14.もののけ全面戦争 その28
全員が庭に揃ったのは、それから10分ほど経ったあとだった。
人間の俺とりゅう兄と賀茂杏寿。うちの擬人化が合計9人。本当の妖怪の魅尾に、付喪神の常盤さん。そして賀茂さん配下の式神が5人。さらに、気を失ってふんじばられた黒装束の過激派もどきが5人。さすがに20人を超えると、うちの庭でも狭く感じる。
そして、その横に目を向けると、ちょっと前までは普通に建っていたはずの俺の家が、ボロボロな廃屋となっていた。
「どうすっかなぁ」
そんな家を見ていると、自然とそんな言葉が口から漏れてくる。
なにしろ、ここから見えるだけでも、玄関のドアは切り崩されて無くなっている、リビングの窓も残らず叩き割られている、壁にでかい穴は開いている、そして全体が傾いて今にも倒れそう、という悲惨な状態なのだ。そして中に入れば、キッチンは焼け焦げ、風呂場は天井も壁もボコボコ、そして俺の部屋は謎の蔓植物に侵食されてえらいことになっていると、もっと悲惨だ。
「やぁ、ほんまかんにんどす」
そこに、その原因のおおもとを作った賀茂さんが声をかけてくる。
「まあ、大怪我した奴がいなくて、良かったじゃねえか」
それに並ぶようにして、りゅう兄も声をかけてくる。
「怪我人がいないって、言っていいのかこの状況は」
ずいぶんと暢気な言葉に、そう言い返さずにはいられない。
なにしろ、賀茂さん配下の式神5人(一応“神”とつくから5柱と言ったほうがいいんだろうか)のうち虎鉄と麟土の2人はそれぞれ火災と落雷で黒こげになっている。炎雀は外傷こそ無いが燃え尽きて灰になりかけたのか顔色は悪く髪の毛も部分的に白くなっている。鎧を着て仮面をしている龍樹は、体の傷がどのぐらいなのかはわからないが鎧はボロボロになっており、唯一意識がある玄水はクリンに悪戯されたことが相当ショックだったのか庭の隅で膝を抱えてしくしくと泣いている。一方、うちのモノたちも、正面から殴りあいをしたヒビキや石礫を喰らったシデンは傷だらけの痣だらけだし、レイカは着物が所々焼け焦げているし、蔓で締め上げられた鏡介は腕や首に痛々しい跡が残っており、クリンがそれらの傷を治すために舌で舐めている。ついでに言えば、過激派もどきたちを相手に大立ち回りしたりゅう兄も決して無傷ではない。一番の渦中にいた俺が何発か殴られた程度で済んでいるのが不思議なぐらいだ。
それでも、繰り広げられた壮絶なバトルの数々からすれば、(死ぬのかどうか判らない奴らも多いが)命を落としたやつがいないのは幸いなのかもしれない。
だが、俺にはもっと気がかりなことがある。
「しかしこれじゃ、明日から住むところがないぞ?」
当面の最大の問題について、つい、横にいるケイに愚痴を言ってしまう。ケイに言ったところでケイを困らせるだけなんだが、口にせずにはいられない。
俺一人とか、もともと屋外に置いてあったヒビキとかなら、吹きさらしでもなんとかなるかもしれないが、精密機械だったケイやテルミやバレンシアはそういうわけにはいかないだろう。
一応、法律の都合上、この前住んでいたアパートの部屋もまだ俺の住まいではあるのだが、あそこにこの大人数はどう考えても収まらない。また、実家にみんなで押しかけるということも考えたが、この家より狭いから全員が寝泊りするほどの余裕はない。
「うちの神社はんに来ます?部屋やったらなんぼか空いてますけど」
責任を感じているのか、賀茂さんがそう声をかけてくれるが、さっきのバトルが再燃して今度はその神社が崩壊の危機を迎えそうで怖い。
「ホテルで寝泊りさせるわけにもいかんだろうしなぁ、ああいうところは名前や住所を書くみたいだし」
「将仁さん、それでしたら、心当たりがひとつありますよ」
無い頭をひねって考えていると、常盤さんがそんなことを口にした。
常盤さんは、確かに人間ではないが、本職の弁護士だし、なによりうちの事情がよーく判っている。俺を心配させないためのでまかせでなければ、俺の浅知恵なんか意味が無くなるほどに良い案なはずだ。
「ホントですか!?」
「ええ、でも、将仁さんは嫌かもしれませんが」
だが、俺が聞き返すと、常盤さんは妙なことを口にした。
俺が嫌って、どういう意味だろう。何か変ないわくつきの物件なんだろうか。いわくつきの物件なら、妖怪を2人連れて行く時点ですでに相殺なんじゃないだろうか。
しかし、話を聞いてみると、どうもそういうわけではないらしい。
「将仁さんの通学圏からは外れていますが、敷地面積はこの家より広く、また建坪も大きく、部屋数も多いし、また電気ガス水道は完備されています。建物自体はこの家よりさらに古いですが、各種設備も充実していますし、まわりには自然が豊かで、良いところですよ」
この家よりでかいということは、相当な物件のようだ。この家より古い、というのはちょっと引っかかるが、雨漏りがするとか隙間風が寒いとかいうボロ家ということはないだろう。
しかしそうなると、ますます俺が嫌がる理由が無くなってくる。
「えーと、常盤さん、なんで俺が嫌だと」
思い切って聞いてみる。すると、予想していなかった答えが返ってきた。
