15.とうとう来ました西園寺本家 その27
「ふぅ」
あの後、なんやかんやしているうちにうちのモノたちと打ち解けたナミをうちのモノたちに任せて、俺はあてがわれた俺の部屋に引っ込ませてもらった。
なんか、今日は色々あった。体のほうはそれほど疲れていないが、精神的にはすごく疲れたような気がする。
なにしろ、朝からいきなりリムジンに乗って大豪邸への引越し、二次元になった先代にして俺の生みの母・西園寺静香との対面、先代からのモノたちの変身、そしてアンドロイドの擬人化だ。本当は鏡介が学校で何をしたかも聞かなきゃならないんだが、その鏡介は万が一の時のためモノたちと一緒にナミのところにいる。
「優しいのね」
声がする。そっちにあるデスクの上に油絵が立てかけられている。先代・西園寺静香の肖像画だ。さっき、あかりが置いていった。
「あの子、あなたの命を狙っていたんでしょ?それを許してあげるだけじゃなくて、望みを聞いてあげるなんて」
「命を狙われたのは、これが初めてじゃないしな。恩を売っておいたほうが後々有利になるし、それに」
「それに?」
「たった一人で敵陣に乗り込むなんて、いい度胸してるなと思ってさ」
「感動しちゃったのね」
「・・・・・・そうなのかもな」
なんかそう言われると、認めるのがちょっと恥ずかしい。
まあ確かに、心配しなかったわけではない。今ではゼロになったが、あかりが言うように、「夢」という言葉がフェイクで、本当はここで自爆するつもりだったらって可能性も、なかったわけではない。
「でもまあ、ロボットは嘘をつかないって言うし、それに、夢が叶うから来た、と言われたら、追い返すのもかわいそうだろう」
そして、なんとなく、自分を嘲笑してしまう。
「やっぱり、俺って甘いよなぁ」
「・・・・・・それは、違うと思うな」
すると、肖像画は意外なことを言った。
「それは甘さじゃなくて、優しさだと思うわ」
「へっ!?」
つい、変な声で返事してしまう。
「常盤からも聞いたわ。あなたは、あの子たちにも平等に接し、叱るときは叱り、許すときは許しているって。甘いだけだったら、叱ることはできないものよ」
肖像画は、妙にしみじみした口調でそう述べる。
「あなたを捨てた、私が言っていい台詞じゃないけれどね」
そして、自嘲気味にそうつぶやいた。
「その時はそうするしかなかったんだからしょうがないさ。おかげで俺は今生きているんだし」
「ふふ、そういうことが普通に言える、その強さが優しさの元かしら」
そう思うのはただの親バカだ。俺はそんな強くもないし優しくもない。
でも、まあ、ここで言うぐらいなら許してやってもいいか。やれやれ、どっちが親かわかんねぇな。
そんなことを考えていたときだ。
こんこん。誰かが部屋のドアをノックした。
そして、がちゃ、とドアを開けて入ってきたのは、礼服を着て髪を後ろで束ねた女、あかりだった。
「将仁様、静香様。客人が、そろそろ帰るとのことです」
あかりが、恭しく頭を下げてそう報告する。
ああ、やっぱ帰っちまうのか。なんか寂しいや。でもまあやっぱり、モノの気持ちは持ち主に向くみたいだし、当然の反応なのかもな。
「あら、もうそんな時間?」
絵の人が、今気がついたように声をあげる。
「そんじゃ、見送って来るか」
俺が腰を上げると。
「あっ、ちょっと待って、私も行きます」
絵の人もそう言う。
「あかり?」
「はい、静香様」
そしてあかりに声をかけて、自分を額縁ごと持ってもらう。
「客人は、玄関ホールでお待ちになっておいでです」
「ん、そうか。他の連中は?」
「皆さんも、お見送りするために集まっておられます」
「そっか。んじゃ待たせるのも悪いし、とっとと行くか」
あかりにそう声をかける。すると、返事のかわりに、部屋のドアが勝手に開いた。
「どうぞ、将仁様」
ドアを開けてくれた別のあかりが、そう言って声をかける。
そのドアのむこうは、玄関ホールの真正面で、うちのモノたちが勢ぞろいしているのが見えた。
そして、勢ぞろいしたみんなの真ん中に、ヘッドギアを手に抱えたナミが立っていた。
「西園寺将仁様、そして擬人化の皆様、いろいろとお世話になりました」
ナミは、俺に気がつくと、改めて俺に向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「別に、泊まっていっても良かったんだぜ?部屋ならあるみたいだし」
「お心遣い痛み入ります。でも、あまり遅くなると、クローディア様がお休みになってしまいますので」
声をかけると、ナミは丁寧に返事を返してくる。
うん、なんというか、うちのテルミにも匹敵する礼儀正しい子だ。ただでさえ戦闘用アンドロイドなんていう男のロマンの塊だってのに、ますますあのワガママ傍若無人なクローディアの元へなんぞ帰したくないと思ってしまう。でも、本人が帰ると言っている以上、無理に引き止めるのも悪いしな。
「まあ、何かあったら、また来てくれ。爆撃とかでなければ、歓迎するから」
「はい。そのときは、またよろしくお願いします」
にっこり笑いながらそう答えると、ナミは持っていたヘッドギアをすぽっと自分の頭に被せた。
その直後。強烈な光が視界を覆い、俺は自分の目をおおった。
頃合を見計らって目を開けると、あまり変わっていない姿のナミがそこにいた。ただ、顔半分を覆うゴーグルにさっきは無かった緑色のラインが灯っているのが、ナミがロボットに戻ったことを物語っている。
「今日は、これで、失礼します」
そう言う声も、無機質な合成音に変わっている。
と同時に、ごうっという音と共に、風圧が俺たちに襲い掛かった。ナミが、足からジェット噴射をしたらしい。その証拠に、ナミの体が床から1mぐらい浮かんでいる。
はた迷惑な突風の中心で、がしがしがしっという金属音と共に、ナミの背中にメタリックな翼が展開される。
「それでは、皆様。ごきげんよう」
そしてナミは、翼を広げきると、前も言ったようなセリフを口にする。
あんまりこの状況はご機嫌よくないぞ、と言おうとした矢先。
ナミは空中で方向転換すると、ひときわ大きく噴射して、大きく開かれた玄関からロケット花火のごとくに勢い良く飛び出して行った。