16.新旧おやくだち合戦 その21
「ようこそおいでくださいました。真田龍之介様」
鹿鳴館を思わせる白亜の屋敷。その真正面にある両開きの重厚なドアが開くと、長い髪を首の後ろで束ね、執事服を着こなしたあかりが深々と頭を下げて出迎えた。
「あ、ど、どうも」
目の前の豪邸の規模に圧倒されていた龍之介は、声をかけられてようやく気がついたように返事をする。
「ほぉら、龍ちゃんっ。中に入りなってばっ!」
その背中を、メルセデスが、結構な勢いをつけてぱしんと叩く。来る道すがらで完全に打ち解けてしまったようだ。
「メル、いかに身内とはいえ、龍之介様はお客様なのだ。もっと丁重に扱いたまえ」
その様子の何かが気に入らなかったのか。あかりが、少しむっとした様子で声をかける。
「失礼いたしました。それでは龍之介様、どうぞこちらに」
そして、龍之介に向き直ると恭しく頭を下げる。そして頭を上げると、滑らかでスキのない動きで身を返し、廊下を歩き出す。
そのあかりが進むのに合わせ、廊下の明かりが順番に点灯していく。
「はー、あいつもまぁ、えらいトコに住むようになったねぇ」
追うようにその廊下を歩きながら、いかにも値が張りそうな周囲の調度品に目をやり、龍之介はそんな言葉を漏らす。
「龍之介様達も、ここにお住みになってもよろしいのですよ?」
「いやぁ、そんなガラじゃねぇっすから」
あかりに返す龍之介の言葉にもキレがない。雰囲気にのまれているようだ。
と、その後ろから、バタバタと派手な足音を立てて駆け寄ってくる足音が。
「いやー遅くなったっす」
振り向くと、迷彩柄のバンダナを巻き紺色のツナギに草色のガーデニング用エプロンをした小柄な女、はさみが顔を出す。
「おっ、あんたが若の兄貴さんっすか。あっしは江田内はさみって言います。よろしくっす」
そしてはさみは、にかっと人懐っこい笑顔を浮かべると、物怖じすることなく自分よりずっと大きくごつい龍之介に手を差し出す。
「あらあら~、はじめまして~」
続いて、様々な短冊を並べて繋いだようにカラフルな古代ギリシャを思わせるデザインの服に、鼻眼鏡をかけ、分厚く大きな本を手に抱えた御守が、横の通路から現れる。
「………」
そしていつの間に現れたのか。SWATを思わせる服装に身を固めた目つきの鋭い女が、黙ってついてきていた。一瞬ぎょっとした龍之介だったが、怖い顔をしているわりに殺気も敵意も感じられないので、警戒しないことにした。
「ところで、龍之介様。つかぬ事をお伺いしますが、ご両親が来られなくなった理由をお教え願えないでしょうか?」
龍之介が落ち着いたタイミングを見計らい、あかりが声をかける。
「あー、えーと」
「ええ~っとですね~」
すかさず、御守が、手に持った大きく分厚い本を開きぺらぺらとめくり始める。
「御守。私は龍之介様にお聞きしているのだ。言いたいのであれば後で聞くから。今は口を閉じろ」
すると、あかりが、鋭い目で御守をにらみ、低い声で制する。
「失礼しました。それで、どうなのでしょう」
そして龍之介に向き直ると、穏やかで丁寧な口調に切り替わって頭を下げる。
「あー、えーと、お袋が、いや、俺の、違う、私めの母がですね、その、立派なお屋敷にお呼ばれするなら、ちゃんとした格好で行くのが礼儀だってうちの親父、父をそのたしなめましてね」
その気品ある仕草に気圧され、龍之介の言葉使いも微妙に丁寧になる。が、慣れていない言葉遣いにしどろもどろになっている。その姿を将仁が見たら、腹を抱えて大笑いするだろう。
「龍ちゃん、そんなに固くなんなくってもいいってば」
そんな龍之介に声をかけたのは、一足先に打ち解けていたメルセデスだった。
「なんたって、ここにいるのはみんな擬人なんだから。扱いは慣れてるでしょ?」
「へっ!?」
そのメルセデスの言葉に、龍之介は心底予想外だと言いたげな声をあげる。
「みんな、って、お前、擬人だったのか!?」
「あれ、言ってなかったっけ?あたし、龍ちゃんを乗っけてきたあのリムジンなんだけど」
「えぇ?ウソだろー、だってお前、どう見たってキャンギャルじゃねぇか。どこにあのシックなリムジンがあんだよ!?」
「どこってほら、これ見なさいよ。このエンブレム。さっきまで乗ってたリムジンの先についていたのと同じでしょっ!?」
そう言いながら羽織っているエナメルの黒いジャケットの前を開く。いい感じに引き締まったウエストをむき出しにした真っ赤なチューブトップが姿を現し、その真ん中には特徴的なエンブレムがでかでかとプリントされている。
「いいカラダしてんなぁ」
龍之介がちょっとにやけながら答える。
すると、急に恥ずかしくなったのか。メルセデスの顔が急に赤くなり、ジャケットの前をばっと閉じた。
「り、龍ちゃんっ、騙したわねっ!?」
「人聞き悪いじゃねぇの、見ろって言ったのはお前さんだぜ?」
「うぅーっ」
その言葉に、メルセデスは若干涙目になって黙りこむ。
「龍之介様、少しおふざけが過ぎるのでは」
入れ替わるように、あかりが口をはさんでくる。
「バカヤロ、こんな綺麗どころに見ろって言われて見ねえのはジジイかホモだっつの。将仁の奴だって大喜びで見ちまうぜ?」
そう言われて、あかりはふいっと自分の胸元に視線を落とし、ちらりと他のメンバーを見やる。すると、全員が一斉に目を逸らした。