「そこは、西園寺の本家の屋敷なのです」
「・・・・・・本家」
常盤さんが言い渋った理由が、ちょっとだけ判った。常盤さんは、俺がまだ西園寺の名を継ぐことに抵抗があると思っているのだ。
確かに、俺にも全く抵抗が無いわけではない。仕方が無かったこととはいえ、俺を捨てた連中が住んでいた家だ。進んで行きたくなるようなところではない。
だが、背に腹は変えられない。野宿をするのは、ちょっと問題がありそうだし。
「本当に、大丈夫なんですか」
「ええ。法律上は、屋敷も敷地も西園寺家の所有物です。そして、残りの手続きさえ済ませれば、将仁さんは西園寺家の当主となりますから、同時にその全てが将仁さんのものになります」
こういう話を聞くと、本当に俺は金持ちになったんだなぁという気分になる。
「それに、会わせたい人も、いますし」
そして、常盤さんは妙な含みのある言葉を口にする。
だが、聞き返してみても、常盤さんは「まだ、ヒミツです」としか言わない。
血縁者はみんな死んでいるわけだから、それ以外となると、長年西園寺家に仕えてきた人とか、常盤さんとは別の形で遺産の管理をしている人とかが、妥当なところだろうか。でも、そんなのはわざわざ秘密にする必要は無いだろ、それが俺の知り合いだったりするなら話は別だけど。
まあ、考えてみても、他にこの大人数で雨露をしのぐ良い方法は思いつかない。
「ええい、判りました。本家に、引っ越しましょう」
「では、明日迎えに来るよう、手配をかけますね」
そのことを伝えると、常盤さんは嬉しそうな顔をしてそんなことを言った。
「それじゃ、ケイちゃん。ちょっと、頼まれてくれますか?」
そして、ケイを呼ぶ。常盤さんの部屋は誰も入っていないのにいつもの黒電話を使わないってことは、電話機ではなく電話線がだれかさんのせいでパーになったようだ。
とりあえず実家への連絡は常盤さんに任せておくとして。
「あとは・・・・・・」
この家をこんなふうにした諸悪の根源に、俺は目を向ける。
そいつは、りゅう兄に寄り添って肩をあずけている。
「おい!賀茂杏寿!」
そいつが幸せっぽいのが妙にむかついて、思わず乱暴に声をかけてしまう。
「はい、なんどす?」
「なんどすじゃねぇよ、お前、俺のこと殺すつもりだっただろ」
すると、そいつはきょとんとした顔をして、顎に指を当てて何か考えた後、ぽんと手を叩いた。
「ああ、すっかり忘れてましたわ」
あまりにあっけらかんとした杏寿の言葉に、なんだか地軸が傾いたような気がした。
「忘れてたって、お前、ここまでやったってことは、西園寺家に恨みか何かあるんじゃないのか?」
「うちが?あはは、そないなもんあったら、こん程度じゃすみまへんえ?」
俺の疑問に、杏寿は妙に明るい口調で答えてくる。今の状況も相当なものだと思うんだが。
「うち、雇われの身ぃなんどす。あんさんとこの擬人化はんらを始末せえっちゅうお役目でなぁ」
「雇われ?」
「へえ。成功したら報酬が貰える筈やったんどす。まぁ、今回は作戦が悪ぅおして失敗しましたけどなぁ」
なんか、仕事に失敗したと言っているわりには、妙に朗らかだな。今の話だと、失敗したら一銭も貰えないことになると思うんだが。
「んー、まぁ確かに、ごっつ大赤字どすなぁ。ほんでも、しくじったあげくに敵方に捕まってしもたら、使いもんにならんっちゅうことで、切り捨てられまっしゃろなぁ」
そして、なー、とりゅう兄に同意を求める。つーことはなにか。杏寿はりゅう兄に捕まったってことなんだろうか。
「まあ、そういうことだ」
一方のりゅう兄は、なんか妙に緊張した面持ちでいる。
「おい、りゅう兄、何がどうなってんだ」
「俺だってちっとばかしおどろいてんだ、俺に聞くな」
それでも、りゅう兄が困っている様子が面白かったのでしつこく聞いてみると、その結果は個人的に面白くないものだった。
りゅう兄の奴、杏寿とキスしやがったらしい。そしてそれがきっかけで、杏寿はりゅう兄に捕まってしまったんだそうだ。
一週間以上毎日机を並べて来た俺を差し置いて、りゅう兄は、さっき会ったばかりのくせにこの京美人をものにしやがったのだ。
キスひとつで陥落できるんだったら、この前とか、あの時とかに、雰囲気とかそういったものを考えないで強引にやっときゃ良かった。デリカシーが無いとか言われそうだが、その時は本気でそう思ってしまった。
まあそれはともかくとして。
「誰に、雇われてたんだ」
とりあえず、何か情報がゲットできるかもしれないと思い、聞いてみることにした。
「それは、いえまへん」
するとまぁ当然だが、そういう答えが返ってくる。
「一応、うちらにも守秘義務ゆうもんがあるんどす。堪忍な」
だが。
「何でもいいから教えてくれないか?」
「うちを雇わらはったんは、筆村ゆうお名前の御老人どす。胸にかかるぐらいの見事なお髭生やしてはりましてな。でも、あの雰囲気はどうもただもんとはちゃいますなぁ」
りゅう兄が聞くと、あっさりと答えてくれやがった。
なんか、個人的に、兄貴にボロ負けしたような気がして、少し落ち込んだ。