14.もののけ全面戦争 その9
「いってー!」
ガキがひっくり返った瞬間、俺の周りの水が動くようになった。体が動かなかったのは、やっぱりこいつの仕業だったようだ。
これ幸いと湯船から左手を出し、風呂桶から出ようとしたが。中腰になったところで、また水が固まって動かなくなってしまった。
「やりやがったなー!」
そして、起き上がったガキは、何を思ったのか、俺が入っているお湯の表面を、自分の拳でぶん殴った。
悔しがっているのかと思ったが、その直後、バカンという音が天井から聞こえた。見ると、天井が1箇所凹み、そして、その天井から水がポタポタと落ちている。
何があったのか、それはすぐに判った。
ガキが再び水面を殴った直後、目の前の水面が盛り上がり、そして塊となって天井目掛けて飛んでいったからだ。
とっさに上体を反らせてかわした直後、その水の固まりは、バカンという音とともに天井にぶちあたり、天井をまた凹ませて水しぶきをばら撒く。
「てめーよけんな!あたらねーじゃねーか!」
「バカ言うな、当たったらいてえだろが!」
実際には、当たったら痛いどころじゃないのだろうが、売り言葉に買い言葉でそう口走ってしまう。
「うるせー!だったらつぎはこれだこのやろー!」
玄武のガキは、そんなことを言うと、突然頬を膨らませた。
「ぶっ!」
そして、何かを吹き付ける。反射的に体を右に倒すと、俺の頭があったところを何かが通り過ぎていった。見ると、タイル張りの壁に銃弾でも打ち込んだかのように、タイル張りの壁が一部砕けている。
「てっ、てっ、てめえっ!殺す気か!」
思わずガキに怒鳴り返す。このガキがさっきからやってることは、どう見ても俺を殺しにかかっているものなので、今更といえば今更なことだが。
当然のごとく、ガキは返事のかわりにたてつづけにその何かをこっちに吹き付けてくる。まさか唾や痰じゃねえだろうな。
「てめー、なんでよけんだよ!にんげんのくせに!」
「人間じゃなくたってよけるわい!」
紙一重でかわし(必死になれば結構なんとかなるもんである)ながら、反撃か脱出のチャンスを狙う。隙がないわけではないが、足腰が固定されているせいでパンチも届かないのだ。
くそー、誰か助けてくれー!
と口には出さないがそう思っていた時だ。
「あらぁ?」
その場にそぐわない、のんびりした声が聞こえた。
見ると、玄武と名乗るガキの後ろに、いつの間に入って来たのか、すばらしいプロポーションをした銀髪の女が、素っ裸で立っていた。
「うわ、クリン、なんでお前!?」
思わず叫んでしまう。
だが、その突然の登場に驚いたのは俺だけじゃなかった。
「な、な、な・・・・・・」
素っ裸のクリンを見た玄武のガキも、顔を真っ赤にして硬直してしまったのだ。どうやらこいつは、女の裸に免疫がないようだ。
「あらあらぁ、どちらさまですかぁ?」
一方のクリンはというと、全く動じる様子が無く平然としている。
ふとその時、下半身に感じていた圧迫感が無くなっていることに気が付いた。試しに力を入れてみると、さっきまでコンクリートにでも埋まったかのように微塵も動かなかった足腰が動くようになっていたのだ。
玄武のガキの注意がクリンに向いているからだろうか、このエロガキめ。だがこれはチャンスだ。
「クリン!取り押さえろ!」
とっさに俺は、クリンに向かってそう叫んでいた。
「へっ?」
さすがに叫んだらガキも反応したが、次の瞬間にはまたクリンのヌードを見て硬直してしまう。
「はぁい、捕まえましたよぉ♪」
そして、げんぶのげんすいと名乗っていたそのガキは、逃げようとでもしたのか後ろを向いたところで、クリンにあっさりと抱きすくめられた。
「この子、誰ですかぁ?」
硬直しているのか脱力しているのか、耳まで真っ赤になりながら微動だにしないそのガキをぎゅっと抱きしめたまま、緊張感のない声でクリンが聞いてくる。
「俺もよく判らん、そこの蛇口から出てきた」
と、そいつが出てきたらしい、ざばざばとお湯を出し続ける蛇口を指差す。
その時になって、俺は水を出しっぱなしだったことに気がついた。すでにお湯は風呂桶からあふれて床に流れ落ち、そして排水口へと勢い良く吸い込まれている。
あわてて俺はその蛇口を止めると、そのまま風呂桶から飛び出した。
「クリン、ちょっと待っててくれ。助けを呼んでくる」
「あ、この子、どうしましょおかぁ?」
「ん、とにかく、捕まえていてくれ、逃がすんじゃないぞ」
「はぁい、わかりましたぁ」
タイルがいくつも割れ、天井にはでかい凹みができて亀裂が走っているという散々たるこの風呂場の状況に似合わぬクリンののんびりした返事を聞きながら、俺は風呂場を飛び出した。