15.とうとう来ました西園寺本家 その20
「まあいい。ふりかかる火の粉は払うまでだ」
口元ににやりと笑いを浮かべ、挑発するように右手を前に突き出し、くいっと動かす。
応じるかのように、ぶぅんといううなりのような音と共に高出力のレーザー光線が放たれる。それは、寸分の狂いも無く青年の頭を狙っていた。
しかし、人の頭が骨まで消し炭になる出力のレーザーを、真正面から受けたはずなのに、青年は平然と立っている。
いや、受けてはいない。突き出した手を返し、手のひらを向けているその前に、ガラスのような、向こうが透けて見える壁が立っており、それに当たったレーザーが様々な方向へと反射しているのだ。
青年の口がにやりと動き、レーザーを真正面から受け止めながら、一歩踏み出した。不思議なことに、彼の前に立つ壁もそれに合わせて一歩分前へと進んでいる。
「モード変更、レベルC」
ナミが、右手も一緒に青年に向ける。うなるような音と共に、両の掌からレーザーが青年に向かって放たれる。それも、青年の体の各所を何箇所も打ち抜くように、短く、ばら撒くように発射する。
だが、そのいずれもが、青年の前にある透明な壁に阻まれ、拡散されて青年には届かない。
そして、その弾幕の中を、青年はナミのほうへと進む。はじめはゆっくりした歩みが、少しずつ加速していく。
ナミは、レーザーの間隔をさらに短く、その分発射回数を増して弾幕を張るが、青年はそんなことはお構いなしに右手をこちらに向けたまま駆け寄ってくる。そしてその右手の前にある壁は、レーザーをどれだけ受けても、傷一つついた様子が無い。
プログラムにも、過去のデータにもないその動きに、ナミは次の判断ができなかった。
「おりゃあああああああああ!」
青年が、目の前で弓を引き絞るように左の拳を振り上げているのを確認して、ようやくナミの電子頭脳は次の判断を下した。
自分を、拳で殴ろうというのか。特殊複合合金の装甲は、人間ごときの力では傷1つつかない。はずなのだが、彼女の電子頭脳はその攻撃の回避を選択した。
射撃のために固定していた各アクチュエーターに動作命令を発信し、一歩後ろに下がる。
その目の前に青年の拳が迫る。不思議なことにその拳は得体の知れない力場に包まれ、白い光を放っていた。
とっさに、右手の拳から爪状の高周波カッターを出し打ち返す。超振動するその刃は、本来であれば戦車の装甲でもコンクリートでも紙の様に切り裂く能力がある。
だが、青年の拳が放つ光には妙な力が発生しているのか、拳に届く数ミリ前で跳ね返された。
そのようなケースは想定外だったため、ナミは体勢を崩してしまった。
その光に発生した反発力は、青年の拳も同時に跳ね返していたが、予測していたぶん彼のほうが先に反応できていた。
「ふん!」
体勢を立て直した青年が、右からの一撃を放つ。ボディーブローだ。
「!?!?」
命中した瞬間、ナミは自分の体に鉄球が当たったかのような衝撃が走るのを感じた。それはつまり、光に包まれた青年の拳が、鉄球の威力を持っているということになる。
自分がこうむったダメージを掌握する。そのわずかなタイムロスの間に、青年は何のためらいも無く次の攻撃を繰り出してきた。
ボクシングでいうアッパーカットだ。ボディーブローでくの字になったナミの、前のめりになった顎に、光をまとった拳が見事に噛み付いた。
衝撃が頭部の下から上へと突き抜け、頭部のカメラとセンサーに確実なダメージを与える。
ナミは、アッパーカットを受けつつもブースターを噴射させ後ろに飛び、ダメージを軽減させる。そしてその間、ナミの電子頭脳はこの状況を分析していた。
目の前にいる体格の人間が、自身に施された特殊複合合金の装甲を貫通するほどの打撃を、素手で繰り出す可能性は、0%。つまり、自分が戦っているのは、人間の形はしているが、人間ではない。
ターゲットが人間でなければ、リミッターは必要ない。
「モード変更、レベルD」
ナミは、自分の全武装のスイッチをオンにする。
そして、数m離れたところで体勢を立て直すと、背中に翼を展開しながら次の攻撃に備えて青年をロックオンする。
グオンッ!
そして、翼が広がりきる前に、ナミはブースターを噴射させてまっすぐ飛び上がった。
青年は、身構えたままそのナミの姿を目で追っている。さすがに飛行能力はないようだ。
ロックオンしながら、ナミは相手となった青年の武装を分析する。
遠距離攻撃が可能な武装の所持は、投擲も含め認められない。また、正体不明の障壁は、手を向けた方向に発生している。ならば、多方向から一斉に攻撃すれば、障壁のない方向からの攻撃は防御できない。
そう判断したナミは、地上から10メートル、ターゲットからさらに数m離れた空中に停止し、両手でコートの裾を後ろへ跳ね上げた。
人で言う太ももがむき出しになる。しかし、コートの下に隠れていた腿の外側には、親指程度の丸い何かがびっしりと並んで埋まっていた。
バシュバシュバシュ!
