14.もののけ全面戦争 その7
「腹ごしらえ、しませんか?」
繁華街を歩いていると、先を歩いていた常盤さんがくるっと振り向いてそんなことを言った。
あの後、家についたら、常盤さんが門のところで待ち構えていて、「時間がないから」と俺をそのまま回れ右させたのだ。
そのため今日はまだ昼飯を食ってない。当然腹は減っている。
だから、レイカには悪いと思いながらも、その誘いに乗らないわけにはいかなかった。
「いいっすねえ、どこ行きましょうか?」
「ここにしましょう」
常盤さんが間髪を入れずに指差したのは、一軒のラーメン屋だった。
「ここ?」
「あら、将仁さん、ラーメンはお嫌いですか?」
「いや、俺はラーメン大好きですけど、常盤さんがラーメンを食べるなんて予想外だったもんですから」
「ふふっ、こう見えても、私は麺類には結構うるさいんですよ。ほら、麺の細長い形がぐるぐると巻いているのが、ぜんまいみたいでしょう?」
常盤さんはメガネを直しながら笑顔でそんなことを言う。まあ、強引といえば強引だが、食べ物でそういう細長いものといったら確かに麺類だわな。
だが、同じ麺類でも、そばやうどんといった和麺とか、あるいはパスタなんかのほうが常盤さんには似合うと思う、のは勝手だろうか。
「らっしゃーせーっ!二名様ご来店でーすっ!」
店に入ると、やけくそ気味に聞こえなくも無い店員の声が、客同士の雑談を掻き分けて耳に響いてきた。
決して広くない店内は、昼飯時は過ぎているのに結構ごった返している。待合席にも座れず、立って待っている人までいる。
「ここのねぎ味噌ラーメンは絶品ですよ」
待合席の横に常盤さんと並んで立っていると、聞いてもいないのに常盤さんがそんなことを言ってくる。その口調も、いつになく楽しそうだ。
「ネギラーメンって、唐辛子とか豆板醤とかで辛く味付けしているのが多いですけど、ここのネギはそれとは違うんです。独自のスパイスとごま油で味付けされていて、まろやかで美味しいんですよ」
「チャーシューは1枚が大きくて、また厚いんですよ。スープと一緒に寸胴にいれて煮て作るから、チャーシューと言うよりは煮豚に近くて、やわらかくてそれがまた美味しいんです」
「スープのベースは鶏がらと豚骨のミックスで、昆布や炒り子も入っていて奥深いんですよ」
「サイズは大中小とあってですね。小は麺が1玉、中は2玉、大は3玉になるんです。昔はチャレンジメニューで5玉っていうのもあったのですが、チャレンジ達成率が高くて採算が取れないから中止にしたんですって」
などなど、この店のラーメンについてのウンチクをノンストップで語り続ける常盤さんの姿は、なんか妙にキラキラして見えた。もしかしたら、常盤さん、弁護士になっていなかったらラーメン屋になっていたんじゃないだろうか、と思うほどだ。
やがて時間が経ち、カウンター席に座った瞬間、常盤さんは速攻でねぎ味噌ラーメンを頼んでいた。しかも麺は固めにとか、スープは脂多めにとかまで何の迷いも無く頼んでいる。確実に何度もここに来ているのが判る。
俺は大サイズのチャーシューメンを頼んだ。単純に、腹が減っていて、肉が喰いたいと思ったからだ。何しろ最近のうちの食事は、レイカによる栄養管理が行き届いているため、肉より魚が多いのだ。確かにレイカの作る料理は絶品だし文句はないんだが、でも俺だって現代の伸び盛りな男児だ。たまにはガッツリ肉が喰いたいときもある。チャーシューが大きくて厚いと聴いた瞬間、俺はその魅力に抗うことができなかった。
それからまたしばらく経って。待ちかねたラーメンが運ばれてきた。
「おおっ!?」
それを見て、あまりの大きさにちょっと驚いてしまった。さすが麺3玉だ、器がどんぶりというよりはバケツかすりばちのようにでかい。それに加えて、常盤さんの言うとおりチャーシューもでかい。匂いにつられてグーグーやかましく鳴いていた腹の虫が、現物を目の前にしてついに胃袋の内側を齧りだしたような感じさえする。
「おっしゃ!いただきますっ!」
いつものように合掌し、割り箸を持って、コショウをふりかけようと、コショウの缶をどんぶりの上に持ってきた瞬間。突然、そのコショウの缶が、俺の手の中から姿を消した。
ちょっと横を見ると、そのコショウの缶はなぜか俺が掴む前にあった場所に置いてある。
「全く口にしないうちにコショウをふっちゃ、だめじゃないですか」
そして、なんかよく判らないが怒っている常盤さんがそこにいた。
このパターンは、常盤さんが時間を止めて俺からコショウの缶を取り上げたに違いないんだが、何で怒っているんだろう。
「将仁さんはここのラーメンは始めてなんですから、まず一口食べて味を確かめてから、味を調整するべきです」
なんかよく判らないまま、常盤さんに怒られてしまう。
しょうがないので、一口ズルズルとすすってみる。うん、確かに旨い。常盤さんがあれだけ熱弁するのもわかる。昆布や鰹節の風味ってのはいまいちよく判らないんだが、ちぢれた中太麺とそれに絡むこってり濃厚なスープは、確かに素敵な味わいだ。
でもやっぱりスパイシーさが足りないような気がしたのでコショウの缶に手を伸ばすと、こんどは常盤さんも文句を言わなかった、
どうも、作者です。
お待たせして申し訳ありません。
次回(その8)からバトルが始まります。