16.新旧おやくだち合戦 その6
その後、ケイは携帯に戻ってもらい、メルに最寄の駅まで送ってもらい、乗車距離の長くなった電車に揺られることで、ようやく俺は日常の世界へと戻ってきた。
ちなみに今日は、到着が一昨日までからまた1本遅くなっちまったので、シンイチとも委員長とも出会わず、ひとりで通学路を学校へ向かって歩いている。
「ん、じゃあそろそろ学校だから、終わるぞ。・・・・・・っだから、文句言うんじゃないって」
いや、ケイといっしょか。
ああ、学校への通学路がこれほどほっとする時間になるとは思わなかった。
「あら、真田将仁さんじゃありませんの」
だが、学校の校門まであと少し、というところで、俺はあんまり聞きたくない声に引き止められた。
言うまでもない。近衛クローディアだ。相変わらず校門の前に白い高級外車を停めて、その前でたくさんの取り巻きに囲まれている。
条件反射で迅を目で探すと、案の定少し離れたところで壁に寄りかかって立っている。何度か組み伏せられたせいで、このお嬢様に会うと迅を探すのがクセになってしまったようだ。
そういえばこのお嬢、昨日、鏡介の奴が怒らせちまったんだよな。あのときは俺と区別がついていなかったから、ナミを飛ばして俺を※そうとしたわけだし。謝っといたほうがいいかな。
「おはようございます」
「え、あ、おはよう」
なんてなことを考えていると、むこうが挨拶をしてきた。つられて俺も挨拶を返す。
そして、あれ?とそのクローディアの様子に違和感を持った。
妙に機嫌がよさそうなのだ。怒りを押さえて隠しているようにも見えない。
「それにしてもあなた、あのような心憎い演出をされるなんて、ただの無礼者かと思いましたらなかなかの策士でしたのね」
そのクローディアが、雰囲気もそのままに変なことを言い出す。
「策士?なんのことだ?」
「もう、おとぼけになって。私の放った刺客を、使者として送り返して来たではありませんの」
「刺客?」
刺客、と言われて思い出すのは、夕べのコンバットドール・ナミの襲撃だ。結果として一度擬人化してからお引取り願ったんだが、そのことだろうか。
と思ったら。
「まさかあんな可愛くなって戻ってくるなんてっ!私、私っ、感激してしまいましてよぉっ!」
ぽかんとする俺の目の前で、クローディアは自分の胸元で手をぎゅっとしながらまるで舞台俳優のようにくるんと一回転する。
「まったく、あんなものを送られては、私、貴方に懐柔されるしかないじゃありませんのぉっ!」
なんかよくわからんが、クローディアの奴がすごく喜んでいるのは判った。
「いや、あれは、あいつがそうなりたがっていたからなんだが」
でも、俺に言わせるとその程度でしかない。つーか、明らかにアンドロイドの時より能力はダウンしているから非難されそうなもんなんだが、ナミの奴に何か思い入れがあるんだろうか。
「そんな貴方に、お見せしたいものがありますの」
そんな俺のことなどお構い無しに、クローディアの奴は勝手に自分の話を進める。相変わらず人の話を聞くつもりは無いらしい。
「おいでなさい、ナミ」
そして、クローディアは、自分が乗っていた白いロールスロイスのドアに声をかける。
って、ナミ?ってことは、ナミの奴もその車に乗っているのか?
「ほら、早く出てらっしゃいな」
と思ったら、自分から車の中に頭を突っ込んで何かを引っ張り出そうとする。
「え、あ、え、その」
「何恥ずかしがっているんですの?」
普段からは想像できないそんな光景を見ていると、なんかほのぼのしてしまう。
やがて、クローディアが車の中から引っ張り出したのは。長く癖の無い銀色の髪と緑色の瞳が印象的な、色白の美少女だった。そのクローディアと違う美少女っぷりに、とりまき連中がどよっとどよめいた。
顔を見れば、確かにナミだ。だが、それがナミだと判るのに、少しだけ時間がかかった。
というのも。
「なんで、うちの制服を着ているんだ?」
昨日のナミは、どっかの軍隊の制服みたいな服にロングコートという可愛らしさのかけらも無い格好をしていた。それが、いきなりうちの高校の制服を着て現れたのだ。すぐに判れというほうが無理だろう。
ちなみに、その制服は元々クローディアのものらしく、丈とかサイズとかが微妙に合っていない。特に胸のところが、って俺はそんなところばかり見ているのかオイ。
「それは勿論、私と一緒にこの学校に通うからですわ!」
そんな俺の混乱をよそに、クローディアはふんぞり返って偉そうに答える。
「あ、ええと、その」
その後ろでは、そのナミが所在無くおろおろしている。クローディアと対照的だ。おろおろする軍事用アンドロイドというのもなんか妙な感じだが、実際にそうなんだからしょうがない。
・・・・・・もしかしたら、もともと人にかなり近い姿だったからそう思うのかも。
まあそれはともかく。
「あ、あの、クローディア様、私、どうしたらいいのでしょう」
「堂々としていれば良いのですわ。何らやましいところはないのですから」
「そんなこと言われても、私、写真撮られるのって苦手なんですよぅ」
取り巻き連中が焚くフラッシュの嵐に、ナミは更にしどろもどろになってクローディアにすがりつく。だが、クローディアの奴はにっこり笑いながら全然助言になっていない助言をナミに向ける。
本当にこいつら、昨日俺を※しに来た戦闘アンドロイドと、その命令を下した奴なんだろうか。
「・・・・・・全く、お前らは」
なんというか、(直接襲われたのは俺じゃないからかもしれないが)そのことを攻める気もなくなってしまった。
かしゃ。
「!?」
とりあえず、携帯を向けて1枚撮らせてもらう。
何の騒ぎなのか見たいというケイのテレパシーがうるさかったので、見せてやったのだ。
『へへーん、帰ったらみんなに見せちゃお♪』
ナミの制服姿を写真に収めてご満悦なケイの声がスピーカーから聞こえる。
「あんまりいじめてやるなよ」
とりあえず、電話口からケイに釘を刺しておくことにした。
「そんじゃ俺は行くぞ」
で、一晩明けて妙に平和になった連中を後に残したまま、俺は学校の校門を潜った。