15.とうとう来ました西園寺本家 その10
絵の人が手を2回叩く。すると、部屋のドアを開けてあのアインシュタインが部屋に入ってきた。
今から一人呼ぶから、と言われ、待っていたらやってきたのが彼だ。
アインシュタインは、ドアを丁寧に閉めた後、絵の人に向かってうやうやしくしく頭を下げた。
「お呼びですか」
「ええ。私は、西園寺の全てを、私の息子、将仁に譲り渡しました。それに伴い、あなたの主人も彼となります。そのこと、承知してくれますか?」
絵の人の言葉を、じっと立ったままできいていたそのアインシュタインは、言葉が終わると口を開いた。
「承知いたしました」
感情も抑揚も無いその物言いは、本当にロボットっぽい。
「将仁さん、さあ」
アインシュタインの返事を聞いて、常盤さんが俺を前に促す。
そして、俺はアインシュタインの前に立った。
生きているのか死んでいるのか判らないような、ガラス細工のような目。表情の無い、皺と髭で包まれた顔。近くで見るとそれが余計に判る。
「右手を、出してくれ」
アインシュタインに言うと、彼は何の抵抗もなく右手を差し出してくる。
俺はその手を取ると、ぐっと握り締めた。手袋の上からも、冷たくて、手の皮がたるんでいて、生気がなくて、死人の手(握ったことは無いが)のような感じが伝わってくるが、そこはぐっと我慢する。
「これから、世話になります。よろしくお願いします」
俺がそう口にした、その瞬間。
かなり久しぶりに感じる、耳鳴りのような音と、暴力的なまでの真っ白い光が、その場を包んだ。
「き、キターッ!」
なんか知らんが、そんなふうに叫んでしまった。
「・・・・・・・・・」
そして、俺が目を開いたとき、そこにはアインシュタインの姿は無く、かわりに品のよさそうな女の人が立っていた。長い黒髪を首の辺りでひとつに束ねている。服装は確かにさっきのアインシュタインが着ていたような礼服に似ているが、アインシュタインの時は執事に見えたのが、彼女になるといきなりマジシャンかバーテンダーみたいに見えてしまう。
てっきり、性別だけが変わると思っていたので、マンガとかで定番の老メイド長みたいになるかと思ったんだが、どうも俺の発想は貧困だったらしい。
「これが・・・・・・新しい、私」
その礼服女は、すっかり変わってしまった自分の体を見て、そう呟く。
かと思ったら、今度は両手で、俺の手を掴んできた。
「あ、ありがとうございます!私に、これほど素晴らしい体を与えて下さるなんて、感謝の言葉もございません!」
そして、満面の笑みを浮かべ、俺の手を大げさすぎるほどに振ってくる。
うーん、喜んでくれているみたいだが、いいんだろうか。
「そ、そか、じゃ、悪いけど、手、離して、くれないかな」
なんか想いがこもっていそうな手で、力いっぱい握ってくる。別に痛くは無いんだが、初対面の人にやられるとなんか変な感じになってくる。
「あ、も、申し訳ありません」
すると、礼服女はぱっと手を離し、一歩離れて頭を下げてきた。うちのテルミ並みに礼儀正しい。
「えーと、そういえば、君って、何の擬人化だ?」
俺もちょっとどぎまぎしてしまったが、黙っているのもアレなので、気になっていたことを聞くことにする。格好が変わっていないから、あの礼服の擬人化かな。
「私は、この屋敷の擬人化です」
だが、俺の想像は全く外れていた。
「へ?」
「この屋敷って、このおっきなお屋敷の?」
「はい。この屋敷です」
ケイの言葉に、礼服女は真顔でそう答える。
ちらっと自称俺のお袋の絵を見ると、ニコニコしながらそうだと言わんばかりにうなずいてきた。
どうやら嘘ではないようだ。もとのモノが自分と別に存在する、というのは紅娘とかと同じケースだが、これの場合スケールが違う。
「じゃあ屋敷さん、何ができるんだ?」
「はい。この屋敷の扉、窓、照明、全てが私の管理下にあります」
「・・・・・・そうか」
こんなでかい屋敷の擬人化なんだからもっと派手なことができるかと思っていたんだが、ずいぶんと微妙な能力だな。まあ、戸締りや消灯のし忘れはなくなりそうだが。
「なんか、微妙だね」
ケイも同じような感想をもったらしい。俺を見上げて、ぼそっとそんなことを口にした。
「他にもいくつかできることはありますが、お子様には少々刺激が強うございますので」
どうやら聞こえてしまったらしい。礼服女は、ちょっとむっとした顔をすると、なんか妙に勿体つけたことを口走る。
