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もののけがいっぱい  作者: 剣崎武興
14.もののけ全面戦争
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14.もののけ全面戦争 その8

「ふぃ~・・・・・・」

まだ夜もさほど更けていないのに、俺は風呂に入っていた。

今日は、本当に疲れた。

ラーメンは結局スープも残さずきれいにたいらげてしまったのだが、その後が大変だった。

あの後、すぐに役所へ行って色々な書類の届け出をしてから、ほとんど休み無しで税務署やら何やら、中には生まれてこの方行った事がないようなところまで行くことになり、緊張したり混乱したりで、本当に大変だったのだ。

事務的手続きや交渉ごとなんかは全部常盤さんがやってくれる(こういう姿を見ると、本当に優秀な弁護士さんなんだなと思う)のだが、書類の中には直筆でなければならないようなものが結構あり、それに、手続きについて説明される(説明することが義務らしい)ことも意外に多く、そういうときはやっぱり聞き流すわけにもいかないので聞いてしまう。そうやって自分なりに真剣に向き合うと、慣れないこともあり余計に疲れる。

というわけで、今日は帰ったら仮眠でも取るか、と思ったんだが、それだとうちのモノたちに「汚なー い!」と言われるのがオチなので、風呂を沸かして、今まさに湯船に漬かっているところだ。

風呂といえば、最近わかったことだが、うちのモノたちも風呂には入っているらしい。もっともそのほとんどが湯船に漬からないでシャワーとかで体を洗うだけというカラスの行水で、湯船に入るのは俺と鏡介、そしてクリンぐらいらしい。

俺だって健全な若人だ。入浴シーンを覗きたい、と思ったことがないわけではない。ないのだが、いざ事に及ぼうとすると必ず邪魔が入る。うちは頭数が多いから誰かに見つかるなんてことはよくあることで、たまたま誰にも会わなかった場合でも、入っている奴が邪魔するのだ。たとえばノブに手をかけようとしたその直後に自分の部屋に戻っていたり(常盤さんが時間停止をして、俺を運んでいるらしい)、ドアノブに手をかけた直後に「ダメ!」という声が頭の中に聞こえたり(ケイのテレパシーもどきだ)、あるときなんかドアだけが凍結して全く動かなかった(レイカの仕業だ)りする。

もとがモノだって知っているから、ダメだったら「モノの入浴シーンだから別にいいや」なんて諦めてしまうのだが、これがシンイチやヤジローだったら何度でもチャレンジするんだろうな。

「まあ見たいのは判るけどなー、見るだけじゃーなー」

湯船に肩まで漬かり、誰に言うでもなくそんなことを口走る。

「もうちょっと熱くするか」

なんかこのままでは風呂の中で寝てしまいそうだったので、蛇口をひねってお湯を出す。

蛇口から勢い良くお湯が出てくる。そのお湯が変だと気付いたのは、それからまもなくだった。

色が黒っぽいのだ。墨汁のように真っ黒ではなく、いわゆる薄墨ぐらいなのだが、間違いなく黒い。

なんだこれ!?と思い、蛇口を閉めようと思った。

が、今度は体が動かない。湯船に漬かっている部分が、まるで縛り付けられたようにぴくりとも動かないのだ。湯船から出ている部分はまだ動くのだが、蛇口に手が届かない。

なんか、テレビで見たホラー映画のワンシーンが思い浮かぶ。ちょっと待て、いつのまに俺はホラー映画の世界に入り込んだんだ。

そうしているうちに、黒いお湯はじゃばじゃばと風呂桶に入ってくる。

なすすべもなく風呂桶のお湯が黒く染まり、あふれそうになった、その時だ。

湯船一杯に広がっていたその黒いお湯の、「黒」の部分が、すぅっと俺の前に集まりはじめたのだ。墨ってのは本当は黒い液体ではなく、非常に小さな粒が水の中に浮いているというが、言うなればその粒が1箇所に集まり始めたといった感じか。

