16.新旧おやくだち合戦 その2
「どーーーんっ!」
廊下を歩いていると、突然何かが俺のどてっ腹にぶつかって来た。
「ぐふっ!?」
本日二度目のダメージを食らい、俺は廊下のカーペットの上にダウンさせられる。
「おにーちゃんおはよー!」
そして俺を突き飛ばした奴が、俺の上に乗っかってどアップ満面の笑顔で俺の顔を覗き込んでいる。
「け、ケイ、お前、なんなんだそのテンションは」
「えっへへー、お兄ちゃん起こしに行こうと思ったら、おうちが広くって」
なんだそりゃ。
「走っているうちに興奮しちゃって」
その結果、俺にどーん、か。まあケガは無いみたいだからいいけど。
と言おうと思った矢先、そのケイの体が俺から引き離される。あらら、といった顔で遠ざかるケイの横に、日焼けした彫りの深い顔が現れた。
「まったくこんな朝っぱらから元気な奴だねぇ」
猫でもつまみあげるようにケイを片手で持ち上げているのは、ヒビキだった。そして大きな口をあけてあくびをする。本当に起きぬけらしい。
「えへへ、ごめんヒビキお姉ちゃん」
宙ぶらりんになりながら、ケイがなんともかるーい感じで謝る。
「あ、えー、その、ご無事ですか、将仁様?」
一方で、あかりがひっくり返った俺の手を取って心配そうに聞き返してくる。
「もし何処か痛めたのでしたら、学校のほうに連絡を入れて、お休みを取ったほうが」
「だ、大丈夫だって」
なんか大げさなことを言ってきたので飛び起きることにする。あかりが残念そうな顔をしたが、さすがにこんなことで学校は休みたくない。
「お兄ちゃんは頑丈なんだよっ♪」
そこに、さっきドーンしてきたケイが腕に抱きついてくる。うんうん、元気なことは良いことだ。
と思ってふと前を見ると、あかりの姿が目に入る。そしてその瞬間、背筋が寒くなった。
表情はにこにこしているんだが、なぜか明らかに不機嫌なオーラを出しているのだ。
「お、おい、何怒ってんだ?」
「いいえ、怒ってなんかいませんよ?」
そんなわけないだろ、と言おうと思ったが、それすら躊躇われるほどのオーラを出してこっちを見ているあかりには何も言えなくなってしまう。
俺、何か彼女を怒らせるようなことをやってしまったんだろうか?
「ケイ、将仁様から、少し離れてはもらえないだろうか」
だが、そのあかりが低ーい声をかけたのは、俺ではなくケイのほうだった。どうも、あかりは、擬人化たちとは男言葉で会話をしているらしい。
「昨日も、不必要なスキンシップは控えていただけないだろうかと進言したはずだが」
「必要だもん!ケイはお兄ちゃんの携帯電話だもん、だからお兄ちゃんと一緒にいるのは当たり前だもん!」
ケイは、それがさも自分の当然の権利だとでも言うように余計に強くしがみつく。
あかりが、さらにいっそう不機嫌になる。それが証拠に、近くの窓やドアがガタガタと言い出す。もしかして、あかりもそういうキャラなのか?
「な、なあケイ、ちょっと離れてくれないか」
「やだっ!」
ケイはケイで俺の言葉に即答しやがるし。
しょうがない。俺のキャラじゃないし、やるのは滅茶苦茶恥ずかしいんだが。
「おい、あかり。ちょっと来い」
あかりを手招きで呼ぶ。
「ほれ」
そしてケイに捕まれていない左腕をあかりのほうに出す。
すると、あかりは一瞬きょとんとしてから、ぱっと顔を赤くし表情をほころばせた。
「よ、よろしいのですかっ!?」
「いいから、気にするな、ほれ」
「そ、それでは、んんっ」
あかりは、何やら咳払いをして、襟元を正し。
「失礼いたしますッ!」
そう叫ぶと、がばっと俺の腕にしがみついてきた。せいぜい腕を組むぐらいかと思ったのでちょっとびっくり。
ケイにはまだ乏しい、むにゅっとした、でも張りもある感覚が左腕の二の腕に。
でも、あまり嬉しくない。というか喜んでいるほどの余裕はない。というのも。
「むむむむむむーっ!」
今度は、ケイが不機嫌になったからだ。なんかざわざわと髪の毛が逆立っている。
「なぁぁぁんであかりお姉ちゃんがそこにいるのおおおぉぉぉぉ」
おい、ケイ。テレパシーが漏れてるぞ。
「ケイよ。携帯電話は携帯電話らしく、ポケットに収まっているべきなのではないか?」
一方のあかりは、笑顔ながらも明らかに青筋を立てている。
本当なら両手に華の状態なんだが、はっきり言って嬉しくない。というか、処刑台に連行される死刑囚になったような気分だ。楽しむ余裕がない。
ちらっと横を見ると、やれやれといった様子でヒビキの奴が見ている。お前、見てないで助けてくれてもいいだろうに。
逃げようにも、両腕にケイとあかりがまるで錘のようにしがみついて全く放そうとしない。
仕方がない。もうヤケだ。
「行くぞこんにゃろっ!」
「「えっ!?」」
「ぬぅおりゃああああぁぁぁぁっ!」
「「きゃああああ!?」」
気合を入れ、俺は二人を引きずって進むことにした。
ケイはうちの擬人化では最軽量だからまだ楽なんだが、あかりは大人だから片手ではかなり辛い。さらに言えば、あかりが掴んでいるのは左腕で、利き腕ではないので余計に辛い。
だが、止まったらそこで負けのような気がしたので、気合と底力で二人を引きずっていった。