15.とうとう来ました西園寺本家 その13
俺の目の前には、木製の大きな扉が立ちふさがっている。
この家にある、地下室の入り口だ。
なんでも、この扉のむこうに、先代が残した擬人の1人がいるらしい。
地下室というと、なんとなく怪しげなイメージがあるが、ここもそのイメージを裏切らないような、ダークな雰囲気を放っているような感じを受ける。
「本当に倉庫なのか、ここ?」
その妙な雰囲気から、そんな言葉が出てしまう。
絵の人や常盤さん、そしてこの家の擬人のあかりが言うには、この地下室は倉庫として使われているらしい。ちなみに、地下室に向かう階段まではあかりが案内してくれたんだが、「ここから先は私の領域ではないので」と言って案内してくれなかった。
「まさか隔離されているんじゃないだろうな」
そんなしょうもないことも考えてしまう。あの二次元は、こんなところで何をやらせようとしていたんだろうか。
だが、待っていてもしょうがないので、腹を括ると、俺はそのドアをノックした。
返事は無い。だが、俺は、取っ手に手をかけると、そのドアを開いた。今までの例を考えると先代の擬人たちは感情が無いような連中ばかりだったので、今回もそうなんだろうと思ったからだ。
扉のむこうは、上のほうの本はどうやって取るのかと思わせる巨大な本棚が並んだ部屋だった。蔵書倉なんだろうか。天井には蛍光灯が灯っているのだが、それがかなり高いところにあるため、本棚の下のほうになるとかなり暗い。
そして、その本棚と本棚の間、部屋の奥のほうに、オレンジがかった明るい光があるのが見えた。
その光に引き寄せられるように、本棚で区切られた通路を進むと、だんだんと光が近づいてくる。
やがて、光の正体は、燭台の炎だとわかった。きらびやかだがアンティークっぽいその燭台は、図書館で司書の人が受付とかをやりそうなカウンターの端のほうに立てられている。
そして、そのカウンターのむこうでは、白くて長い髭を生やし、同じく真っ白な髪を伸び放題にした1人の爺さんが、百科事典のようなでかくて分厚い本を読んでいた。
だが、よく見ると、衣装がやたらと派手だった。服の形は、古代ギリシャや古代ローマの哲学者が着ているトーガとかいうやつに似てるんだが、そこに使われている生地の色が、なんというか、七夕とかに使う色紙の短冊を布で作ってたくさん繋ぎ合わせたような感じで、やたらカラフルなのだ。
「どちらさまかの?」
そして意外なことに、その老人は俺達が近づいたのに気がつくと、顔を上げた。顔を前から見ると、髭だけでなく眉毛もものすごいことになっている。どうやら目があるらしいあたりに丸い鼻眼鏡(鼻と口ひげがついたパーティーグッズのアレではなく、鼻柱に挟んで止める、つるの無いやつだ)がついているが、あれじゃ前が見えないだろうと思うほどだ。
「あ、お、俺は、西園寺、将仁。西園寺家の、新しい当主だ」
「ほう、お前さんが」
そう言って老人は鼻眼鏡をちょっと下げてこっちをみるが、俺からだと目が見えない。
「そういうあんたは、誰です?」
改めて、その爺さんに聞いてみる。
「わしか、わしはこの書庫の管理をしておるモノじゃ。本の王とも呼ばれておる」
その爺さんは、そう答えた。
「本の、王?」
「うむ。だから、ここではわしが一番偉いのじゃぞ」
髭と眉毛のせいで表情は良く判らないが、口ぶりから得意げになっているのが判る。
なんか、この爺さんは、ちゃんと自分の意思を持っているっぽい。ということは、この爺さんは擬人ではなく、人間なんだろうか。
でも、絵の人も常盤さんも、家の擬人のあかりも、ここにいるのは「擬人」だと言っていたよな?
「なあ、爺さん、あんた、人間か?それとも、擬人なのか?」
「どちらか、と問うなら、わしは、西園寺静香様の手によって姿を得た擬人だ、と答えよう」
「えっ、でも、この家のほかの擬人たちは、そんな人間らしい反応はしなかったぞ!?」
思わず口走ってしまった言葉に対し、その爺さんは妙なことを口にした。
「わしも、初めからこうだったわけではない」
「どういうことだ?」
「わしが静香様の手で人の姿になったばかりの時は、お前さんが知っておる他の擬人たちと同じだった。しかし、管理だけというのはいかんせん暇なものでな。いつからか、ここの蔵書を読むようになり、やがて知識を得ていくうちに、考えるということをするに至ったのじゃ」
ということは、他の擬人たちも、同じようなことをしたら、同じように自我を持つようになるんだろうか。なんか、SFなんかにある「コンピューターが自我に目覚める」というのを連想してしまう。
「一体どのぐらい本を読んだんだ、あんたは」
「そうじゃな、200000冊までは数えたが、それ以上は覚えておらんの」
「20万冊ぅ!?」
想像したくない数だ。1日1冊で何年掛かるか、とか考えてしまったが、とんでもないことになりそうなので考えるのを止めてしまった。となると、ここにはそれだけの本があるってことか。
だがそこで、俺は、この爺さんが何の擬人化なのか、まだ聞いていないことを思い出した。
「ええと、そういえば、爺さんは何の擬人化なんだ?本の王って言うぐらいだから、百貨辞典か、哲学書か?」
改めて聞いてみることにした。すると爺さんは首を横に振った。
「わしは、ここの出納台帳じゃよ」
「へ?だ、台帳ぉ!?」
「ふむ、意外、という表情じゃな。先ほど、この蔵の管理をしておると言ったはずじゃが」
「だ、だって、その格好、むかーしの学者みたいだし」
「あいにくじゃが、昔はジジイではなかったのでな。先代・西園寺静香殿が亡くなられてから、急激に老化が始まって、今ではごらんの通りじゃ」
そう言われて思い返すと、ここで出会った、先代が残した擬人たちはみんな老人だった。ということは、俺が死んだら、うちの擬人たちも一斉にじじばばと化すのだろうか。
「そして、いずれわしも消える。これも、擬人の運命というものじゃろうな」
そう言う本の王は、なんというか、もうすぐ自分が存在しなくなることを受け入れているように思えた。
「なあ、本の王。あんた、生き延びたいとは思わないか?」
余計なお世話のようで聞きづらかったが、思い切って聞いてみる
「俺は、物部神道の擬人化の力を受け継いでいる。モノを擬人にする力だ。だから、それをあんたに使えば、あんたは俺の力で生まれた擬人として生まれ変わって、同時に命を繋ぐことができる。ただし、俺が男だから、あんたはその対、つまり女になる」
最後に、どうする、と聞いてみる。俺としてはいなくなって欲しくないが、今までと違って相手に意思がある以上、それを尊重しなければなるまい。
すると、本の王、この爺さんは、こう言い返してきた。
「わしはここを管理する出納台帳、ここの持ち主に仕えるのは当然のことじゃろう」
そして、爺さんは節くれ立った手を差し出してくる。
「わしの存在が必要かどうか、決めるのは、おまえさんじゃ。当主殿」
それは願ってもない返事だった。
「じゃあ、これからの仕事、よろしく頼みます、本の王!」
俺は、叩きつけるような勢いで、その爺さんの手を掴み、ぐっと握り締めた。
その瞬間、目の前が真っ白になり、何も見えなくなった。