14.もののけ全面戦争 その17
「わ!?」
突然のことにバランスが取れず、俺は一本背負いで投げた状態のまま、そいつと一緒に転んでしまった。
ごん。
さっきも聞いたような音がする。だがあまり痛くは無い。
見ると、俺がさっき背負ったガスマスクの過激派が、大の字になってひっくり返っていた。
変なところでも打ってしまったんだろうか、ぴくりとも動かない。
「はぁ、はぁ、はぁ、な、なんだってんだ」
とりあえず一安心、と気が抜けたところで、俺は自分の体が傾いているような違和感を持った。
正確に言うと、少し傾いた所に座っているような感覚だ。
立ち上がってみると、それがよりはっきりと感じられた。明らかに、バルコニーが庭に向かって傾いている。
まさか、さっき足元がぐらりと揺れたのは、これのせいなのか?
「おこんばんはー、お久しぶりです、将仁はん」
ふと、聞いたことがあるような声で呼びかけられたので、頭をあげる。
バルコニーから5mほど離れたところに、その声の主は立っていた。
そして、俺は、そいつの姿に見覚えがあった。
昔の中国の道士が着るようなだぶついた黄色い服。前に角が生えた四角い帽子。そして鬣のように広がった黄色い髪。
そいつは、バレンシアが暴走した時にコンクリートの壁の中なら現われ、そして壁の中へと消えていったあいつだった。
「あの時は名も名乗らんと帰ってしもてすんまへんな。うち、麒麟の麟土いいますねん」
そいつは、怪しげな関西弁でそんな事を言いながら、親しげに手を振ってくる。
「てめえ、俺んちに何やった!?」
「何って、地盤をちいと緩ましただけですやん」
なるほど、地盤が緩んだから地盤沈下が起きて家が傾いたのか、ってそんなことを言っている場合ではない。
麒麟という名前は、俺も知らなくは無い。ビールのラベルなんかに印刷されている、龍と馬を混ぜたような想像上の生き物だ。詳しいことは知らないが、世の中にいいことがあると現れるらしい。
でも、その麒麟と土気とつながりがあるとは知らなかった。
って、論点はそんなことじゃない。
「てめ、ひとんちになんて事しやがんだ!とっとと戻しやがれ!」
「そら、できまへんな、これがうちの役目やさかい。ほなもちっといきまひょか」
そう言って、その麒麟を名乗る黄色い女は、手に持った棒の先で、足元の地面を突いた。
直後、家が違う方向にまたぐらりと揺らいだ。それは俺が立っているバルコニーも一緒で、バランスを崩して転んでしまった。
「ありゃ、ちゃう方に傾いてしもたわ」
「てっめぇっ!」
人の家で遊んでいるようなそいつの態度に、俺は腹が立った。
それで、思わずそっちに向かって飛び出した時だ。
ずぶん。
着地した足に、妙な感覚が。
見ると、足が、足を置いた芝生と一緒に、泥と化したの中に沈んでいた。
「な、な、なんだこりゃ!?」
「へっへーん、掛かりよったね?」
麒麟のなんちゃらと名乗った黄色い女が、意地悪そうな顔で俺を見ている。
「て、てめこの、うわっ!」
それに余計に腹が立ち、本気で殴りに行こうとしたんだが、両足が膝下まで泥に飲み込まれていて、抜けなくなっていた。くそ、飛び出したのが失敗だった。
それでバランスを崩してしまい、前につんのめって地面に手をついたところ、今度はその手までが地面に沈んでしまった。沈んだと言っても実際はめり込んだ程度だったので、手はすぐに抜くことができたのだが、どうやらうちの庭は、泥沼にされてしまったらしい。
くそ、麒麟ってのは縁起のいい生き物じゃなかったのか。
とりあえずそれ以上沈む様子はないので、なんとか体を起こして身構える。
と、その黄色い女が、地面に沈むこともなく平然と芝生の上を歩いて近づいてきた。