15.とうとう来ました西園寺本家 その21
ずざざざざざっ。
ひっくり返った鏡介は、同時にナミに捕まえられて、アスファルトの上を数m転がった。
「ってぇっ、おまえもしつこい奴だな、まだやるつもりかよ!?」
鏡介はナミにそう声をかけるが、ナミは答えない。かわりに、鏡介にしっかりと抱きついたまま、非常に不穏なことを口にした。
「自爆装置、オン。今から1分後に爆発します」
それと同時に、横1本線だったゴーグルの目が、60という数字に変わり、それが59、58、57、とカウントダウンを始める。
突然のことに、鏡介は驚いた。このロボットは、はっきりと“自爆装置”と言ったのだ。
さすがに、この状態ではバリアーが展開できないので、自爆したらいかに鏡介といえどもただではすまない。そのためなんとかして引き剥がそうとするが、自分を抱きすくめる腕の力は非常に強く、また足が潰されてしまいそうに重いため、持ち上げるどころかびくともしない。
そうやってあがいている間にも、カウントダウンは進む。
やがて30秒を切ると、鏡介はあきらめたように引き離そうとするのを止めた。
そして、代わりに、独り言のようにこう言った。
「自爆してまで相手を倒そうって気概はたいしたもんだけど、俺を殺しても西園寺将仁を殺したことにはならないぜ」
その瞬間、ゴーグルに浮かぶカウントダウンが止まった。
「・・・・・・説明を、希望します」
「つまり俺は、西園寺将仁じゃないってことさ。考えてもみろ。生身の人間が、バリアを張ったりビームを撃ったり出来ると思うか?」
「・・・・・・それでは、あなたは、人間ではないのですか」
「ああ。俺の名前は、加賀見鏡介。真田将仁改め西園寺将仁に受け継がれた物部神道の力を受けて、鏡から擬人化した存在だ」
鏡介の言葉に、ナミのゴーグルに浮かんだ数字にノイズが走る。
「・・・・・・擬人化・・・・・・データにない言語」
そして、ぽつりとそうつぶやいた。
「簡単に言えば、物に人の姿を与えて動かすんだ。例えば俺は、将仁さんが映った鏡が人の姿になったもんだ」
「・・・・・・西園寺将仁は、無機質な存在を、人間に変えるのですか」
「それこそが、将仁さんが受け継いだ、物部神道の力さ。本来は命を持たない道具に魂を与え、そして人の姿を与える。俺はその力でこの姿を得た」
すると、ナミは、何かを考えるように黙り込んだ。黙っただけではなく、まるで電源が落ちたように、ゴーグルが真っ暗になった。
「・・・・・・えーと、もしもし?」
機能停止したのかと思い、鏡介はナミに声をかけ、ヘッドギアに手をかけて揺すった。
すると、ナミのゴーグルに緑色のラインが走った。数字が出ないということは、自爆は中止したのだろうか。
「えーと、悪いけど、離れてくれないかな。重いんだけど」
その鏡介の言葉を受けて、ナミは腕を離した。
すかさず、鏡介は近くにあるカーブミラーに視線を向ける。
そして、鏡の中に西園寺の屋敷を見つけた鏡介が、通学用カバンを拾うために立とうとした、その時だ。
「加賀見鏡介」
不意に、ナミが声をかけてきた。
「まだ、やるのか?」
素早く立ち上がった鏡介が身構える。変な形でナミの重量を受けていた足が痛んだが、気にしている場合ではない。
だが、身構えた上でナミを見ると、ナミは手も足も向けず、鏡介に顔だけを向けている。
「・・・・・・私は・・・・・・私は、本物の、西園寺将仁との面会を希望します」
そして、唐突に妙なことを口走った。
「なに?」
「私は、人間に、なりたい」
鏡介は、耳を疑った。
どこかのSFのように、ロボットが、人間になりたいと、言っているのだ。
「人間になりたいだ?なんでまた」
「私の、夢です」
「ゆゆゆ、夢ぇ?」
そして今度は、夢とまで言い出した。
「現実とかけはなれた考え。だが将来実現させたいと空想する願い。人はそれを夢といいます。そのフローに当てはめると、私は、自分が人間になることが自分の夢であると言えます。
そして、それが叶う機会があるならば、その状況を経験することを、私は希望します」
だが、淡々と語るナミの言葉は、鏡介には真剣なように聞こえる。
「だから、私は、真田将仁との面会を希望します」
鏡介は、悩んでしまった。なにしろ相手は、さっきまで真田将仁という人間を抹殺するためにレーザー兵器やら誘導ミサイルやらを遠慮なく使った、戦闘兵器だ。そんな相手を将仁の前に連れて行って、その場で命を狙われたら、目も当てられない。
だが同時に、「人間になりたい」という言葉には、同じ立場を経験した身には、切実なものに思えた。ただの鏡だった時には、人間のように生活することなど夢にも思わなかった自分が、人の姿を得、人として生活する今の状況は、何物にも代え難いと思っている。特にナミの場合、かなり人間に近い姿をしているから、余計にそう感じるのだろうか。
「・・・・・・会わせてやってもいいが、条件がある」
しばらく考えた後、鏡介はそういう答えを出した。
「その条件とは何ですか」
すると、すかさずナミが聞き返してくる。その様子は、ナミがどれだけ真剣に人間への憧れを抱いているかを感じさせるものだった。
「今後2度と、将仁さんを襲わないこと。それが条件だ。できないなら、将仁さんに遭わせるわけにはいかない」
「・・・・・・理由の説明を希望します」
「理由なんて決まっているだろ、将仁さんのおかげで俺はここにいる。もし、お前が将仁さんを少しでも傷つけたら、その時はお前が軍事最高機密だろうと何だろうと、スクラップにしてやる」
鏡介が、ナミのゴーグルに突き立てるように人差し指を差す。
「・・・・・・理解しました」
その気迫に圧倒されたように、ナミが答えた。