16.新旧おやくだち合戦 その13
「Mmmmmmm、a little bit tired.」
豪勢かつ重厚な木製の机の前で、バレンシアが大きく伸びをする。
明るい金髪の巻き毛がゆれるその下で、ずり落ちた大きな丸めがねをなおすと、いかにも疲れたと言いたげに両肩を回す。すると、髪以上に自己主張が激しい、屋敷内で最大サイズの胸も一緒に上下する。
机の上には、3つのハードディスクのほかに、A4サイズのノートぐらいの大きさの、薄型テレビのような板-彼女のディスプレイと、電話線の端が無造作に投げ出されている。
バレンシアは、引越しをしてまだ24時間も経っていないというのに、すでに仕事を始めていた。
とはいえ、今回行ったのは「西園寺」名義の投資の運用状況のチェックだけだが、それでも普通ではない額の金が時々刻々と変化しながら動いている。把握するだけでも非常に大変なのだ。
そして同時に、彼女は別のことにも注意していた。
彼女がいる部屋は、西園寺の屋敷にある。そしてこの「屋敷」は、対抗勢力「屋敷あかり」の手の中も同然。考えすぎかもしれないが、それが気になってしまい余計に疲れていた。
そんな作業に見切りをつけ、一息ついたとき。
「こんにちは~」
のんびりした声がバレンシアの耳に入った。
そちらを振り向くと、ポットやサンドイッチを乗せた妙に分厚いトレイを持った、色使いがやたらと派手な古代ギリシャの女神のような服を着た鼻眼鏡の女性がにこやかに立っていた。
「お仕事、ご苦労様です~。コーヒーを入れて来ましたから~、一休みしませんか~?」
その人物、御守は、トレイをテーブルの上に静かに置くと、ポットを手に取り、一緒に持ってきたマグカップに注ぐ。
よく見ると、トレイだと思っていたのは、大判の本だった。表紙には大量のカラフルなマグカップの写真と、「コーヒーブレイクの効能」という意味合いの言葉が英語で書かれている。
「バレンシアさんは~、アメリカンがお好きでしたよね~」
コーヒーの入ったマグカップをことりとバレンシアの前に置くと、あかりはもうひとつのマグカップにコーヒーを注ぐ。
マグカップに一旦視線を落としたバレンシアは、それをすぐに御守の顔に戻す。そうしながら、机に置いていたディスプレイをさりげなくしまいこむ。
その何気ない仕草の中で、バレンシアは自分の頭をフル活動させる。それは勿論、目の前に現れた御守の真意を測るためだ。なにしろ、バレンシアは、偶然もあったとはいえ「年長組」たちの企みに一番早く感づいた女だ、目の前に現れたその「年長組」の1人に警戒するのも当然と言える。
そして、いぶかしむようにそれぞれのマグカップと御守自身をかわるがわる見てから口を開いた。
「Daily Recordでresearchしたデース?」
「ええ~、それはもちろんですよ~。差し入れに嫌いな物を出したりしたら~、失礼じゃないですか~」
全く隠す様子もなく、御守はあっけらかんと答えると、問題ないとばかりにコーヒーを一口飲む。
一方のバレンシアは、マグカップを手に取ったものの、口をつけずに鼻を近づけにおいを嗅いでいる。かと思うと、眼鏡越しにカップの中のコーヒーを、奥底まで見透かそうとするようにじっと見つめる。
「そんなに警戒しなくても~、変な物は入れてないですよ~」
だが、明らかに警戒しているバレンシアの様子を見ても、御守は全く怒る様子もなく、それどころかそう来るのが判っていたように答える。
「Hmm、たしかにthis drink は coffee デース。Thanks。」
一旦考えることをさておくことにしたのか。バレンシアは自分に出されたコーヒーを一口すする。
「Ah、ちゃーんとweak roast(浅煎り)なcoffee bean(コーヒー豆) でmake されているデースネー」
そして、賞賛の声をあげる。ちゃんとしたアメリカンコーヒーだったことが嬉しかったようだ。
「砂糖は要りませんか~?」
「ミーはblack派デース」
そしてカップ半分ほどを一息に飲んでから、トレイの上に置く。
「But、Miss Honma。ミーは a cup of coffee や a piece of sandwichでfix(買収)されるほど foolではナーイデースよ?」
