連れて来られたのは、応接間たった。
ちなみに今、龍之介に付き添っているのはあかりとクレアの二人だけになっている。あの後、文化祭の応援として呼ばれている紅娘、およびそれについていくと言い出した年少組メンバーを駅まで送り届けるためにメルセデスが脱落し、はさみは庭の手入れ、御守は書庫の整理と言って持ち場に戻ってしまったためだ。
応接間と言っても、二十畳ぐらいありそうなその部屋には、品が良く年季の入ったテーブルや調度品が置かれ、高級な雰囲気を醸し出している。龍之介は知る由もないが、昨日、将仁と年少組のモノたちが通された部屋だ。
「ようこそ、龍之介さん」
そしてそこには、龍之介も知っている女弁護士にして懐中時計の付喪神、常盤花音代が待っていた。
「すいやせん、家族で来る予定が俺一人になっちまって」
「いえいえ、かまいませんよ。事情を身をもって理解されている龍之介さんのほうが、都合のいいこともありますし」
どうぞ、と声をかけられ、龍之介は応接間の椅子に素直に腰掛ける。
「いやぁ、にしてもなんっか落ちつかねえですねえ。こちとらただの一庶民なもんで、こういう高級感溢れる部屋ってのはどうも」
腰掛けたはいいが、落ち着き無く周りを見回す。その仕草が、彼の義弟にして晴れて西園寺の当主となった将仁のそれと重なったため、やはり兄弟なんだなと花音代は改めて思う。
「あの、龍之介様。私は、もう少しラフな感じになったほうが良いのでしょうか?」
一方で、彼の発言を悪く取ったのだろうか、この屋敷自身であるあかりが、不安げに間いてくる。ちなみに、一言も喋っていないが、クレアはまるでSPのように龍之介のすぐ近くに微勤だにせず立っている。
「将仁様も、同じようなことを仰っていたので」
「そいつぁ、昨日の今日だから慣れてねえだけだって。三日もすりゃ、文句言わなくならぁな」
「本当ですか!?私の態度が気に入らないとか、そういうわけではないのですよね!?」
「そんな心配しなくっても、あいつぁ適応力が高ぇから心配すんなって」
そして、龍之介はまたきょろきょろとあたりを見回す。
「なんだろうな、なーんか視線を感じやがんだよなぁ」
そしてそんなことを目にする。
「あちらでは?」
それを受けて、花音代がある方向を指し示す。
そっちには確か、誰かの肖像画が掛かってたよな。そんなことを考えながらそちらに眼を向ける。やはりそこには、何処かの貴婦人の肖像画があった。
「………あれ?」
だが、そこに違和感を感じ、二度見するのに時間はかからなかった。
そして二度目で確証した。絵の構図が全く違うことを。さっき見た時は、すまして椅子に座っている、いかにも肖像画な構図だったのに、今はまるで桧の額縁を窓枠に見立て、そこに肘をついてにこやかにこっちを見ている、という構図なのだ。
絵が、動いたのだろうか。
「うふっ」
その絵が、にっこりと笑って小首をかしげる。
「う、うごいたあああああ!?」
その瞬間、龍之介は悲鳴をあげていた。
「あっはははははっ、いいリアクションね。将仁にそっくり」
その絵の女、西副寺静香が、いかにも楽しそうにころころと笑う。
「………って、なんでぇ、驚かしやがる。おい、まだ擬人が居たじゃねぇか。黙ってるたぁ趣味が悪ぃぞこのヤロウ」
だが、龍之介はすぐに気を取り直し、その絵を指差す。
「ひっどーい、私、野郎じゃないし擬人でもないわよぅ」
「そんじゃ、CGか何かか?」
「グレード下がってるじゃない。第一、CGだったら誰が喋ってるというのよ」
「だったらやっぱ擬人じゃねぇか。将仁の奴が何かした擬人なんだろ、おめぇはよ」
「だから、違うって言ってるじゃないの」
すでに驚かなくなった龍之介と肖像画の、まるで漫才のようなやり取りを見ていた花音代だったが、きりか無いと思ったのか声をかけてきた。
「静香様、遊ぶのはそのぐらいにすべきかと」
「えっ?」
「まだ龍之介様に挨拶もされていないではないですか」
「う……常盤、昨日も思ったのですけど、あなた、私に廠しくないかしら?」
「私は時計ですので。自らの役目に忠実なだけです」
花音代にぴしゃりと言い切られ、静香はしゅんとなる。だが、振り払うように首をぶんぶん振ると、大きく深呼吸して立ち直す。
「私は、将仁の生みの母、西副寺静香です。わけあって、今はこんな姿ですが」
「西国寺静香は亡くなったと間いていたが」
と、突然、そこに居ない声がした。
そこにいる全員が、びくっとしてそちらを見る。
いつのまにそこにいたのか、三国志に出てきそうなデザインの緑青色の鎧に身を包み目元を仮面で隠した青いポニーテールの武将が立っていた。
次の瞬間。部屋の扉がバンッと音を立てて開き、人がなだれこんできた。
「な、なんだなんだなんだ!?」
突然の展開に、さすがの龍之介も目を瞬かせる。
龍之介を後目に、部屋になだれ込んだ人、何十人ものあかりたちは、手に銃を持っていて、恐ろしく統率の取れた動きで侵人音を取り囲むと一斉に銃口を向ける。またほぼ同時に、龍之介の前にクレアが立ちふさがり、リボルバーの銃口をやはりその侵入音に向ける。
「何奴!」
