15.とうとう来ました西園寺本家 その4
「ん?」
ふと、視界の端に、人の姿が見えた。
それは、脚立の頂点に立ち、庭木の手入れをしている、庭師らしき爺さんだった。ハンチング帽を被ったその姿は、日本庭園とは合わないはずなのになぜかそれほど違和感を覚えない。
その老人をぼーっと眺めながら、この人も擬人化なのかなー、なんてなことを考えていた、その時だ。
突然、その爺さんが、脚立の上で背中を丸めて苦しみだした。
何事かと思っていると、爺さんの体がぐらりと傾き、そして脚立の上から落ちてしまったのだ。
「お、おい、ストップ、車を止めろ!」
ロボじみた運転手に向かって叫ぶと、ドアのハンドルに手をかける。
そして、キッという音とともに車が止まり、ドアロックが解除されるや、俺は外に飛び出し、生垣を乗り越え、その爺さんのところに駆け寄った。
爺さんは、雑草が入り混じった芝生の上に横たわり、体を痙攣させている。なんか、すごく危険な状況のような気がする。
「おい!しっかり!えーとしっかりしてください!」
どうすれば良いのかは判らないが、とにかく抱き上げ、声をかける。この爺さんとは縁もゆかりも無いが、人としてほっとくわけにはいかないだろう。
一緒に乗ってきたうちのモノたちも俺を追ってかけつけ、俺たちを取り囲む。
「ケイ!救急車!119番だ!」
「う、うん!」
そして、ケイが目を閉じ、電波を飛ばそうとした時だ。
「通話しないでください」
突然、常盤さんが有無を言わせない口調でそう言い、ケイの左肩を突き飛ばしそうなほどに強く叩いた。
びっくりしたケイが目を開く。目の色が鳶色、ってことはまだ通話モードじゃない。確かにケイの左肩には通話終了のマークがあるが、本当に切れるとは思わなかった。
あれ、常盤さんって超アナクロな人じゃなかったっけ、ってそんな事を言っている場合じゃない。
「なにするんですか!」
わけが判らない常盤さんの行動に、俺は食ってかかった。
爺さんの様子は、素人の俺が見てもかなり危険そうだ。ほっといたら死んでしまうかもしれない。それなのに、常盤さんは、ほおって置けという。
「・・・・・・あ、あんたは」
その時、俺が抱きかかえていた爺さんが、全身を痙攣させながらも俺の腕を万力のように強い力で掴み、俺を見上げ、しわがれた声で、俺にそう聞いてきた。
「・・・・・・西園寺、の、新しい・・・・・・」
「あ、ああ。俺は、西園寺将仁。先代の、実の息子だ」
爺さんの言葉に、俺は思わず答えていた。これで少しでも力になれたら、それでよかった。
だが。
爺さんは、俺のその言葉を聞いた直後、ふっと表情を緩めた。と同時に、あれほど強く掴んでいた手からも力が抜け、全身の力を抜いてだらんとなった。
そして、俺の両腕がその重さを感じたとき。
爺さんの姿が、まるで陽炎のように音も無く消えた。
かちゃん。
そして、芝生の上に、古びた枝切り鋏が無機質な音とともに落ちた。
「これが、遺書の有効期限の真実です」
皆が黙り込んだ中、常盤さんが、事務的にそう述べた。
「物部神道の力は、あくまでも道具にかりそめの命と姿を与え、擬人に変えるだけ。完全に人にできるわけではありません。擬人は、力を持つ者からそのエネルギーを受け続けなければ、擬人としての存在がだんだんと希薄なものになっていくのです。そしてそれが限界を超えたとき、人の姿を保てなくなり、もとのモノに戻ってしまいます」
そして、芝生の上に横たわる枝切り鋏に、いたわるように手を添える。
「静香様が亡くなってから今日まで、多くの擬人化たちが人の姿を失いました。おそらく、静香様の命日を迎える頃には、静香様の手によって姿を得た擬人化たちは、全員が人の姿を失うでしょう」
そう言われて俺は、背筋が冷たくなった。
それは、言い換えると、俺が死んだらケイもテルミもヒビキもクリンも鏡介もレイカもシデンもバレンシアも紅娘も長くは生きられない、ということだ。
もしかしたら、うちのモノたちが俺を守るために命を駆けたバトルを繰り広げて来たのは、それを直感的に感じていたからかもしれない。
そう思うと、なんかちょっと寂しいような気がしたと同時に、俺は簡単に死ぬことは出来ないなと、意思を固めることにもなった。