そして、考えても埒が明かないと判断したのか。バレンシアは、カマをかけるようにそんな事を言った。
「買収だなんて~、私は~、お話がしたいだけですよ~」
御守は、表情を崩さず、口調も崩さずにそう切り返す。
「Really?」
「Of cource. 敵意がありましたら~、1人で丸腰でなんて来ませんよ~。ただでさえ、ここでは私の力はほとんど発揮されませんし~」
「Well、OK。ミーもユーのsayingをlistenしたいデース」
サンドイッチを口に運びながら、バレンシアは御守から目を離さずその行動を観察していた。
情報収集には余念が無いのが、元コンピューターのバレンシアである。御守のみならず、「年長組」の能力や性格については、年少組の中で最も把握しているという自負がある。
その中で、最も情報が不足しているのが、目の前にいる女、「本間御守」だ。あかりのようにわかりやすい動きをしているわけでもなく、メルセデスやはさみのようにあけっぴろげでもなく、クレアのように危険を匂わす雰囲気でもない。そのため、優先順位を下げていたのだ。
一応、地下書庫で見せた現象については将仁から聞いている。そして、さっき御守が言った通り、書庫の中でなければ本当の力は出せないということも。そういう意味では、確かに丸腰だ。
だが、彼女たちがいる部屋は屋敷の一室。そして御守は年長組、つまり「あかり」の仲間だ。もしかしたら秘密裏に情報のやり取りをしているのかもしれない。
「実は~、将仁さんのことなのですけれど~」
「What?Masterがwhatしたデース?」
「いえいえ、そういう意味ではなくてですね~。これから、どのようにお付き合いしていけば良いのかな~と」
「Hmm、ユーはMasterのsteadyになりタイデース?」
「すっ!?」
その瞬間、御守の顔が真っ赤になった。
「わわわ、私は、もっと、プラトニックな関係を、って、そういう話じゃないのですよ~っ!?」
それほどに想定外だったのか。御守は落ち着きなく手をわたわたさせる。
「私はですね~っ、将仁さんがどんな勉強をしているのかとか~っ、どんな悩みを持っているのかなとか~っ、そういうことが知りたいんです~っ!」
そして多少落ち着いたのか、少しむくれたような表情でバレンシアを睨みつける。
「Hahahahaha、sorry、sorryネー。まさかここまで慌てるなんて、想定外だったデース」
その様子を見て、バレンシアはいかにも面白そうに笑った。
「But、ユーにはDaily recordというspecialなweaponが有るデース。ミーのcoffeeのコトが判るデスから、Masterのコトも判るはずデスよネー?」
「いえいえ~、人が何を考えているかは、判らないのですよ~」
そして、御守はひとつ息を吐く。
「ただ、将仁さんは~、私たちに、喧嘩はしてほしくないと仰っていたので~。仲良く出来ないものかな~と」
その言葉を聞いて、バレンシアは腕を組む。
「Of course、friendly(仲良し)なのは、ミーたちもpleasure(喜ばしい)なコトデース。But、ユーたちのparty(仲間)には、not friendlyなpeopleも、いるみたーいなのデース」
その瞬間、御守の目元がぴくりと動く。
「あ、あらあら~、それって、誰のことでしょうか~」
「それは、ミーには言えないデース。Because、nowこのmomentにも、sheはsomewhereでlistensしているかも知れないからデース」
そして、まるで自分をどこかで見ているであろう誰かに睨みを効かすように部屋をぐるりと見回す。
その仕草が何を意味するかは、御守にも十分すぎるほどに理解できた。
「ユーにもcounsel(忠告)しておくデース。Masterをconfine(監禁)するのはrecommend(お勧め)しないデース」
「あらあら、ひどい言われようですね~。私はそんなこと、出来てもしないのですよ~、将仁さんに嫌われるのがオチですから~」
いつからか、二人の会話は、その「第三者」へも向けてされるようになっていた。