14.もののけ全面戦争 その11
ここでもまた、さっきまではいなかったはずの人が、現れるはずのないところから現れた。しかも、今度は朱雀のなんちゃらと来た。
朱雀っつーのは、陰陽五行の考え方に出てくる奴で、火を司り、孔雀のようなニワトリのような姿の真っ赤な鳥で示される。さっきの玄武のガキ同様、火の中から出てきても良いような気はする。
朱雀のなんちゃらと名乗ったその人は、頭を抱えたままで何かブルブルと震えている。やっぱりさっきまで火の中にいたぐらいだから、お湯でも冷たいのかな。
「・・・・・・よっ・・・・・・」
へ?
「よくもよくもよくもよくもぉぉぉぉぉっ!」
だが、その直後。その女は、そう叫びながら立ち上がると、ガスコンロの上で身構えた。
赤い髪に赤いアイシャドウとか口紅とか、ずいぶんケバい女だな、と思った、その直後。女の全身から、火が吹き出した。それはまるで、ガソリンか何かを頭からまんべんなく被ってから火を点けたかのように、頭のてっぺんから足のつま先までが炎に包まれた人型の火柱と言うにふさわしいものだ。
「よくもこの炎雀を、莫迦にしましたわねえぇぇぇっ!」
その女は、炎に包まれたままヒステリックな声を上げる。そしてそのままガスコンロから飛び降りると、俺のほうを睨みつけて、右手を高く掲げた。そこにひときわ大きな炎が灯る。
自分で間抜けなことをやっといて逆切れされてもこっちは困る。しかもそいつの手には、明らかに危険な巨大な火種があるのだ。あんなのをぶつけられたらヤケドじゃ済まないだろうし、外れたとしても燃えるものに当たれば火事になるのは間違いない。
その時。レイカがすっと俺の前に立ち、身構えた。
そして。
「はあああああっ!」
いつものクールさはどこへやら、気合と共に左手を突き出した。
その直後、ごおおおおおっという轟音とともに目の前が真っ白になり、室温が一気に低くなった。
数秒後、その白いスクリーンが消えたその向こうには、すっかり雪化粧をしたキッチンが、そしてその真ん中に炎雀と名乗った女が、右手を掲げたままで硬直したように立っていた。何があったのか判らないといった表情をしており、そしてなにより体中を包んでいた炎が、右手の火の玉共々すべて消えていた。
「・・・・・・な、なんですの、今のは」
「火の用心」
左腕を伸ばしたまま、レイカはそう言い切った。
「将仁くん」
そして、首だけをこっちに向けたレイカが口を開く。
「鏡介くんは2階にいるわ。ここは私が引き受けるから、早く行きなさい」
その口調は、落ち着いてはいるが、同時に静かな怒りを含んでいる、ような気がした。
「くっ、行かせませんわよ!」
我に帰ったらしい赤い女が、俺に向けて手を突き出す。
すると、その女の手のひらから、オレンジ色の炎の塊が襲い掛かってきた。映画とかで見た火炎放射器を、こっちに向けて発射したかのようだ。こんなのに包まれたら、命はないぞ。
「うわわわ!?」
情けない声が出てしまう。だが、俺の前に立つレイカは妙に落ち着いていた。
そして、自分の口を左手でスっと隠すと。
「フッ!」
その手を退かすと同時に、何かを吹き付けるかのように勢いよく息を吹きつけた。
すると、その息が目の前で白い霧となり、火の塊をかき消してしまったのだ。さすがはリアル雪女、こんなもんでは動じないらしい。
「生憎、火事なんか起こさせるわけにはいかないのよ」
そう言うと、右の袖口から麦茶のいっぱい入った麦茶ポットを取り出し、そしてその場で一気にあおりはじめる。
あっという間に、2リットルはあるはずのポットが空になる。
レイカは空になったポットを流しに放り込むと、軽く口をぬぐった。
「どうしても火事を起こしたいのなら、この氷室怜香をスクラップにしてからにするのね」
その右手は、何かを待つかのように左の袖に差し込まれている。
「・・・・・・・ふふっ」
すると、今度は炎雀と名乗った赤い女のほうが声をあげた。
「ずいぶんと、素敵なことを仰って下さいますわね。たかだか電気冷蔵庫ごときが、朱雀に勝てるとお思いかしら?」
そう言いながら右手に火を宿し、そして円を描くように大きく振り回す。すると、その火が鞭のように引き伸ばされ、そしてその先が床を叩いた。
雪化粧が一瞬で消え、床があらわになる。
「あなたこそ、少し頭を冷やしたほうがいいんじゃないかしら」
だがレイカはそれに微塵も動じることなく、左袖の中から右手で何かを引き抜くと大上段から振り下ろした。
それは、ゆるやかに反り返った、そしていつもより幅が広く厚みもある、氷の巨大包丁だった。
「放火は罪だということ、教育してあげるわ!」
そしてレイカはその刀を構え、炎雀に切りかかる。
炎雀は、それを踊るようなステップでかわす。その軌跡にオレンジ色の火が残像のように残る。
「できますかしら、この炎雀に!」
そしてステップを踏みながら炎の弾丸をばら撒き、炎の鞭を振り回す。
「心配しなくても、全力で教え込んであげるわ!」
それに対抗してレイカは右腕を振るう。袖口からニンジンやナスやトマトが飛び出し、弾丸を打ち消す。そして鞭を氷の包丁で跳ね返した。
なんか、特撮を見ているみたいで圧倒されてしまう。氷と炎のエクスタシーなんていうわけのわからないフレーズが頭に浮かぶ。だがそれは、どんなに間違っても、妙齢の着物姿の女性たちがリアルに繰り広げる光景ではない。
「早く行きなさい!」
ぼけっと突っ立ってたら、レイカにそう怒鳴られてしまい、あわてて俺は2階へと飛び出していった。