16.新旧おやくだち合戦 その11
「んーっと、今日もまたいい天気でやんすねーっ」
庭の芝生を踏みしめ、大きく伸びをしたはさみが、紺色の袖を腕まくりする。
「さってと、今日も張り切ってやっちまいますか!」
両方の腕まくりをして、気合を入れた時。
「ニーハオ、はさみサン!」
いきなり、声をかけられた。
見ると、赤いチャイナ服を着て髪を頭の左右でわっかにし、背中にでかい中華なべを背負った女の子が立っていた。
「あっれー、紅娘さん、なんでこんなところに?」
突然現れた紅娘に、驚いた様子も無く、それどころかおどけた様子で答える。
「それはこの足で歩いて来たアルね」
紅娘はそれにとぼけた返事を返す。
二人の間に妙な空気が流れる。
「・・・・・・ぷっ」
と、その空気に耐えられなかったのか、どちらともなくふき出した。
「あっははは、ボケ返してなかなか難しいアルな」
「そりゃー、あっしらはお笑いでもなきゃ大阪人でもないっすからねえ」
「それもそうアル。そもそも人でもないアルな」
「それを言っちゃあおしめえよ、って奴っす」
そして和んだのか、たわいも無い話に花を咲かせる。
「で、話ぁ戻りやすが、何しに来たんで?先代のへそくりの隠し場所とかだったらあっしよりあかりさんに聞いちまったほうがいいっすよ?」
「アイヤーワタシお金に困ていると違うアルよ。ちょと、ここの庭、案内してほしいアル」
そして真顔でそんなことを言ってきた。
「ここの庭、これだけ広いアルから、ちょとぐらい菜園つくれないアルかなーと思たのコトよ。この前のうちの庭にもちょとしたの作てたアルけど収穫前に引越してしまたアル」
「へー、家庭菜園ってやつっすか。なんでまた」
「そりゃ、当然、採れたて新鮮の菜のほうが料理して好吃(良い)だからアル。ワタシ調理器具の端くれ、美味しい料理作るのが一番大切アルね!」
紅娘のその言葉に、はさみは素直に感心した。どこまで本気なのかは判らないが、確かに元調理器具なら考えそうなことだったからだ。
「えーと、菜園はないっすけど、似たようなもんならありますぜ?」
「似たようなモン?何アルか、はっきり言うヨロシ」
「まあ平たく言やあ、果樹園ですかね。3代前の当主、将仁さんから見るとお婆さんに当たるお人が草いじりが趣味でしてね。あっしもそれに関わりやして、よく覚えてるんでさ」
はさみが懐かしがるような口調でしみじみと語ると、紅娘は身を乗り出して来た。
「アイヤー、それは很有興趣(興味深い)アルな。ワタシそれ見たいアル、早速連れて行くヨロシ!」
「ああ、あっしは構いやせんが、そっちはいいんですかい?」
「無問題無問題。というか、ワタシ午後なたら将仁サンの学校行かなければならないアル。時間ないから早くしてほしいアル」
紅娘はよほどそこに行きたいのか、ずいっと身を乗り出してそう言ってきた。
「んじゃ、ついて来てくんなまし」
はさみは、紅娘に向かって軽く手招きすると、くるりと背中を向けてすたすたと歩き出した。
そのせいで、ついてくる紅娘が一瞬小さくガッツポーズしたことにも気がつかなかった。
「このへんっすね」
「アイヤー、ずいぶんと遠かたアルなー」
15分ほど歩いたところで、ようやくはさみがそんな言葉を口にした。
そこは、同じ種類と思われる、あまり背の高くない広葉樹が、等間隔に植えられていた。
「このへんは林檎の区画で、林檎の樹が植えられてんです。こっからあのへんに植わってんのが「富士」って品種で、このへんからあのへんまでは「紅玉」、あっちのほうに「王林」が植わってます。
こっちのほうにもうちょい行くと葡萄の区画になってて、あっちにいくと梨の区画、あっちには桃、もうちょいあっちに行くと栗とか胡桃とか」
はさみが指をさしながら説明する。
「・・・・・・なんかすごくいっぱいいっぱいあるみたいアルけど、この果樹園て、一体全部でどのぐらいあるアル?」
「んー、広さは全部合わせるとだいたい1000坪ぐらいっすかね。種類は、えーと、林檎に梨、桃、梅、葡萄、柿、琵琶、栗、胡桃、ってとこですかね」
さすが8000坪あるという西園寺本家の庭。紅娘は、その数字を聞いただけで圧倒されてしまった。
「そいえば、蜜柑とかの柑橘系はないアル?」
「んー、寒さに強い柚子がちょいとあるぐらいっすかねぇ。柑橘類はあったかいところじゃないと育たないっすから」
「そんじゃ、ライチとかマンゴーとかも無いアルか」
「温室とかなら育つかも知れねぇっすけど、うちの温室は花がメインなんスよ」
そしてふと、あることを思い出す。昔、と言っても半年ほど前だが、その温室にはそれを管理する擬人がいたということをだ。
彼が消えて以来、その温室は放置されており、今どんな状況なのかははさみにも判らない。
もしかしたら、作り変えるいい機会なのかもねぇ。などとはさみが考えていた、その時だ。
「はさみサン、ちょといいアル?」
紅娘に声をかけられ、はさみは我に返った。
「あー、すんませんすんません、別のこと考えて・・・・・・」
さっきまでと同じ、軽い調子で振り向いたはさみだったが、途中で声を詰まらせてしまった。
目の前にいる紅娘の様子が、ちょっと違っていたからだ。さっきまでは軽くおちゃらけた感じだったが、今度はかなり真剣な感じだ。
なるほど、ここからが本題ですかい。はさみも、頭を真剣モードに置き換える。
「ここ、あかりサンの領域からは離れているアルか?」
「んーまあ、あの人は屋敷から離れられないみたいすけど・・・・・・なんで彼女の名前が?」
「別に?ただ、年長組サンたちがあかりサンに集められて何かコソコソやてたみたいアルからね」
はさみの中に一瞬、戦慄が走る。
「何やてたアル?まさか私達と喧嘩しよなんて馬鹿な事言わないアルよね?」
問い詰めるような紅娘のその言葉で、はさみは理解した。あかりが自分たちに持ちかけた話は、原因は不明だがあちらに筒抜けだったと。全く、何が他言無用だよ。はさみは心の中で悪態をつく。
「勘違いしないでくれませんかね、あっしは別にケンカする気はありませんぜ?」
はさみは、とりあえず、正直な考えをを告げる。
「じゃ、ナニを企んでるアル?あかりサンに何吹き込まれたアル?」
「企むなんて滅相も無い。ただ、あかりさんが暴走してたからちょっと手綱をいじっただけで」
「アレが、手綱をいじる、アルか?なんだか・・・・・・」
そう言われ、紅娘ははたと困ってしまった。これ以上話すと、トリックについて話してしまいそうだったからだ。
「・・・・・・なんだか、誤魔化されたような気がするアル。ちょと納得いかないアル。でも、ワタシも喧嘩ふっかけるのは嫌アルし」
誤魔化すため、ぶつぶつと考え込む仕草をする。
「とりあえずは、信じることにするアル」
「そりゃ、どうも」
「でも、菜園作るしたいのと果樹園に很有興趣なのはホントアル。だからもうちょと案内してほしいアル」
「それならお安い御用でさ」
そして二人は、その果樹園の中を歩き出した。