15.とうとう来ました西園寺本家 その17
応接間に、新しい、というか生まれ変わった5人の擬人が勢ぞろいしている。
絵になった先代・西園寺静香と、懐中時計の付喪神・常盤花音代に、そして2代に渡って仕えることになった擬人同士で、顔合わせをするためだ。
とはいえ、部屋に戻った時には常盤さんは席を外しており、あの絵の人だけがその応接間で壁に掛かったままで待っていた。
「あらあらまあまあ、ずいぶんとかわいい子が揃ったのねぇ」
かつては自分のものだった、この家にいた擬人化を見て、先代が述べた感想が、これだった。
「はい。僭越ながら私も、将仁様はセンスが良いと思います」
そう答えたのは、あかりだった。
「それに、度量も広い。あん時ゃもうダメかと思いやしたから」
これははさみの言だ。確かにはさみは、一度は擬人ではなくなったからな。
「・・・・・・私も、彼と出会えたこと、喜ばしく思う」
クレアも口数少ないながらそう答える。
なんか、ずいぶんと持ち上げられているような感じがしてこそばゆい。自分が仕える人だったらこのぐらいは当たり前だ、ということなんだろうか。もしそうだとすると、それはそれでかなりのプレッシャーだが。
「将仁さ~ん、読書しませんか~?面白い本があるんですよ~」
「それより、ドライブしない?今のあたしだったら何処まででも走れるよ」
そして今、俺の横には御守とメルセデスがいる。その二人は、なんか知らんが熱心に俺に話しかけてくる。
なんか、親戚のお姉ちゃんたちに囲まれた弟分になったような感じだ。
そういえば、見かけ上、だが、あかりもメルセデスもはさみも御守もクレアも、俺より明らかに年上っぽく見える。俺がいままで一緒にいた擬人化が、ヒビキとレイカは別として、俺とほぼ同年代か年下に見えるのがほとんどなのと対照的だ。
やっぱり使ってきた年季の違いと言うやつなんだろうか。それとも、擬人化させる際、俺のイメージが多少なりと反映されるらしい(だから紅娘なんかはマンガチックな中国人っぽいのだ)ので、爺さんな姿を見せられた俺は、年長者のイメージを多少なりとも持ってしまったということだろうか。
「こら、そこの2人。将仁様はこれからこの屋敷の中を検分するのだ。邪魔をしないでもらえないか」
話が終わったのだろうか、あかりがその2人に声をかける。微妙に怒っているような気がするのは、気のせいだろうか。
「だったらあっしだって、庭を案内したいっす」
そこになぜかはさみまで入ってくる。
どうやら、彼女らはそれぞれのエリアがあって、住み分けをしていたっぽい。たとえば、あかりはこの家の地上部分、御守は地下部分、はさみは庭の緑地部分、メルセデスは庭の舗装部といった感じだ。
だが、そうなると、クレアはどうなるんだろう。どこにもならないんじゃなかろうか。
見ると、どうやら本当にそうだったらしく、腕組みをしたままでこっちを悔しそうに睨んでいる。
だが、やがて何を考えたのか、クレアは自分のダイヤルを回し始めると、金庫のようなジャケットの前を開いて、その中に手を突っ込んだ。
「・・・・・・離れろ」
そして、何か黒いものを掴んだその手を抜くと、それを俺たちのほうに向けた。
「って、オイ!それピストルじゃねぇか!なんでそんなもん持ってんだ!」
そう。クレアが持っていたのは、日本では銃刀法違反になるので持ってはいけないはずの、リボルバー式拳銃だったのだ。SWATみたいな格好をしたクレアにはものすごく似合う小道具だ。
さすがにピストルには勝てないと思ったのか、4人はさっと離れる。だが、そこからが負けていない。
「ここは、私のテリトリーだ。そんな豆鉄砲で勝てるか?」
「ハネられても文句は無し、だからね」
あかりとメルセデスが、クレアを睨んでそう言う。
するとその直後。後ろのドアがバタンと開き、そこから何人もの火縄銃をもったあかりをボンネットや屋根に載せたリムジンが、ぬっと現れたのだ。
「な、なんだぁ!?」
リムジンが入る家、という時点ですごいが、そのリムジンに何処で乗ったのか想像も出来ないあかりズたち、そしてそいつらがまた一様に、今度はなぜか火縄銃を持っているのが、なんというかあまりに非常識な光景だ。
「ささ、若はこっちに下がって」
「怪我したら大変ですから~」
そして、はさみと御守が俺を引っ張って非難させる。
だが、誰も乗っていないリムジンが高らかにエンジン音を響かせ、それを合図にあかりズが一斉に銃口をクレアに向けたのを見た瞬間、俺は怒鳴っていた。
てめーらいい加減にしろーっ!と。
「お前らはバカか!ケンカならともかく、俺の目の前で殺し合いなんかして何が面白いんだ!俺はそんなの見せてほしくておめぇらを呼んだんじゃねぇ!」
一息でぶち上げてしまったので、息が切れてしまった。
だが、殺し合いが見たくないというのは本当だ。昨日、うちのモノたちの死闘を見てしまったから余計に、なのかもしれない。
息を切らせながら辺りを見回すと、みんな硬直していた。
ちょっと言い過ぎたか?と思った時だ。
ピストルを下に向けたクレアが、ぼそりとこう言った。
「・・・・・・騒ぎの原因は、私。責任は取る」
