15.とうとう来ました西園寺本家 その12
とりあえず、道路に出て轟音と共にリムジンへと戻っていくロボットを尻目に、俺は下ろされた所にある物へと近づいた。
庭木の前は、倒れたままの脚立と、年季の入った枝打ち鋏が、さっきのままで放置されていた。
「さっきは、ごめんな」
俺は、その枝打ち鋏を拾うと、そう声をかけた。
その鋏こそ、俺がここに来た理由、さっきまで人の姿でいて、俺の腕の中でその姿を失った、あの枝打ち鋏だった。
目の前で擬人としての寿命を見届けてしまったためか、どうしても放って置けなかったのだ。
「やっと休めた、と思っているかもしれないけど、もう一度、がんばってくれ」
その瞬間。耳鳴りのような音とともに目の前が真っ白になる。
目を閉じると同時に、腕の中にずっしりと重量がかかってくる。
目を開けると、俺の腕の中にそいつが横たわっていた。
年のころは20代前半ぐらいだろうか。紺色のツナギの上から体の前面を覆うような草色のエプロンをしている。エプロンと言ってもガーデニング用の丈夫そうな生地で出来たもので、ポケットがいくつもある。また、なぜか迷彩柄のバンダナで頭を覆っているが、その端から茶色い髪の毛がはみ出している。そして、腰には座布団かクッションになりそうなほど大きく、年季の入った革製のウエストバッグがくくりつけられている。
なんというか、この前のはまだ庭師な感じだったが、今のは花屋かガーデニングショップの店員にしか見えない。
それに、こう言っては失礼だが、かなり野暮ったい格好に起伏の乏しい体つきをしているので、もしかしたら鏡介に続く2人目の男かもしれんと思ってしまう。
「・・・・・・ん、ん?」
その子が、気がついたらしく小さなうめき声を上げる。
そしてすぐ目をかっと見開くと、勢いよく跳ね起きた。
「・・・・・・あ、あれ?」
そして、きょろきょろとまわりを見回すと、今度は自分の手や体をぺたぺたと触りまくる。自分に何があったのか、把握できていない感じだ。
「気がついたか?」
声をかけると、その子は素早く体を返して俺のほうを向いた。俺を見るその目は、誰が見ても明らかに驚いている。
「な、なんで若がそこにいるんで!?」
「ああ、悪い。蘇らせちまった」
「よみ・・・・・・って、うわっ、女になってるぅ!?」
うん、色気は全く無いが、やっぱり女なんだ。
それはそうと、彼女は自分が置かれている状況が判らないらしく、傍から見ても明らかに慌てふためいている。あかりとメルはずいぶんとあっさりと女体化を受け入れていたが、みんなそういうわけじゃないってことか。
とりあえずでも落ち着かせるため、俺は正面から彼女の両肩を押さえ、目を睨みつけた。
「と、とりあえず、今から説明するから、ちょっと落ち着け。ほれ深呼吸深呼吸」
俺の言葉に従って何度か深呼吸すると、徐々に枝打ち鋏女が落ち着いてきた。
「落ち着いたか?」
「・・・・・・へい」
多少なりは落ち着いたらしいので、女になったそいつに向かって色々と説明をする。まあ、説明と言っても、俺が西園寺の家に来たことと、静香の許可を得たこと、そして俺が擬人にした、ということぐらいだが。
「んじゃ、こうなったのは、ぜーんぶ若のせいと」
やっと納得した、という感じで、枝打ち鋏女がうなずく。
「まあ、そういうことになるな・・・・・・もしかして、迷惑だったか?」
「へっ?」
「いや、もしかしたら擬人になるのはもういやだったとか、男のほうがよかったとか」
「そうっすねぇ・・・・・・」
すると、枝打ち鋏女は、何やら考え込むような素振りを見せた。
「まあ、あっしは枝打ち鋏ですから、働くチャンスが貰えるのはありがたいこってすよ」
そして、こっちに目を向ける。
「でも、いっぺん消えたはずのあっしを、なんでまた呼んだんです?」
「ああ、それは・・・・・・」
と答えようとして、ふと思った。
素直に、本当の理由を言ってしまってよいのだろうか。考え方によっちゃ俺の自己満足だから、怒らせてしまうかもしれない。
ちょっと困って視線を泳がせたところ、中途半端に剪定された庭木が目に入った。
「ああ、この木、剪定の途中だったろ。えーとまあ庭師やってたわけだし、心残りだったんじゃないかと」
「はははははっ」
すると、突然はさみ女が笑い出した。
「全く、若って嘘が下手っすね。その話、今思いついたんでしょ」
「そ、そんなことはないぞ」
と言いながら、声がひっくり返ってしまう。バレバレじゃん、俺。
