14.もののけ全面戦争 その25
「ぐはっ!?」
かわしきれなかった石つぶてのひとつが、空を飛ぶシデンのわき腹にめり込む。
その衝撃でバランスを崩したシデンの体がふらつき、高度が落ちる。
「おっしゃ!どないや!」
そしてそれが判ったのだろうか、麟土がガッツポーズを見せる。
「負けるかああアアアっ!」
だがそこは負けん気の強いシデンのこと、気合で体勢を立て直すと、地表ギリギリで身を翻して墜落をまぬがれる。
だが、そのシデンも、今の状態はかなり危険だと判っていた。
こちらの武器として機銃があるが、その正体は圧縮空気で爪楊枝を飛ばす空気銃である。しかも、空気の圧力が下がってきており、当たると痛いがダメージはほとんど与えられないのだ。
片や麟土の攻撃・石礫は、石という時点で爪楊枝より強いし、地面のどこからでも飛び出してくる。むこうは庭のほぼ真ん中に陣取ってほとんど動いていないのだが、とにかく撃墜されないためには礫をかわさなければならないので、こちらから狙って撃つような余裕もない。
そして何より、地面に降りることが出来ないのが辛い。彼女の最大の武器である零式柔術は、他の格闘技同様、足を地に付けた状態で使われることを想定している。だが、今地面に降りたら、そのまま脚が飲み込まれて身動きが取れなくなる。
したがって、回避に専念し、注意をひきつけるぐらいしかできないのだ。
その時。
「シデンちゃん!」
シデンの頭に、ケイのテレパシーが飛んできた。
「今忙しいんだ!後にしろ!」
「バレンシアちゃんが作戦があるって!いったんベランダに引っ込んで!」
シデンの返事には全く答えず、ケイのテレパシーは一方的にそれだけ伝えると、一方的に途絶えた。
一方的なのは気に食わなかったが、今の自分は相手のまわりを飛び回るだけで、倒すための決定的な手が無い。もしその作戦を用いることで相手が倒せるのであれば、掛けてみるしかあるまい。
そう考えたシデンは、少しふらつきながら家のベランダに飛び込んだ。
「なんやーっ、もうしまいかーっ!人に喧嘩売っといて逃げるんかいこの卑怯モーン!」
残された麟土は、ベランダに向かって杖を振り回しながら、完全にヤクザ化した怒鳴り声で怒鳴り、そこ目掛けて石礫を対空砲火のようにバンバンぶつける。
だが一向にシデンは顔を出さない。
「このヘタレーッ!カトンボーッ!とっとと出てこんかーいっ!」
さらに言葉は汚くなり、石礫をバンバンと手すりにぶつけるが、それでもシデンは出てこない。
と、その麟土の目が、バルコニーに座り込んでいる将仁とケイを捉えた。
「おっとぉ、そういや本来はこっちを仕留めるはずやったんや」
そして、顎に手を当て、にやりと笑う。
「おいこらーっ!早う出て来んかぁーい!出て来ぃへんやったら、おんどれんとこの総大将をいてまうでぇーっ!」
そして、その2人を手に持った琥珀色の杖で差すと、再度ベランダに向かって声をはりあげる。
すると。
「ぎゃあぎゃあとやかましいわ!」
ベランダの手すりを乗り越え、シデンが顔を出した。
「おおう、来よったなこのカトンボ!」
「誰がカトンボだっ!まったく人の家に勝手をしおって、仕置いてくれるから覚悟致せ!」
「やかましいわっ!今度は墜落させたるわっ!」
「ふん、これについてこられるかっ!」
そして、シデンがベランダから飛び降りると、麟土めがけて再び飛び出した。
まってましたとばかりに、麟土は再び石礫を飛ばし始める。
だが、神風特攻隊よろしく体当たりでもするのかと思われたシデンは、寸前で進路を変え、地面に立つ麟土の横を通り過ぎた。
自分の目の前を通り過ぎた瞬間、麟土はシデンの背中にさっきまではなかった赤いナップザックが背負われているのを目にした。
身を翻したシデンは、今度は自分のまわりをグルグルと回り始める。
そして、麟土は自分の体に紐のような何かが食い込むのを感じた。
「な、なんやこれは!?」
その紐のようなものは、シデンが回ると同時に自分の体に巻きついていく。
