14.もののけ全面戦争 その10
「くそ、なんだったんだ」
全力で体を拭きトランクスだけ履くと、俺は脱衣所を飛び出した。
今はクリンが押さえているが、あのガキんちょが本当に玄武だとすると、それに並んでいるのは確か青龍とか白虎とかいう猛獣みたいな奴だから、やっぱり玄武もそれ相応に危険なんだろう。
援軍が必要だ。それも、なるべく水に強い奴が。そうなると鏡介か紅娘、あとヒビキか。りゅう兄もいるが、クリンの裸を見せるのはもったいないというのは冗談で、いくら強くても人間の身でアレの相手をさせるのは危険すぎる。
そして、紅娘は、今頃だとレイカと一緒に夕食の準備をしているはずなので、キッチンに駆け込んだ。3人の中で、もっとも近くにいると思ったからだ。
「あら・・・・・・将仁君、着替えぐらいちゃんとしなさい」
だが、そこにいたのはレイカひとりだった。ガスコンロの前で、だし汁にぶつ切りにした野菜を入れている。かつおだし独特の香ばしい匂いが鼻腔をくすぐるが、今はそれどころではない。
「れ、レイカ、鏡介か紅娘、知らないか!?」
「え?紅娘なら、テルミさんがケイちゃんを連れて、迎えに行っているけれど」
そういわれてみれば、そうだった。紅娘はまだ学校にいるから、醤油とみりんが切れたからスーパーへ行くついでに迎えに行ってくる、って言ってたっけ。くそ、肝心なときにいないな。
「どうしたの、そんな鬼気迫った顔をして」
「き、緊急事態だ、いま、風呂場に、侵入者がいるんだっ!」
「・・・・・・それは、大変ね」
レイカは、驚いているのかそうでもないのかよく判らない返しをしてくる。レイカは素面だと感情表現が乏しいからな。
「それは泥棒かしら」
「あ、いや、それはよく判らないけど」
ただ、冷静で落ち着いているレイカとやり取りをしているうちに、俺自身も落ち着いてきた。
そして、レイカに、今さっき風呂場であったことをかいつまんで話す。
「それで今、クリンがそのガキのことを捕まえているんだが、一人だと大変かもしれないから」
「手助けが欲しいということね。確かに、ほおってはおけないわね」
すると、レイカがこちらに向き直って聞いてきた。
「まだ、その子とクリンはお風呂にいるのかしら?」
「ん、ああ、多分」
「そう。少し待っていて、火を消してくるから」
どうやら、レイカが来てくれるらしい。どうやらあのガキんちょは水を操るみたいだから、氷と冷気をあやつるレイカは相性がよさそうだ。
だが、そのレイカがガスコンロに手をかけようとした、その時だ。
鍋がかけられたガスコンロの火が、不意にボッボボッと妙な音を立て始めたのだ。はて、コンロの調子が悪いのだろうか。
と思った直後だ。
突然、ボゥンッ!という爆発音と共に、ガスコンロがオレンジ色の火柱を吹き上げたのだ。
「!?」
さすがのレイカも、これには驚いたようで、目を見開いて硬直している。
「見つけましたわよ」
そして、その火柱の中から、聞き覚えの無い女の声が聞こえた。気のせいかと思ったが、その火の中に人影が見えた時、それは気のせいではないと思った。
今度は、火の中から、何者かが現れたのだ。さっきの水道の蛇口といい、うちの家具はいつからそんな妙なものが出てくるようになったんだろうか。
「この朱雀の炎雀が」
炎の中に見える人影が、澄ました声でそこまで言った、その直後。
ばしゃ。
目の前に立っているオレンジ色の火柱が吹き飛ばした、鍋とその中に入っていただし汁と具材が、その火の上から降ってきたのだ。
「きゃあああああああ!?」
見事なまでに頭からそのだし汁を被った、その炎の中に見えた人影が、悲鳴をあげる。最後に、アルミ製の鍋がコンという間抜けな音を立てて人影の頭にヒットした。
なんかマヌケな光景だが、これは火の中の人にも予想外だったらしい。だし汁が落ちきると同時にオレンジ色の火は消え、そのかわりに、真っ赤な着物を着て、染めたように赤い髪を冠のように複雑に束ねた女が、頭を抱えてうずくまっていた。