軽快な射出音と共に、その丸い何かが腿の外側から射出される。左右3つ合計6つ射出されたそれは、火花を噴出しながら空中で大きく弧を描き、そして青年めがけて跳んでいく。
超小型の誘導ミサイルだ。射出後、ナミの誘導でターゲットへと向かっていくそれは、ある程度の距離であれば外すこともないし飛行ルートも変更できる。
ナミは、その6つのミサイルを誘導し、6発全てが違う方向から向かわせ、さらに少しのタイムラグの後さらに6発のミサイルをさらに違う方向から命中するように誘導する。
ターゲットになった青年は、どうしたらよいかと立ち尽くしている様子だ。
ドドドォォォン!
街中にはあまりに似つかわしくない轟音が鳴り響き、爆煙が吹き上がる。そして立ち上る土煙の中に青年の姿が消える。
「ターゲット、ロスト。サーモグラフにチェンジします」
各ブースターの出力を下げ、ゆっくりとナミが地上に降りてくる。降りながらナミはカメラをサーモグラフに切り替えた。
随時誘導による100%の命中率を誇り、一発当たれば人間を肉塊にしてしまうミサイルを、合計12発も叩き込んだのだ。普通であればカケラも残らないはずだ。しかしそれは、さっきのレーザーも同じだ。このターゲットに対しては、仕留めたことを確認する必要がある。
サーモグラフで、ターゲットを確認する。そして、彼女は自分の判断が間違いではなかったこと、それ以上にこのターゲットの打倒が困難であることを確認した。
爆煙が晴れる。その中から、その場に似つかわしくないものが姿を現した。
クレーターのように丸く爆風にえぐれた地面。そこから生えた、巨大で透明な六角水晶の柱。その中に、ターゲットとなる青年が立っていた。まさか、あんな脆そうなものでミサイルを防いだというのか。
その水晶のようなものが、まるで煙が散るように消える。その時、ナミはその水晶のようなものがあの障壁と同じものだと理解した。
と、そのターゲットが、自分を見ながら、なぜか両手を己の胸元へと添えた。
「光線技は、お前だけの専売特許じゃねえんだよ!」
そして叫ぶと同時に、その両手を自分に向けて勢い良く伸ばした。
すると、その両手を白い光が包み、そして、その光が2筋の光の帯となって自分に向かって伸びてきた。
「!?」
その光が自分の体に当たった瞬間、ナミはさっき殴られたのと同じような衝撃を受けた。
100kgを超えるナミの体が、まるで枯葉のように吹き飛ぶ。そして地面を数m転がり、ナミは体を何度もアスファルトに打ち付けられた。
「・・・・・・腕部損傷、超振動カッター使用不可、レーザー砲出力35%に低下」
地面に突っ伏した状態で、ナミの電子頭脳が自分の損傷状況をはじき出す。
現在、自分が受けたダメージに比べ、ターゲットのダメージはほぼゼロ。だが、真田将仁の成敗という自分に与えられた命令は絶対。
「分析を再開します」
この戦いで得られた情報を、再度分析する。ターゲットは“壁”によってダメージを完全に防いでおり、“壁”を破らなければ、ターゲットにダメージを与えることは不可能と判断したからだ。
だが、何度計算しても、自分が持つ武装ではあの”壁”を破れる、という結果は出てこなかった。
そうなると、ターゲットを倒すためには、”壁”の内側に入るしかない。ガラス板のような”壁”にしても、六角水晶のような”壁”にしても、ターゲットとの間には空間がある。
だが、その狭い空間で有効な武器、超振動カッターは、左右ともさっきの衝撃で破損し使えない。レーザーは出力が低下しているためダメージに繫がらない。ミサイルは、距離が近すぎるために照準がつけられない。
その間にも、ターゲットは近づいてくる。とどめをさすつもりだろうか。
地面に臥せった状態からナミが上体を起こしても、そのターゲットは気にもせず近づいてくる。
そのターゲットが2mまで近づいた時。ナミは、最後の行動に移った。
顔を上げた直後、脚と背中のブースターを噴射して飛び出したのだ。体を起こしたのは、その予備動作だった。
「なっ!?」
そのまま立ち上がると思っていた鏡介には、完全に不意打ちになった。その結果、バリアーを張るのが遅れてしまった。
「どわぁ!?」
そして、ナミの体当たりを食らってしまった。額から突っ込んできたためアンテナが刺さるようなことはなかったが、それでも200kg近い金属の塊がぶつかったのだ。いくら鏡介でも平気ではいられなかった。