15.とうとう来ました西園寺本家 その24
適当な高さまで降下してから、背中の翼と足のブースターの角度を調整して頭を上にする。そして足と背中のブースターを調整して体勢を立て直し、ホバリングしながらゆっくりとその光の近くへ降りていく。
近くまで来てようやく把握できたのだが、光を発しているものは、それぞれが人の形をしていた。
その1人は、体のラインがはっきり判る、いわゆるツナギという類の衣服を身につけている。だが、なぜかその目が光っている。比喩的表現ではなく、100m先でも照らせるほどに明るい光を放っているのだ。
もう1人、いや、人と言うには大きすぎるそれは、身長が5mほどもある、アニメかSF映画に出てきそうなロボットだった。その胸には車のヘッドライトのような光源が左右にある。ちなみにその頭の上には、さっき上空でナミを案内すると言った女、シデンが座っている。
その2つの光源は、ゆっくりと降りてくるナミに光を向けてくる。その様子は、ちょうど舞台の上からワイヤーで吊るされた役者がスポットライトに照らされているように見える。
いずれも、ナミのデータベース内には存在しない、情報の組み合わせがおかしいとしか判断できないものだ。
やがてその光の中でナミが芝生の上に降り立つと、がしがしがしっという音と共に背中の翼がたたまれて背中へと消えていく。
すると、今度はロボットのほうがガギガギゴリゴリという音と共に潰れ始めた。そしてそれはほんの数秒後にはクラシカルな外観の自動車になっていた。突然だったのか、ロボットの上であぐらをかいていたシデンがバランスを崩してむこうに落ちていった。
「あんたが、ナミかい?」
ロボットから自動車への変形を眺めていると、もう1人の目から光を放つ人物が声をかけてきた。
少々低いが、女性の声だった。
「はい。コンバットドールタイプ73、コードネーム「望月ナミ」は私に違いありません」
「そうかいそうかい。あんたの名前、望月ナミっていうんだ」
目を光らせた人物が、その光で自分を照らしながら近づいてくる。
ふと、ナミの電子頭脳に、その声の声紋が類似する記録を思い出した。
「・・・・・・1日22時間18分44秒前に該当する音声を確認。その人物は時速83kmで走行して跳躍、23mの跳躍を行い、着地と同時にアスファルトに半径3mの放射状亀裂を発生させる」
「良く覚えてんなあ、あたしゃ自分がやったことだってのに全然覚えてねえわ」
「あら、ヒビキ、あんた知り合い?」
そう言いながら、車から降りてきた人物が声をかけてくる。こちらも女性だ。しかもこちらは、女性だと言うのがよく判る格好をしている。
「あー、知り合いってワケでもねぇが、一昨日、将仁たちに何かろくでもない事をしようとしててさ。そこにあたしが駆けつけたら、そのまま飛んで逃げちまったのよ」
「へぇ、こいつが」
そして派手な女はナミをじろりと睨みつける。すると、さっきまでその女が乗っていた車がまた轟音と共に変形をはじめたかと思うと、今度はドアやらボンネットやらから銃身のようなものが出現し、さらに屋根に戦車砲のようなものが現れ、そしてその全てがナミに向けられている。
「おいおい、ちょっと待てよ。まあ確かに腹が立つことはやってくれたけど、一応は客なんだし」
「それもそうね。悪かったわね、機械人形さん」
派手な女はナミに向かって少々いやみったらしく言うが、ナミにはまだそれが理解できない。その後ろで、再び自動車が轟音を立てて変形し、砲身も銃身も全くないものに戻っていった。
「判ってないみたいだけど、まあいいわ。あたしは久留間メルセデス」
「よくないわぁっ!」
そのとき、また別の声がした。と同時に、自動車の後ろからひとつの人影が飛び出してくる。
「こらぁ久留間ぁっ!我を振り落とすとは何事だ!」
シデンだった。どうやらそのまま地面に落ちたらしく、頭や衣服に芝屑などがついている。
「そんなところに座っているのが悪いのよ、だいたいあんたは飛んで避けられるんじゃなかった?」
「突然で対処できなかったのだ!」
そして、噛み付いてくるシデンにメルセデスが受ける形で口論をはじめてしまう。
「やれやれ、ふたりともむきになるような事じゃねぇだろうに」
その2人に、目からの光を向けていたライダースーツの女が、自分の頭を掻きながら呟くと、ナミのほうに向き直った。
「あたしは、川杉響。あいつらと一緒に、おめぇを迎えて来いって言われてんだ」
そしてヒビキは、口論を続けているシデンとメルセデスに声をかける。
「ほら、そろそろ行くぜ。喧嘩はそのへんにしときな」
その声に2人は振り返る。
「そ、そうか、ならば我は先に行って知らせて参る」
ばつがわるかったのか、シデンは早口にそうまくし立てると、屋敷のほうへと文字通りすっ飛んで行く。
「悪かったわね、口論なんかしちゃって」
「誤んなくてもいいって」
「そう?じゃあ、待たせるのもアレだし、さっさと行きましょうか」
そして2人はナミに背を向け、屋敷の方向へと歩いていく。
ナミは、足の裏から空気を噴射させて地面から少し浮かび上がり、角度調整バーニアを後ろに噴出して、ホバークラフトのように進む。
実は、ナミは非常にゆっくりとしか歩けない。人間が無意識にとっているバランスを逐一計算してそれをフィードバックさせるというプロセスを秒単位で行わなければならず、どうしても遅れてしまうのだ。
最初は驚いていた2人だったが、すぐ前に向き直ると、「ちゃんと着いて来いよ」とだけ言ってまた歩き出した。