14.もののけ全面戦争 その27
「はいっ!」
気合と共に、花音代の右手にある金色の鎖が振り下ろされる。
それは、何人いるのか判らない黒い狩衣姿の1人を捉えるが、その直後、杏寿の姿はかき消すように消え、かわりに白い人型がひらひらとその空間を舞う。
そしてその背後から、全く同じ姿の杏寿が短刀を手に押し寄せる。
その度に時間を止め、攻撃を回避すると同時に相手の位置をずらしてそれぞれ相打ちに持ち込むが、時間を動かすと同時に互いを攻撃すると、それらは例外なく人型となる。
完全に足止めされてしまっていた。
そして、大勢の杏寿に囲まれて花音代から死角になっていたが、その群れの一番外に、6人ほど地面に座り込んでいる杏寿がいた。
その中の1人が、呪文を唱えながら、手に持った束から1枚ずつ人型を投げると、それが一瞬で杏寿と寸分違わぬ姿になり、花音代を取り囲む大勢に紛れていく。
その人型を投げているのが、本物の杏寿だった。
本物を含めた6人の座った杏寿は、呪文を唱え、術式を完成させようとしていた。
その時だ。
「ぅおりゃあああああああ!」
家の玄関のほうから、叫び声がした。
何事かと、本物の杏寿が振り向くと、体格の良い何者かが、玄関を飛び出し、こっちに全速力で走ってくるところだった。
はじめは、虎鉄かと思った。だが良く見ると、髪形も服装も全く違う。
それは、過激派もどきを一掃したターゲットの兄、龍之介だった。
「役に立たへん連中やねっ!」
一言悪態をついてから、杏寿はそれを迎え撃とうと印を結んだ。
その時だ。
「ぅわっ!?」
奇妙な声と共に、何かにつまづいた龍之介の体が、宙を舞った。
「ほえっ!?」
何があったのかよく判らないうちに、その龍之介の顔が、空を飛んで杏寿にものすごい勢いで近づいてくる。
どったーん!
そして。
気がつくと、龍之介に押し倒されるような形で、杏寿は地面に押し倒されていた。
それだけではない。
お互いの顔が、ものすごく近くにある。
さらに言うと、お互いの口のあたりに何か妙に柔らかい感触が。
自分の心臓の音が、すさまじく大きくなって聞こえる。
「うわわわわわわっ!?」
先に我に帰ったのは、龍之介のほうだった。バネ仕掛けのように体を跳ね上げると、数歩離れたところまで離れ、ぜいぜいと肩で息をする。
一方の杏寿は、仰向けにひっくり返ったまま、口元を押さえてぼーっとしている。
「だ、大丈夫か?」
変なところをぶつけたんじゃないだろうな。やってしまった本人として、心配になった龍之介が、近くまで行って顔を覗き込む。
すると。
「きゃっ!?」
杏寿は、悲鳴と共に全身を縮こまらせ、龍之介に背を向ける。
「ううーーーーーー、どないしょ、どないしょ」
そして、顔を隠したまま、なぜか足をばたばたさせる。
「せ、せ、接吻、されてもたわぁーーーーっ、どないしょーーーーっ!」
どうやら、偶然の事故とはいえ龍之介とキスしてしまったことが原因らしい。
実は、これが彼女のファーストキスだった。彼女は、職業柄他人と深い関係になることを避けてきたため、異性との接触も手をつなぐ程度止まりだったのだ。
彼女も年頃の女の子であるから、キスに多少なり幻想を抱いていた。それが、想像だにしなかった形で成されてしまった。パニックになってしかり、というところか。
「あー、うー、なんつーか、その、ごめん」
そんな都合など龍之介は知る由もない。だが、大変なことをしてしまったことは、杏寿の様子を見て容易に想像できた。
「謝ってすむこっちゃねぇだろうが、今のは、お互い、不幸な事故ってことで」
龍之介にしても、こういうシチュエーションを簡単に乗り切れるほどの経験を踏んでいるわけではない。どうやって謝ればいいのか、杏寿ほどではないがこっちもパニックになっていた。
懸命になって、謝罪の言葉を絞り出していると、不意に杏寿の動きが止まった。
「あ、あんたはんは、不幸やったと、思てはるんどす?」
「へっ、あ、いや、俺としちゃこんなべっぴんと出来て嬉しい、ってそういうこっちゃなくて、何言ってやがんだ俺は」
「そうどすか、嬉しゅうおすか」
そして、自分で言った言葉に慌てまくる龍之介に背中を向けたまま、杏寿は体を起こした。
「ほな、うちと接吻した責任、取ってもらいましょか?」
「へっ、せ、責任!?」
いきなりの展開に目をぱちくりさせる龍之介の前で、杏寿はくるりと体を返し、正座をして龍之介に向き合った。
それにつられ、龍之介も地べたに正座してしまう。
互いが正座で見合ったところで、杏寿は龍之介が想像すらしない言葉を発した。
「うち、賀茂杏寿言います。不束者ですけど、よろしゅうお頼みします」
そして杏寿は、三つ指をついて、深々と頭を下げてきたのだ。その様子は、見合いというか、輿入れというか、とにかくそんな感じだ。
あまりの超展開に、龍之介の理解がついて行かれない。
そして、頭が追いついた時、さすがの龍之介でもとんでもないことになったと思った。
だが、NOと言っていい雰囲気ではない事も感じていた。
「さ、真田龍之介です。よろしく」
そして、龍之介も(こちらはどう見ても土下座だが)深々と頭を下げた。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・は!?」
その時、人型の群れを潜り抜けた花音代が、息を切らせて現れた。かなりの激戦だったらしく、着衣は乱れ、髪柄も乱れ、眼鏡も飛んでいる。その後ろには、いくつもの人型が散らばっている。
花音代は、今目の前に展開している光景の意味が、理解できなかった。
だが、これが戦争の終結を意味していることだけは、何となくわかってしまった。