15.とうとう来ました西園寺本家 その9
「ねえ、将仁」
大半の連中がこの応接間を後にしたので、俺も出て行こうとしたら、静香さんに呼び止められた。
「何スか?」
「もう、そんな他人行儀なことしないの。親子なんだから」
絵の人は、額のむこうからニコニコ顔で語りかけてくる。
改めて見てみると、どう見ても俺の母親と言うほどの年には見えない。まあ、肖像画だから若い頃の姿なのかもしれないが、おかげで俺の母親と言われても余計に実感がわかない。
「ところで、彼女たちのことなのだけれど」
「ケイたちのこと?」
声がしたので横を見ると、ケイがいた。出て行ってなかったらしい。
「あなた、彼女たちにお芝居とかさせたりしていない?」
「芝居?」
「そう。いかにも自分たちが個性的であるように見せているとか」
ああ、なるほど。俺の手による擬人化が個性的すぎるんで疑っているのか。
「なんで芝居なんかさせる必要があるんだよ」
「んー、たとえば、私を楽しませるとか」
「ああ、楽しんでくれたならそれはそれで嬉しいけど、あいつらの前でそんなことを言ったら、俺は怒るぞ?」
「えっ?」
「あいつらは、このケイも含めて、あれが素なんだよ。なっ!」
そうケイに同意を求めると、ケイは首を大きく縦に振った。
「あ、あら、そうなの」
すると、絵の人は少し面食らったような顔をした。
「以前も話しましたとおり、将仁さんの力は、私が見てきた中でもかなり特殊かつ強力です。それこそ、一個の人格を生み出してしまうほどに」
絵の人の横に控えていた常盤さんが言葉を添える。なるほど、やっぱり、うちの擬人たちはこの家系の中でもかなり特殊な存在らしい。でも俺から見たらアレが当たり前だし、逆にあいつらからキャラが無くなってしまったらつまらないことこの上ないと思う。
「ケイもそう思う。お兄ちゃんのこと、お兄ちゃんって呼べなくなるのはケイも嫌だもん」
ケイもどうやら俺と同意見のようだ。まあケイの場合、いつかのアレみたく人の姿を無くしても携帯電話の中で生き続けそうな気もするが。
「それじゃあ、私が残した擬人化たちを、あなたが作り変えたら、どんな楽しいことになるのかしら」
すると突然、絵の人が妙なことを言い出した。
「作り変えるぅ?」
「ええ。西園寺家の資産は、この屋敷の梁一本から、山の雑草一株に至るまで全てあなたのものですから、それに付随する擬人も、あなたのものでしょ?」
絵の人は、なんか倫理的に問題がありそうなことを言ってくる。
「人身売買みたいだな」
思わずそんな言葉が口をつく。しょうがないだろう、相手は人の姿をしているんだ。
「それは違います」
だがそこで、常盤さんはそう言い切った。
「将仁さんが最近はまってらっしゃる三国志に例えると、私たちは、将仁さんという大将に仕える家臣です。将仁さんが曹操であるなら、私たちは夏候淵や司馬遷のようなもの。もっとも、私は、将仁さんは曹操というよりは劉備のほうが近いと思いますけどね」
そして、フォローのつもりなのか、そう言ってにっこりと笑った。
まあ、俺が曹操か劉備かはさておき。確かにそういう時代の家臣は2代に続けて仕えるというのもあるから、そう考えれば納得できなくもない。
「それに、静香様の手による擬人は、人としての静香様が亡くなったことで、姿が維持できなくなり、やがて消えてしまう運命にあります。それを防ぐ手段は、彼らを、将仁さんの手による擬人にすることだけ」
そこに、常盤さんがダメ押しをしてくる。
俺の脳裏に、さっき庭先で遭遇した経験が思い浮かぶ。
「・・・・・・それをやれば、彼らは、生き延びるんだな?」
「生き延びるというより、将仁さん、あなたのものとして生まれ変わる、と言ったほうが、的確でしょう。擬人は、力の行使者と対になる性別を持ちますから、今回のケースでは性別も変わりますしね」
そういえばそうだった。最近やってないから忘れがちだったが、そういう法則があると常盤さんが言っていたような気がする。だからうちは女だらけなんだ。
まあそれはそれとして。俺の目の前で消えられるのは、非常に後味が悪い。
「どうやったらいい」
偽善的な感じもするが、とにかく、やってみることにした。