刺激が強いとはどういうことだろう。まず想像したのはエロいことなんだが、今さっき女の姿になったばかりだからそういうことではあるまい。まさか、実はこの家は幽霊屋敷で、幽霊を召喚できる、なんてオチじゃあるまいな。
「ところで、ひとつ、お聞きして良いでしょうか?」
そんな妙な想像をしていると、今度は礼服女のほうが聞き返してきた。
「さきほど、私を『屋敷さん』と呼びましたが、それは一体?」
「へ、あ、ああ、うちのモノたちには名前をつけているんで、つい」
そういえば、この人は俺の前の代、今では絵に入っている人が生み出した擬人だから、その人がつけた名前とかあるかもしれないんだよな。
「えーと、その、君の名前は?」
「執事、です」
だが、今回もまた俺の想像を超えた答えが返ってきた。
「執事ぃ?」
「はい。静香様には、いつも執事と呼ばれていました」
その答えを聞いて、俺は妙な脱力感を覚えてしまった。
「なぁ、役職名じゃなくて、もうちょっとマシな名前はなかったのか?」
「だって、必要だと思わなかったんだもん。誰も文句言わなかったし」
絵に文句を言うと、絵は拗ねたようにそう言い返してくる。そりゃ、ロボットは文句言わんだろうが、いくらなんでも命名・執事はあんまりだろうと思う。
「ねねね、じゃあさじゃあさ、この人の名前も、お兄ちゃんがつけちゃったらどうかな?」
そこに、ケイがナイスだが無責任なアイディアを出してきた。
「よし、せっかく新しい姿になったんだし、記念に新しい名前をつけてみるか」
「ええっ、そ、そんな私に名前なんて滅相も無い」
すると、現行名・執事さんは、態度ではものすごく恐縮しながらも、ものすごーく期待に満ちたまなざしを俺に向けた。
どうやら、期待されているらしい。そうなるとふざけた名前をつけるわけにはいかない。
「うーん・・・・・・苗字は、さっきから屋敷さんと呼んでいるから、屋敷でいいか。実際にそういう苗字はあるし。で、下の名前は・・・・・・うーん」
とはいえ、この建物のことは良くわからない。なるべく、この家に関わった名前がいいと思うんだが・・・・・・と色々考えていると、まだアインシュタインだったこの人が、歩くのに伴って照明が点いていく光景がふっと頭に浮かんだ。
「そうだ、あかりにしよう。屋敷あかり、どうだ?」
その瞬間、現行名・執事さんはまた俺の手を取り、さっき以上にキラキラした目で俺を見つめた。
「ありがとうございます!最高の名前です!私、この屋敷あかりの名、一生大切に致します!」
うん、どうやらこの人は感激屋のようだ。後から、ちょっと演歌歌手っぽいなとも思ったが、本人がいいと言っているんだから、良いとしておこう。
「んじゃ、あかりさん。先代から仕えている擬人化さんがいる所、案内してくれないか?」
「はい、喜んで!それでは、どちらに参りましょう?」
「んー、じゃあ・・・・・・」
と言っても、思いつくのは俺が乗ってきたあのリムジンか、あとは俺の目の前で消えた枝打ち鋏ぐらいしかない。
「そうだな、俺が乗ってきた車の所に行こうか」
「承知しました、どうぞ!」
そして、あかりが部屋のドアを開ける。
すると、なぜかドアのむこうは外になっており、玄関前に横付けされているはずのあのリムジンが、目の前に横付けされていた
はて、この部屋、玄関から、長い廊下を通って、もうひとつドアを開けたところに、あったはずだよな?
「・・・・・・あれ?ここ、玄関に面してたっけ?」
「先ほど、いくつか出来ることがあると、言ったじゃないですか」
「・・・・・・まさか、知らないうちに、部屋が移動した?」
「いえ、ただ単にこの扉と玄関を直接繋いだだけです」
聞き返すと、あかりが、妙に楽しそうにわけのわからない答えを返してくれる。
どうやらあかりの奴は、扉のある部屋同士を、間をすっ飛ばして繋ぐことができるらしい。便利といえば便利だが、なんか、異次元に迷い込んだ気分だ。
うちの擬人化もかなり非常識な存在だけど、あかりの力は年季が入っているせいかさらにその上をぶっ飛んでいるらしい。
他の擬人化たちもこんななんだろうか。ちょっとだけ怖くなってしまった。
どうも、作者です。
またも新キャラ、「家の気持ち」屋敷あかり登場。なんと今度は家の擬人化です。
擬人化というよりは、分身、あるいはブラウニー的な奴だとでも思ってください。
それにしても、ただでさえ登場人物多いのにこれ以上増やして、話が崩壊しないだろうな、と、今更ながら心配しています。