16.新旧おやくだち合戦 その7
「おーす」
教室に入ると、クラス中の視線が俺に突き刺さった。
「な、なんだよ」
「お前、今日は本物だよな?」
その俺に、疑り深い目をしたシンイチが声をかけてくる。
なるほど、昨日は鏡介を身代わりにしたから、疑われているってわけか。
「本物だよ、なんか文句あんのか?」
あっちが挑戦的だったもんでこっちもそのつもりで答える。
「いや、文句はない。そのかわり、なあ」
「なあ」
いつのまにか来ていたヤジローが、俺に肩に手を回してくる。って、なんかその腕が妙に重いんだが。
「お前、昨日、俺たちが文化祭の準備でひいこら言っていたってぇのに、何やってたんだぁ?」
「そーだなぁ、わざわざ代理なんか立ててよ。聞かせてもらいたいねぇ」
それが合図だったかのように、クラスの野郎どもがわらわらと群がってくる。
なんか最近、こういう展開が多いような気がするんだが。
「何って、そんな大したことはしてねえよ、またちょっと訳があって引っ越しただけで」
「引越しだ?お前たしか2週間ぐらい前に引っ越したばかりじゃなかったっけ」
「あ、いやー、それが、ちょっと事故があって、うちが半壊しちまって」
うん、まあ、嘘は言ってない。信じてくれるかどうかは別問題だが。
「話し合った結果、建て直しが完了するまでしばらく別のところに仮住まいしようってことにしたんだ」
だから今日はいつもと来る時間が違うんだ。と言うと、渋々ながら納得したらしい。
「でも、あの美人たちと一緒なんだよな」
だが、ヤジローのいらない一言でクラスの野郎どもが再びいきり立つ。
「うおおおおそういえばそうだった!」
「ちくしょううらやましいぞおおおお!」
なんとも、進歩しない連中だ。
「心配しなくても、ちゃんと午後になったら紅娘が来るから」
そう言ってやると、一斉に身を乗り出す。
「まったく、うちのクラスの男子って、ホンットに進歩しないわね」
「こーんな美人が居るってのに」
一方の女子連中はそんな様子を半ばあきれて見ている。こういうときに男子がバカにされるのは、共学のパターンだな。
しかし、俺も人のことは言えないな。ちょっと前まではそいつらと一緒にバカなことを言っていたんだし。
「ところで真田君。さっき校門のところで、近衛さんと何話してたの?」
男子たちの隙を縫って、委員長が俺に聞いてくる。
「何って、別に、面倒だから喧嘩すんのは止めようぜって」
「おい、マサ」
すると、後ろから野郎どもがまた声をかけてくる。
振り向くと、また嫉妬に血走った目で俺をにらみつける目が。
「お前、今度はあの近衛とお近づきになろうって魂胆なのか!?」
「てめぇこの、実はスケコマシだったなんてよくも1年半もだまくらかしてくれやがったなぁ!」
「キミを信じたこの1年半を返してくれたまえ!」
「だーっ勝手なこと抜かすなこのバカヤローどもが!そんなわけあるはずねぇだろーが!」
そいつらがひがみながらそんな無責任なことを言ってきやがったので、つい大声で叫んでしまう。だいたい、本当にもてているんだったら俺だって遠慮なく言いふら・・・・・・しはしないか。
「だいたいだな、昨日まであんなに険悪だった奴とすぐに仲良くなんてなれるわけがねぇだろ」
「それを口説き落としたんだろうが、この天然ジゴロが」
「んな芸当、できんならソッコーでやってらい、それどころか高校に入ってすぐ彼女作ってらい」
なんか自分で言っていて悲しくなってくるようなことを言っていると、さすがにむこうも悪いと思ったのか、それともめんどくさくなっただけなのか、追求が甘くなってきた。
それでようやく、そのネタにされたクローディアのことを思い返すことができた。
確かにあれは、横に連れていたらすごく鼻が高いであろう存在だ。家柄も文句なしに良いしルックスもスタイルも抜群、それに、噂で聞いただけだが成績もいいらしい。
まあ、あの性格がすべてを台無しにしているが。
そこまで考えると、今度はそのお嬢様がつれてきた元アンドロイド、ナミを思い出した。こっちはあいつに比べて性格は良さそうだが、戦闘アンドロイドだったとは思えないほど大人しそうな感じになっていたな。
自分の妹分(と思っているかどうかはわからんが)の気弱なナミをかばう気丈なクローディア、という本来と立場が逆になった姿がなんとなく想像され、ちょっとだけ許してやってもいいような気になる。
うん。こんなことを考える余裕がある今日は平和だ。
「真田はん、ちょっとよろしおすか?」
と、いつの間にか登校していた賀茂さんが声をかけてきた。
「今日、真田はん家に親御はんがおいでになるゆう話ぃ聞いたんどすけど」
「・・・・・・なんで知ってる」
「いやぁ、うちの子たちに聞いたんどす。まあ色々ありましたさかい気ぃなりましてなぁ」
うちの子、ああ、あの式神たちのことか。本人曰く、賀茂さんは転校してきた頃から俺の家をあの式神たちに監視させていたらしい。しかし、賀茂さんとは和解したはずなんだが、まだ監視をしているんだろうか。
「まあそんなことはどうでもよろしおす。うちが聞きたいんは」
俺にとっちゃどうでもいいことじゃないんだが、それ以上に大事なことって何なんだろう。
「龍之介はんもおいでになりますのん?」
「・・・・・・は?」
「せやからぁ、龍之介はんもおいでになりますのん?」
その質問が予想の斜め上をかっ飛んでいたため、俺は思わず間抜けな答えを返してしまった。
何でここであのバカ兄貴の名前が出てくるんだ。と思ったところで、あることを思い出す。目の前にいる京美人は、あろうことかあの筋肉ダルマのバカ兄貴に口説き落とされたんだってことを。
そう思うと、なんか悔しいので素直に喜ばしたくなくなる。
「んー、どうだろうなぁ、今日は平日だし、兄貴も学校があるから、今日は来ないかも知れねぇな」
そんなふうに言ってから賀茂さんのほうを見やると、明らかに落胆したような顔をしていた。
わざと意地悪な言い方をしたことにちょっとだけ後悔したが、もとはといえば彼女のせいな所もあるので今回は謝らないことにした。
そうこうしているうちに徳大寺先生が来たので、席について準備をすることに頭を切り替えた。