あっというまに、麟土はその紐のようなものでがんじがらめにされてしまった。
だが、縛り上げられたとはいえ、麟土にとってはさほど不利ではない。
「ふん、動けんようにする作戦か。甘いで、動けんでも石礫は撃てるんや!」
そう叫ぶと、それがハッタリではない証拠とばかりに、シデンめがけて地面から礫を飛ばす。
「うわっ!?」
シデンが、麟土からはなれるように、ベランダと反対方向へと飛んでいく。
そしてシデンは、近くにあった庭木の枝ぶりの中へと回り込んだ。
「逃がさへんでぇ!」
麟土が叫び、その庭木の下を睨みつける。
すると、今度はその庭木がぐらりと揺らぎ、そして倒れはじめた。庭木の下を、泥へと変えたのだ。
まるで船が転覆するかのように、太い根が地面から飛び出し、木が横に倒れていく。
そして、木の裏側にいたシデンの姿が麟土から見えるほどまで倒れた、その瞬間だ。
「バレンシア!」
シデンが、ベランダに向かって叫んだ。と同時に、倒れた木の幹で助走し、上空へと飛んでいく。
「OK!Entrust me!」
そしてそれに答えるように、頭上から別の女の声が聞こえた。
見ると、ベランダに、シデンとは別の人影が姿を現していた。袖は白くて体の部分が水色のブレザーを羽織り、豊かな金髪と特徴的な丸眼鏡を月明かりにきらめかせたその人影は、自分の胸をベランダの手すりに乗せるようにして麟土を見下ろしている。
「んなっ!?」
その姿を見止めた麟土が、表情をゆがめた。
誰あろうその女は、数日前にこの家に忍び込んだ時に、暴走したように目から電撃をばら撒いて麟土を心底びびらせたバレンシアその人だったからだ。
バレンシアは、手に何かを持っている。それが、自分を縛り上げている紐の端だと気づくのに、時間はかからなかった。
「This wireは、electric wireデース!Youはあの時、lightningがhateとweak pointをconfessしたデースね!」
そしてバレンシアが丸眼鏡を額に上げる。すると、彼女の目の周りに青白い火花が飛び散った。
その瞬間。麟土の顔色がさっと悪くなった。
「な、ちょ、あかんって!待ってや!」
そして、必死になって自分の絡みつく電線を必死になって解こうとする。だが、両端から引っ張られたようにその電線は麟土の体に食い込み離れない。
それが見えているのかいないのか。口元に冷笑を浮かべたバレンシアが、手に持った電線の端に目を向ける。
そして。
「You’re an angel,baby!」
妙に朗らかな最終宣告の言葉と共に、バレンシアの目から手に持った電線の端に、青白い稲妻が放たれた。
そのスパークは、ひときわ大きな火花となってスパークし、そして電線を一瞬にして包みこんだ。
「うぎゃーーーーー!」
その電撃は、電線が絡まったままの麟土の体を容赦なく包み、麟土はマンガのような悲鳴を上げ、全身から電撃を放電しながら飛び上がった。
「チェストオオオオオオオオッ!」
そして、そこに狙い済ましたように、勢いをつけたシデンのとび蹴りが直撃する。
麟土の体は、エアガンの的になった空き缶のように宙を舞い、そして地面に転がった。
そして、電撃が放電し切った後には、コントの実験失敗のような黒こげ姿になった哀れな麟土が、しゅうしゅうと煙を上げながら地面の上に転がった。全身がひくひくと痙攣しているが、起き上がる気配は無い。
「ふぅ」
丸眼鏡をかけなおしたバレンシアが、電線の端を手放すと、電線はそのまま地面へと落ちて行った。
「やったか!?」
バルコニーに着地したシデンが、再び麟土のほうに向き直る。
そして、片足を地面に置いた。
体が沈まない。もう1歩踏み出す。やはり沈まない。
庭は、いつもの地面に戻っていた。
「敵将、討ち取ったりぃーっ!」
シデンは、地面に倒れた麟土のところまで足早に駆け寄ると、拳を天高く突き上げ、宣言した。
「Reallyにbustしたのはミーですけどネー」
そのシデンをベランダから見下ろしながら、バレンシアはそう呟いた。