いずれにしろ、気味が悪いのには変わりがない。なんとか離れようとはするが、風呂の湯に漬かった部分はまるで固まったコンクリートの中にいるみたいに全く動かない。

「んがあああっ!」

それでも何とか動かそうと、腹に力を入れた瞬間。

ぶぉ。

腹の中から、ガスが出てしまった。変なところで緊張感がねぇな、オレは。

そしてそのガスで出来た泡が、目の前で水面まで上がってきて弾ける。

だが、事態はそれで収まらなかった。

その直後、今度はざばああああっと、目の前に水柱が立ったのだ。

「ぶはぁ!?」

いきなり水をぶっ掛けられ、俺は面食らう。なにしろ動くのは右手だけだ。俺はその水柱、風呂だからお湯柱か、とにかくそのしぶきをモロにかぶってしまった。

「な、な、な、なんだ!?」

だが、その水しぶきをぬぐった時、俺はそこに見覚えのないヤツが湯船から飛び出していくのが見えてしまった。そいつは洗い場に下りるとげほげほと激しくむせ返っている。

それは、ケイよりちょっと年下ぐらいの、やんちゃそうなガキだった。全体的に痩せてて色黒で、髪は真っ黒でぼさぼさ、やはり黒で膝丈ぐらいの少々ボロいズボンを履いており、上半身は服というよりは黒いロープ、というか平べったく編んだ細い帯みたいな長~い紐を幾重にも巻きつけている。そして背中には、表面が黒光りしている以外はどう見てもでっかい亀の甲羅みたいなものを背負っている。

そしてそいつは、本当に危険なものを手に持っていた。何か黒い棒みたいなものを持っていると思ったら、その棒は鋭く光る尖ったヤリみたいなものだったのだ。

「てっ、てめーっ、なにしやがんだーっ!」

突然風呂に現れたそのガキは、むせるのが落ち着いたと思った直後、くるっと振り向き、手にしたその棒、いや、ヤリを俺めがけて振り下ろしてきたのだ。

「どわぁっ!?」

その切っ先が俺の頬をかすめ、壁のタイルに突き刺さる。

突き刺さった部分を間近で見ると、その銀色の穂先は蛇の頭みたいな形になっていて、口から出た舌の先が2つに分かれて伸びている。そしてその先が、壁のタイルにまっすぐ突き刺さっているのだ。タイルのほうは、そこから亀裂が入って真っ二つに割れている。

「あ、あ、あぶねーじゃねーか!」

足があるってことは、幽霊じゃないようだが、風呂に入るのに服を着たままでそんな凶器を持って入ってくるって、一体なんなんだ、このガキは。

「うるせー!いきなりひとのがんめんにへなんかかましやがってー!ゆるさねー!」

そいつはそんなことをわめきながら、タイルをかち割って突き刺さったヤリを壁から抜こうとする。

「おいこら、ガキ!そんなあぶないもん振り回しちゃダメだって親から教わってねーのか!」

そんな物騒なもんをまた振り回されては非常に危ないので、動かせる右手でそのヤリが抜けないよう押さえつける。とはいえ、動かそうにもびくともしないから、そんなことしなくても抜けないのかもしれないが。

「うるせー!くっせーへぇしやがって、はなしやがれー!」

すると、その黒いガキんちょはまた湯船に入ってきて、水しぶきを挙げながらボカスカと殴る蹴るしてきやがった。このガキ、俺が動けないのをいいことに好き勝手しやがって。

ふと、俺が動けない風呂桶の水の中でなんでこいつはこんな元気に動けるのだろうという疑問が浮かんだ。

だが次の瞬間には、俺を殴る蹴るするこのクソガキに対する怒りに変わっていた。

「いいかげんにしろこのガキ、怒るぞコラ!」

「オレはガキじゃねー、げんぶのげんすいだ!」

そのガキはそんなことを言ってくる。

玄武っつーのは陰陽五行で水を司るもので、蛇がからみついた亀の形で表わされる。なるほど、そういえばこのガキが背負っていたのはどう見ても亀の甲羅だし、この壁に突き刺さったヤリの先端は蛇みたいだ。玄武を擬人化したら、こんな感じになりそうだ。

俺しかいない風呂桶から出てきた時点でなんとなくは判っていたんだが、やっぱり、このガキは人間じゃないらしい。

「うりゃ!」

「ぐひゃ!?」

いい加減腹が立ってきたので、一瞬だけヤリから手を離し結構本気の水平チョップを食らわす。それは、玄武だと言うガキのこめかみにヒットし、ガキはひっくり返って湯船の中で水しぶきを立てる。

ヤリは壁に刺さったままだが、良く見るとそのヤリの尻のほうには、黒くて平べったい紐がつながっていて、それがガキの体に繋がっている。つまり、こいつが体に巻いているヒモの先にこのヤリがついているのだ。

つーことは、この風呂桶から出ることができれば、俺はこいつから逃げられるのではないか?

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