「気にするこたぁありません。50年も鋏やってりゃ、人を見る目もつきまさぁね。ま、そういう時に気ぃ使ってくれる若が、いいお人だってぇのは判りました」
そして、はさみ女は軍手をしたままの手を差し出してきた。
「若、今後ともよろしくお願いします」
「こちらこそ。えーと・・・・・・」
そういえば、名前をつけなきゃいけないんだった。あの二次元のことだから、“庭師”なんてふうに呼んでいたんだろうし。
「確認するけど、お前、名前、あるか?」
「え?あ、そういや、ないっすね」
すると、彼女はちょっとめんどくさそうな顔をして、こう言った。
「でも、若も考えるのが面倒でしょ。はさみでいいっす」
「え?」
向こうから名前のリクエストが出たのは初めてだが、でも、「鋏」じゃ、いくらなんでもそのまんますぎないだろうか。
「いや、“江田内はさみ”、ってすりゃ、それらしくなるっしょ」
うーむ、いいんだろうか。世話がかからないのはありがたいが、子供につけたら間違いなく苛められそうな名前なんだが。
でも、他の名前と言われても、江田内はさみでいいって言われちゃったせいか他に良い名前も全然思いつかない。
「ん、ま、まあ、いいか。よろしく頼むわ」
なんかいまいち納得できないが、本人がいいって言ってるんだから、いいとしようか。
「あっしのほうこそ、よろしく頼みます」
そして、改めて握手をする。
「そんじゃ若、ちょっとどいてください」
手を離したはさみは、そんなことを言って俺を押しのけ、さっきまで切っていた庭木の前に立つ。
「庭木の手入れの続きをするためにあっしを呼んだんでしょ?だったらやんなきゃっすね」
そして、自分よりはるかに背の高いその庭木を見上げる。そういえばさっきは、脚立の上に腰かけて作業してたっけな。
「ああ、ちょっと待ってな、脚立起こすから」
「いんや、そんなのいらないっすよ」
「へ?いや、いらないって、手がとどかねぇだろ」
「まぁ見ててくださいや」
見ててって、こいつ、何をするつもりなんだろう。テレビでやってる林業のおっさんみたく木登りでもするんだろうか。
と思ったが、結果は俺の想像の斜め上を行っていた。
どういう仕組みなのか、はさみの奴の脚が、突然伸び始めたのだ。
「はぁーーーー?」
おかしなスピードで、はさみの体が上へと上がっていく。ツナギは伸びないらしく、生足がむき出しになっているが、その膝下だけでもすでに俺の身長を超えている。
見上げると、地上から5mぐらいのところに体があって、草色のエプロンがひらひらと靡いているのが見える。なんか、どっかの大道芸を見ている気分だ。
と、シャキシャキという音がして、何かがパラパラと落ちてきた。剪定した庭木の切れ端だ。
「ぶわっ!?」
顔に落ちてきたそれをあわてて払いのけると、上から声がした。
「若ぁ~、下にいると、カスが落ちてきますよぉー」
「そういうのは先に言えーっ!」
答えながら、また顔に落ちてきてはたまらないので少し離れる。そうすると全身が見えるんだが、その姿は今まで見た擬人たちの中でも最も異様だった。なにしろ、脚が異常に長い。それに加えて、両腕も同じように伸ばして、さらに高いところとか横のほうとかを剪定している。さらに言うと、手に何も持っていないように見える。
なんというか、エイリアンの庭木職人を見ているような気分だ。
「えーとこっちは」
なんてことを言いながら、はさみの奴は脚を伸ばしたままで庭木の周りを回る。あんな脚でもちゃんと膝があるんだな、というか足の大きさがそのままなのに転ばずに歩けるのは感心したほうがいいんだろうか。
「よし、出来た」
最後にその手足のまま1歩(と言ってもその1歩が数mあるんだが)離れ、その木の全体を見てから満足そうに頷いた。
と同時に、しゅるしゅるしゅるといった感じで腕と脚が縮んで、元の姿に戻る。
「若、終わりやした」
そして、ニカッって感じの擬音が似合う笑顔を向けてくる。
「そんなフッツーな言いかたをすんな!一体なんなんだ今の、脚が伸びるのは!あんな芸当が出来るんだったら脚立なんか要らないだろ!」
「あん時ゃ、初対面だから脅かしちゃいけねぇと思ってああしてたんでさ」
そう悪びれずに言われてしまうと。こちらとしても文句が言えなくなってしまう。
あの二次元は、生前は擬人たちにどんなことをやらそうとしていたのかと、ちょっとだけ不安になってしまった。
どうも、作者です。
3人目新キャラ、「万能のびのび庭師」江田内はさみの登場です。
女らしくない、というかおっさんじみたキャラですが、かわいがってやってください。