15.とうとう来ました西園寺本家 その18
そのころ。
「ふぁーあ・・・・・・」
将仁のかわりに学校に行っていた鏡介は、昼休みに入ったところで大あくびをしていた。
結局、授業のほうはほとんど身に入らなかった。そもそも、鏡介は本来鏡の世界の存在である。声や会話はともかく、特に文字は、一般人が鏡文字を読むのと同じ苦労を強いられるのだ。
「ようニセモノ、今日は弁当はねぇのか?」
ぐったりしていた鏡介に、ヤジローが声をかけてくる。
将仁と鏡介が一日だけ入れ替わることは、クラス担任の徳大寺に伝えられており、朝のホームルームでそのことを公表したことでクラス全員が知るところとなっていた。
「あー、ちょっと事故があってねー、弁当作ってもらえる状況じゃなかった」
そうやって手をひらひらさせ、鏡介が答える。
「しっかしマサもよくわかんねぇコトするねえ。学校の授業にわざわざ代理人立てるなんてよ」
「いや、将仁さんは授業より学園祭の準備のほうを気にしてたよ。なんでも、2日も休んで全然手伝ってないから心配だって」
「学園祭ねぇ。俺んちがマサんちみたいなハーレムだったら毎日休んでたいけど」
「真田君は真面目なのよ。あんたといっしょにしちゃ可愛そうでしょ」
以来、休み時間になるたびに鏡介は質問攻めに遭うことになり、昼休みになるころにはなにもしていないのに疲労困憊になっていた。
「まあいいや。腹へってんだったら、メシ行こうぜ」
そのまま、鏡介は疲れている体を引き起こされ、昼飯へと連れ出される。
そして、廊下をずるずると引きずられていると、廊下でとある集団とすれ違った。
「あぁら、珍しいところでお会いしましたわね。西園寺将仁さん」
その集団の先頭を切って歩いていたのは、近衛クローディアだった。鏡介が遭うのは二度目だが、むこうには将仁との区別がついていないらしく、そちらの名前で話しかけてくる。
「同じ校内にいるんだから、遭うのは当たり前だろ」
鏡介は、いかにもめんどくさそうに答える。
実際、彼はこの近衛クローディアという女が、先週パーティーで出会ったときから気に食わなかった。本人には何もないくせに親の七光りで威張り散らすこの女が、棒高跳びのレコードホルダーという名誉を自分の努力で掴んだ自分の主、西園寺将仁に比べ劣っているように思えたからだ。
「そ、そういえばあなたのお宅、昨日、何やら災害に遭われたそうですわね」
そのクローディアは、こめかみをひくひくさせながらも言葉を続ける。
「ああ、おかげさまでね。なんならその現場に招待してやろうか?」
「結構ですわ」
「あっそ、んじゃ用はねぇな」
そして鏡介は、手をひらひらさせて立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと、お待ちなさいっ!」
「やだね」
「なっ!?」
「俺はあんたの家来でも部下でもなんでもないし、これからもなるつもりはない。お願いとかいうんだったら聞いてやらないこともないがね」
鏡介は、非常に憎たらしい台詞をクローディアに投げつけた。テレビアニメの中で悪役が言っていたそのままの言葉だったのだが、「言われたら腹立つだろうな」と鏡介自身が思ったほどだ。
案の定とでも言おうか、クローディアは顔を真っ赤にして怒りに身を震わせる。
「わ、わたくしは、あなた方が難儀しているだろうと思って!」
「恩を売ろうとでも思ったのかい?それで泣いて感謝するとでも?あいにくだが俺たちは、お前に恵んでもらうほど落ちぶれちゃいないんだ。もっとも、仮に落ちぶれても、あんたを頼ることは無いって断言してやるがな!」
「―――――――っ!」
何も答えられなくなったクローディアの顔を一瞥すると、鏡介はくるりと背中を向けた。
「悪い悪い、待たせちまったな、そんじゃ行こうぜ」
そして、唖然としているクラスメイトに声をかけると、さっさか歩き出した。
取り残されたクローディアに、取り巻きが何か言葉をかけようとするが、オーラが出てるんじゃないかと思うほどの雰囲気に声をかけあぐねている。
「・・・・・・く、く、く、屈辱ですわっ!」
やがて、閉じたままの扇子を両手に持ったクローディアが口にした言葉が、それだった。
同時に、その扇子が、ばきっという音と共に真っ二つに折れる。
「迅ッ!あの男を始末してらっしゃいッ!!」
そして、鬼気迫る表情で近くにいる迅に声をかける。
だが迅は腕を組んで壁にもたれたまま、動こうとしない。
「迅ッ!」
「少し頭を冷やせ。状況を理解しろ。ここは日本だ、アメリカじゃない」
さらにヒステリックになるクローディアに、迅が冷たく言い放つ。
「―――――――っ!」
それでさらに怒りが燃え上がったクローディアは、真っ二つになった扇子のなれの果てを近くの取り巻きに投げつけると、頭を激しく掻き毟った。
整えられた金髪がぐしゃぐしゃになる。
そして手を頭から離したクローディアは、見るからに不機嫌そうな足取りで、ずんずんと廊下を歩き出した。
「く、クローディア様、どちらへ」
「帰らせていただきますわ!」
「な、午後はどうするんですか!?」
「あなたたちでなんとかなさい!そのために午後に授業がないのでしょう!」
取り巻きの言葉にも、クローディアは一切耳を貸さない。
そしてクローディアは、そのまま玄関への階段を下りはじめた。




