14.もののけ全面戦争 その23
「はっ!」
炎雀が手を振るうと、その手元から前の壁に向かって数本の光の線が延びる。
レイカがそれをギリギリでかわす。するとその光の線はそのまま壁に突き刺さった。
そしてその直後。
ばばばばばばばんっ!
光の線が、まるで爆竹をいくつも同時に炸裂させたかのように爆発した。しかもただ破裂したのではなく、その爆発のひとつひとつがまるで花火のように爆音と火花を撒き散らす。
光の線をギリギリでかわしていたレイカにその火花はよけ切れず、着物の上からではあるが火花を被ってしまった。その熱気に、表情の乏しいレイカですら眉をひそめた。
その火花が消えると、光の線も消えており、その先に炎雀が仁王立ちしている。
体制を立て直したレイカは、炎雀に向けて、手に持った氷の包丁の切っ先を向ける。
「ふふふっ、この炎雀をここまで手こずらせるなんて。見事なものですわね」
その炎雀が、拍手をしながらレイカに声をかける。その物言いは、余裕さえ感じさせる。
「放火魔を楽しませるつもりはないのだけれど」
レイカは、切っ先を炎雀に向けたまま、冷静にそう言い返す。
だが、口で言うほど、レイカには余裕がなかった。
製氷のための水が、足らなくなってきたのだ。本物の雪女であれば氷など無尽蔵に生み出せるのだろうが、生憎レイカの正体は冷蔵庫である。製氷用の水が無くなれば、氷が作れなくなってしまう。特に彼女が相手をしている炎雀は火を操るため、応戦するためにはどうしても氷や冷気を使わなくてはならず、水の消耗も激しい。
「でも、あなたは所詮、人の手で生まれた作り物。限界があることを、見抜かせてもらいましたわ」
そしてそれに気がついたのか。炎雀がレイカを指差し言い放つ。
「ですから、そろそろ終わらせて差し上げますわね」
続けて、両腕を左右に広げ、双方の掌を天に向ける。その手の上に、それぞれボーリング玉ぐらいあるオレンジ色の炎の塊が現れた。
見せ付けるかのように、炎雀はその火の玉を自分の頭上でひとつにした。
直後、その火の玉が膨れ上がり、何かを形作った。
それはまるで、羽を広げた巨大な鳥のようだった。その大きさたるや、はるか昔に滅んだ翼竜を思わせるほどだ。
その圧倒的な大きさと熱量は、今まで多少なりとも手加減していたことが判ってしまうほどだ。
「くっ」
レイカの喉の奥から、焦りと手加減されていた悔しさが入り混じった声が漏れる。いつもクールなレイカが、僅かだがあせりを顔に出してしまった。
「さあ、この炎雀の必殺技、鳳凰天舞で、灰になりなさい!」
炎雀が天にかざした手を振り下ろすと、炎の鳥がまっすぐレイカに向かって飛んでいく。
そして、それが爆音と共に炸裂し、視界がオレンジ一色になった。
その光景を満足げに眺め、炎雀が独り語つ。
「レイカさん。あなたの力、中々のものでしたわよ。でも、この炎雀を倒すのは百年早かったようですわね」
そしてどこからかキセルを取り出し、優雅な動きでそれを吸う。
だが、煙を吐いたその時だ。
「やあーーーーっ!」
突然、直径1m以上ある、黒くて丸く、光沢がある何かが、炎のスクリーンを突き抜け、炎雀めがけて突っ込んで来たのだ。
「えっ!?」
あまりに予想外で理解しがたい光景に、炎雀は反応ができなかった。
がんっ。
それが巨大な中華鍋の底だと判った時には、炎雀はその鍋に突き飛ばされていた。
「くはっ!?」
バランスを取り直し何とか転倒を堪えた炎雀は、自分の前に赤いチャイナ服を着て中華鍋と中華お玉を持った女、紅娘が立っていることに気が付いた。
「人んちでなにしてるアルかーっ!」