「おっ、お前ら!自分が勝っているからっていい気になっているだろう!」
「あーら、何を言っているのかしら?」
女たちはそんなことで盛り上がっている。
まあそれはそれとして。その問題を頭の上で棚上げして、龍之介はぐるりとそこにいる5人の女たちを見回す。
5人とも、実際の年齢は知らないが、将仁よりは年齢が高めに見える。義弟が擬人たちを家族として見ていることを考えると、「姉」みたいな感じだろうか。今までに会った擬人のほとんどが将仁と同年代か年下だったのとは対照的だ。例外はヒビキとレイカだが、ヒビキは自分、レイカは母という「前の持ち主」がいて、どちらも年上だから、そのへんが義弟のイメージに影響したのだろう。
「えーと、あんたは、えだうちはさみ、だったっけ」
龍之介が続いて声をかけだのは、さっき名前を名乗った、迷彩柄のバンダナの女だった。
「おっ、兄貴さん物覚えいいっすねえ。そのとおりあっしは江田内はさみ。剪定鋏の擬人化っす。ここで庭師みたいなことやってます」
覚えられたのが嬉しいのか。はさみは、にかっ、という擬音がぴったり合うまぶしいほどの笑顔を浮かべる。
「あとは……っと、金庫か?」
続いて、レバーとダイヤルがついたジャケット、という格好から元がなんとなく想像できた女に声をかける。
「……そう。クレア・ハルトマンという」
ジャケットのデザインを除けばSWATか特殊工作員何かのように見える女は、口数少なくそれだけ答える。
「あとはメルセデスが車、と……あんたは、辞典か何かか?」
続けて、目を引く大きな本を持った女に声をかける。
「あぁ~、少し惜しいですね~。確かにかつては、本の王と呼ばれていたこともありますが~」
女は、にっこり笑うと、一歩ずいと進み出る。
「私の名前は~、本間御守と申します~。この家の地下にあります~、倉庫の出納帳です~」
「出納帳?その本が?」
「いいえ~、この本はオプションです~。出納帳なのは~、私のほうです~」
「……まあ、いいか」
こののんびりさはクリンに通じるもんがあるな。そんなことを考えつつ、龍之介は話を切り上げると、まだ正体の判らないあかりに目を向ける。
「うーん……あんたも擬人なんだよな……執事服、ってわけでもなさそうだし……」
そしてしばらく考えこむようなそぶりを見せていた。衣装に目が行くのは、やはり兄弟といったところだろうか。
「ダメだ、わかんね、ヒントくれ」
だが、そこからは思いつかなかったのか。そう言って両手を挙げる。
「ヒント、と言われましても……私の名は、『屋敷』あかりと申します」
クイズを出したわけではないのだが。ちょっと困惑しながらも、あかりは苗字の部分を強調して名を名乗る。
「……ってことは、このでっかい屋敷まるごとか!?」
「はい!龍之介様が仰るとおり、私はこの屋敷の擬人化でございます!家令として、将仁様のお世話をさせていただいております!」
ヒントありでも正解して貰えて嬉しいのか。あかりは声を弾ませて自己紹介をすると、一部の隙も無い会釈を龍之介にしてみせる。
「なんか、一気に増えたな」
「私どもから見たら、将仁様についてきたモノたちのほうが“増えた”と言って然るべきだと思うのですが」
龍之介のつぶやきを耳ざとく聞きつけたあかりが、ここぞとばかりに反論する。
「何しろ、我々は先代、西園寺静香様の代より西園寺家に御仕えしてきたモノ。西園寺家を守護してきたという自負がございます。それなのに将仁様は、私のことを邪険にあつかわれて」
「ちょっと、あかり。目のハイライトが消えてるよ?」
だんだんと言葉が愚痴っぽくなってきたあかりに、メルセデスが声をかける。
「はっ、失礼致しました、お客様の前で」
正気に戻ったあかりは、すぐに龍之介に頭を下げる。
「まあ、あっしらも、このまま先代さんに仕えてたってわけじゃあないんすけどね」
だがそこで、龍之介ははさみが口にしたセリフを聞き逃さなかった。
「先代の静香様からまさっちの持ち物になったとき、顔とか性別とか体とか、まあとにかく色々と変わっちやったのよ」
だが、答えたのはメルセデスだった。もっとも、だれが答えようが龍之介にとっては問題ない話ではあったが。
「……以前の姿を知っている人から見たら……全くの別人」
「そういえば、お前は人の姿でもなかったな、クレア」
「……私の場合は、……擬人化のプロセスも含めイレギュラーだったから」
「おい、擬人化なのに人じゃねぇって、なんでぇそりゃ」
「人造人間、でしょうかね~。将仁さんは~、金庫形ゴー○ドラ○タンと思っていたみたいですね~」
御守が、手にした巨大な本を開きページを捲りながら答える。
「っつー事は、おめぇはゴー○ドラ○タンをさらに擬人化させたキャラってぇことかい?」
「……メカ次元から来たわけでは、ないけれど」
「……よく知ってんな」
「そういえばまさっちって、あたしのこと卜○ンス○ォー○ーって言ってたなあ。正確には龍ちゃん乗せてきた車なんだけど、もしかして龍ちゃんが教え込んだとか?」
「わ、私だって、頑張れば、変形ぐらい」
「将仁さん、帰ってこなくなっちゃいますよ~?」
「毎日形が変わる家なんざ、お化け屋敷以外の何モンでもねぇやな」
「で………できないな。うん、できない」
そんな話をしながら、龍之介は、義弟は相変わらず面白い事をやりやがるな、などと考えていた。