侵入者に銃口を向けた大勢のあかりたちと、一人だけいるクレアが、銃の引き金に指をかけながら一斉に問いかける。
「ほほう、この家はこうやって客を出迎えるのか」
だが、多数の銃口が向けられているというのに、緑青色の女武将は全く勤じていない。それどころか、撃ってみろといわんばかりに挑発的なセリフを口にする。
「あなたは、あのときの式神!?」
その姿に見覚えのある常盤弁護士が、指差して叫ぶ。
「いかにも。我が名は龍樹。木気を象徴する青龍の化身にして、陰陽師賀茂杏寿様の式神だ」
縁青色の武将、龍樹が殊更偉そうに名乗るが。
「今日は杏寿様がおうふっ!?」
口上の途中で奇声をあげ、飛び上がるようにつま先だった。
「平和的に挨拶に来て脅しちゃあかんのとちゃうの?」
そして龍樹の後ろから、だぶだぶの黄色い道服に身を包み、一角獣のような角が生えた四角い帽子を被り、鬣のように豊かな黄色の髪の女が現れた。
「あー、すんまへんな。うちのがなんや迷惑お掛けしたみたいで」
その女は、龍樹と打って変わった低姿勢でぺこぺこと頭を下げる。
「こらあああっ!麟土おおおおおっ!いきなり何をするかあああああっ!」
軽く悶絶していた龍樹だったが、そこで我に返ると同時に振り向いて怒号をあげる。
そして何のためらいも無く腰につるした剣を抜き払うと、大上段からその相手、麟土めがけて振り下ろす。木製の剣ではあるが、その刀身には電光がまとわりつき燐光を発している。
「うおっとう!」
騎士は、手にした琥珀色の杖を両手で持ち受け止める。
「何すんねん危ないやんか!」
「貴様こそ遅れて来て人前でいきなりカンチョーするとはどういう了見だああっ!」
「口で言うても自分聞かへんやろおおおっ!」
「ぬううううううっ!」
「んぎぎぎぎぎぎっ!」
そして二人はそのまま押し合いを始める。最初は互角のように見えたが、すぐに龍樹のほうが優勢になり上から覆いかぶさるような体勢になる。下になった麟土も上体を大きく反らしながら抵抗するが、今にもひっくり返りそうだ。
あ、もうもたんわ。麟土がそう感じた時だ。
「そんぐらいにしとけ」
後ろから現れた太い腕が、龍樹の首に巻きついた。
「ぐっ!?」
そのまま龍樹にスリーパーホールドを極めた腕は、龍樹の体をそのまま後ろに引き上げる。
「こら、おめぇ大人しくしやがれっての」
龍樹にスリーパーホールドをかけているのは、龍之介たった。
「こらああああっ!離せええええっ!」
ホールドされながらもじたばたしていた龍樹だったが。
「杏寿に言いつけっぞ?」
龍之介のその一言を聞いたとたん、しゅんとおとなしくなってしまった。
「全く龍樹はんは、なんでそう気が短いねん、ちょっとふざけただけやないか」
「これからは、相手を見てからふざけるこったな」
龍樹を解放した前之介が、尻餅をついた麟土に言い返す。
「……あの、龍之介様、常盤様、この方々を、ご存知なのですか?」
目の前でいきなりどつき漫才じみたことを始められ、毒気を抜かれてしまったあかりズたちの一人が、声をかけてくる。
「ん、ああ、こいつら、将仁の同級生で陰陽師やってる、賀茂杏寿って奴の式神、家来みてぇなもんだよ」
「ほな、改めまして。うち、麒麟の麟土いいますねん。よろしく」
その大人数のあかりたちとクレアに向かい、麟土はぺこりと頭をさげる。
「で、てめぇら、何しに来たんでぇ?まさかまた何かやらかそうってんじゃねぇだろうな?」
龍之介は、すでに落ち着いてしまっているようだ。
「ないない、そないことせえへんって。杏寿はん忙しいさかい、かわりに挨拶に来ただけやって」
「玄関で呼びもした。ノックもした。だが誰も迎えに来なかった。だからこちらから出向いたのだ」
「……おい、あかりさんよ。あんた、こんだけ頭数が居るんなら、客の出迎えぐらいしてやっても良かったんじゃあねぇのかい?」
「それは……申し訳ございません。龍之介様以外の客人が来るとは、思っていなかったもので」
「だからって、お客を無視しもゃあいけねぇだろ。あいつも、自分から招くってこたあめったにねぇが、来た奴はちゃんと出迎えるぜ?」
「は、はい……申し訳ありません」
お説教されて、何十人もいるあかりは一斉にしゅんと落ち込んでしまった。
「んじゃ話を戻して、と。おめぇら、挨拶廻りだけでここに来たんじゃねぇだろ?」
それを見届けた龍之介は、返す刀で二人の式神に向かう。
「へぇ?嫌やなあ、何言っとんの龍之介はん、ほんまに挨拶だけやねんて」
「杏寿様は多忙につき、我々が代理で縁者への挨拶廻りに来ているだけだ」
「はーん、ちなみに他の連中は?」
「炎雀と虎鉄は、杏寿様のお手伝いで学校に赴いているはずだ。明日からの学園祭とやらのために、人手が必要なのだそうだ」
「黒いガキはどーした?」
「玄水のことか。あいつは留守番だ」
「どーも、おとついのことがまだ尾を引いてるみたいで、今朝になってもひざ抱えてどんよりしとったで」
「うむ、あいつがどんよりしているとこちらまで気力が無くなる。早く元気を取り戻してほしいものだ」
そんなやり取りを聞いて、こいつらはこいつらなりに仲良しなのかな、と思う龍之介だった。