紅娘が叫ぶと同時に、炎雀の頭をその手に持った中華お玉でボコンと殴りつけた。
「いたっ!?」
「放火は重罪アル!タダおかないアル!」
「きゃっ、ちょ、ちょ、なにっ、やめっ」
「ナニもヤメもないアル!この、この、このっ!」
予想外の反撃に頭を抱えて身を護るしかできない炎雀を、紅娘はまったく遠慮することなくお玉でボコボコと殴ってくる。
「い、いいかげんになさーいっ!」
だが、やがて我に返った炎雀が、腹のそこから叫ぶと、彼女を中心として爆発的な勢いの炎が爆風と共に吹き荒れた。
「アイヤーっ!?」
その爆風によって紅娘の体が吹っ飛ばされ、後ろの壁に背中をしたたかにぶつけて、床に座り込んでしまう。
「この炎雀をぶつなんて、100年早いのですわ!そのお鍋もろとも、完全に溶かしつくして差し上げますから、覚悟なさい!」
その紅娘を、全身を炎で包みながら怒りと恨みが入り混じったような目で睨みつけた炎雀が、指を差して宣言する。
「盗人猛々しいとはこのコトアルな!やれるもんならやてみろアル!」
売り言葉に買い言葉か、立ち上がった紅娘が、テレビゲームの勇者のように中華お玉と中華鍋を両手に構える。
「ただし、少し頭を冷やしてからね!」
だがその時、全く違う方向から声がした。
ばしゃ!
そっちを向いた瞬間。水の塊が炎雀を襲った。
「ひゃああああああ!?」
情けない悲鳴と共に体を包んでいた炎は跡形も無く消え去る。
そしてその視線の先には、洗い桶を構えたレイカがいた。
「そんな!?」
炎雀は目を疑ってしまった。ほとんど力を使い果たしたはずのレイカが、鳳凰天舞を防げるはずがないと思っていたからだ。
実際に炎を受け止めたのは紅娘の中華鍋だったことを、炎雀は知らない。
「もういっちょアル!」
その隙に、紅娘が鍋を振りかざすと、体を一回転させて勢いを乗せ、投げつけた。
「がっ!?」
巨大なフリスビーのようなそれは、うなりを上げて炎雀の肩に命中し、彼女をキッチンの床になぎ倒す。
「ふ、二人がかりなんて、そんなのありですの!?」
「放火魔が文句言うなアル!」
顔を上げた炎雀に、紅娘が蛇口に手を当てて直接水しぶきを飛ばす。
そう。台所には、彼女の力の源である炎や可燃物が豊富にあると同時に、弱点でもある水も豊富にあるのだ。
「ひいいいいいいっ、や、やめてえええええええっ」
立て続けの攻撃に、今度は炎雀が悲鳴をあげた。水しぶきは炎雀に当たると水蒸気となるが、同時に彼女の顔色を悪くしていく。
「じゃあ、次でとどめにしてあげる」
その時、炎雀の耳に、万年雪のように冷たい言葉が投げかけられた。
見ると、レイカがさっき流しにほうりこんだはずの2リットル麦茶ポットを右手に持ち、左手で口元をぬぐっていた。改めて水を補給したのだ。
そして、左手を腰だめに構える。次に何が起きるのか、判ってしまった炎雀はなんとかして逃げようとするが、立て続けに水を被ったせいで体力が入らず、ナメクジのように這うのみだ。
「はああああああああ!」
ごおおおおおっ!
そこに、地の底から響くような轟音と共に、真っ白い塊が襲い掛かった。
「いやあああああああ!」
そして、炎雀の悲鳴は、その真っ白い塊の中に消えていった。
それが収まると、台所は真っ白に雪化粧されていた。そして炎雀がさっきまでいた場所には、その跡を示すようなふくらみが見えるが、動く様子はない。
「ふぅ・・・・・・」
「や、やたアルな」
直後、レイカと紅娘の2人は、力を使い果たしたようにその場にへたり込んだ。
そして、座ったままで、二人は互いの掌を音が出るほどに強く打ち合わせた。