言うなり、何を考えたのかピストルの銃口を自分のこめかみに押し当てたのだ。
「ふざけんなっ!目の前で死なれんのがイヤだって言ってんのがわかんねぇのか!」
殺し合いは見たくないが自殺なんてもっと見たくない。飛び出した俺は、クレアの手からそのピストルを叩き落とした。後から考えれば、そんなことをしたら暴発してもおかしくなかったが、平和な日本で生活する俺にはそんな頭はなかった。
「こんなもん、しまっとけ!」
そして床に落ちたピストルを右手で拾い上げると、左手でクレアのジャケットのレバーを捻って開き、右手をピストルごと突っ込んだ。はずだった。
むにゅ。
だが、妙に柔らかな感触があって、右手が入っていかない。クレアにしか入れられないのか、と思って、よく見ると。
ジャケットの下は、闇に包まれた空間ではなく。黒いシャツを羽織った女体そのものだった。
しかも俺がピストルを押し付けていたのは、明らかに女性であることを主張する膨らんだ部分だったのだ。しかも、けっこう大きい。
「「・・・・・・あ・・・・・・」」
俺とクレアは、顔を見合わせて声を出してしまう。
クレアの場合は、恥ずかしさからだろう、無表情ながらも顔を真っ赤にしている。
だが俺の場合は違った。
背後から、もの凄い数の視線を感じたからだ。なんというか、振り向くのが怖い。
「将仁様?」
最初に聞こえたのは、あかりの声だった。
朴念仁と言われ続けてきた俺だが、さすがに2週間も(擬人とはいえ)女と共同生活してくれば、多少は言葉の裏が読めるようになる。
この声は、確実に、怒っている。
「いいっ!?」
後ろを見ると、ずらりと横に展開したあかりズたちが、一旦は下げた火縄銃をこっちに向けて構えているのが見えた。思わずホールドアップしてしまう。
そしてその後ろでは、メルセデスがやれやれといったポーズをとっている。
横を見ると、御守があたふたとしている横で、はさみがなんかニヤニヤして見ている。
「こらそこの庭師!にやける余裕あるんだったらなんかしろぃ!」
それが妙に余裕癪癪な感じだったので、つい言ってしまった。別に何かできると思ってはいないが、言わないと気がすまなかったのだ。
すると。
「全く、若はホントに世話が焼けるッスねぇ」
なんてなことを言うなり、はさみは腰にくくりつけたウエストバッグから、どう考えてもそこには入らないブリキの如雨露を取り出し、両手に持った。
「頭を冷やしやしょうぜ」
そして、自分の頭が天井にあたるぐらいにまで脚を伸ばすと、その如雨露から水をあかりズに向かってまき始めたのだ。
そのとたん。じゅっ、じゅっ、という音と共に、火縄銃の火が消えた。火縄銃は雨に凄く弱いというが、それが証明されたような光景だ。
後から考えれば、そんな簡単に火縄銃の火が消えるのかとか、そもそもあのウエストバッグに水の入った如雨露がはいっていることがおかしいとか突っ込みどころは多かったのだが、その時点ではなんとも言えなくなってしまった。
なぜなら。
「くぉらあああああああああ!はぁさぁみぃぃぃぃぃぃ!応接間で水をまくとは何事かあああああ!」
そのあかりズが、火の消えた火縄銃を手に、勘違いした方面へ怒ってはさみのことを追いかけ始めたからだ。
「ふぅ~、想像していた以上に、騒々しくなりそうですね~」
「落ち着いて考えると、あんたに腹立てたってしょうがないんだよねぇ」
「・・・・・・私も、軽率だった。許して欲しい」
ちなみに、他の3人の擬人は、仲直りしてくれたようだ。うん。ケンカするほどなんとやらとは言うけど、いつもギスギスしているのはいやだからな。
「ところで、マサっちぃ?」
ふと、メルセデスが何かたくらんでそうな様子で俺を見てきた。
「あたしとクレア、どっちの胸が好みかな?」
「ぶっ!?」
いきなり何を言い出すんだこのドイツ車は。だいたい、クレアのそれは判るほど見てないし。
「・・・・・・」
答えあぐねていると、頬を赤らめたクレアが、無言のプレッシャーをかけてくる。
「あらあら~、それとも~、モンゴロイドの胸のほうが~、好みですか~?」
さらには、なぜか御守まで顔を出す。
言っとくが、俺は御守の胸がでかいか小さいかなんて判らない。なにしろ御守の格好はかなりかさばるため、首から下のラインが全く判らないのだ。
って、そういう話ではないだろう。
答えあぐねた俺は、元そいつらの主だった絵に助けを求めた。俺の母親だって言うぐらいなんだから、息子を助けてくれると思ったからだ。
「おい!もとはあんたのだろ!黙ってないでなんとかしてくれ!」
ところが。二次元は妙ににやけ顔のままこう言い返しやがった。
「あら、もう西園寺の遺産はぜぇんぶ貴方にあげちゃったから、もう私のものじゃないわ」
「はぁ?」
「つまり、私が何を言っても、彼女たちはそれに耳を貸す必要はぜぇんぜんないってこと♪」
「おまえそれの何が楽しいんだぁ!」
つい叫ぶが、それで何か解決するわけもない。
今更ながら、もの凄い失敗をしてしまったような気がした。
どうも、作者です。
西園寺本家のモノ編は、ここで一端終了します。
次からは、学校に行った鏡介を中心とした話になります。
どんな話になるのか。それは明日を乞うご期待!です。