13.ついに実力行使 その18
「で、話ってなんなんだ?」
その晩飯の席で、鏡介が俺に「話しておきたいことがある」と言ってきたので、その飯が終わって一息ついたところで改めてそのことを鏡介に聞いてみた。
すると、鏡介のやつが「みんなにも聞いてほしい」と言い出したので、片づけがひととおり終わったリビングに集まってもらうことにした。
「話ってのは他でもありません、今日の事件についてです」
そして、みんなの視線が集中する中、鏡介が口を開いた。
「実は俺、その黒幕らしい奴を、あの廃工場で見かけたんです」
黒幕、という言葉を聴いて、その場にいたモノたちが一瞬ざわついた。
そして、鏡介は、その「黒幕」を見た時のことを話してくれた。
「さてと、ここはどのへんかな」
鏡から飛び出した鏡介が、まわりを見回す。
そこは、暗い部屋だった。どうやら手洗い場のようだが、明かりになるものが無いので詳しくはよく判らない。
そこで鏡介は、すっと右手を掲げた。すると、指先に白い光が灯る。さっきまで何度かぶっ放していたビームの、発射前状態だ。
その白い光が照らし出した光景は、やはりトイレの手洗い場だった。とはいえ、使われなくなって長いらしく、天井の蛍光灯は残らず割れ、洗面台には砂埃が積もり、床にはそれにいくつか足跡が残っている。
そして、人の気配は全く無い。
「こりゃ、ハズレかな」
空いた左手でぽりぽりと頬を掻く。今の彼は囮なので、見つからないと意味が無いからだ。
だが、その時。鏡介は、誰かの話し声を聞いたような気がした。
少なくとも、誰かに見つかれば囮にはなる。そう考え、彼は通路に出た。
通路は、トイレよりまだ比較的明るく、光が無くてもあたりの様子が十分伺える。そして、どうやら移動前にいた建屋とは違うらしいことが見て取れた。
別の建物にいるってことは、関係ない連中なんだろうか。だとしたら、驚かせてしまうかもしれない。それとも、たまたま違う建物のほうにいただけの仲間か。
いずれにしても確認してみなければ。そう考えた鏡介は、その声がするほうに目を向けた。
すると、こうこうと明かりがついている部屋が通路に面しているのが見えた。声はそこからしているらしい。
「・・・・・・か」
「す・・・・・・・さん・・・・・・」
少し進むと、だんだんとその声が大きく、はっきりと聞き取れるようになってくる。
そして、その声の主がどうやら複数で、会話をしているらしいことがわかった。
少し開いていたドアの隙間から中をのぞくと、ニット帽を被った頭の悪そうな男が、手に持った携帯電話に向かって何か怒鳴っているのが見えた。
「あの携帯電話もかわいそうだな。あんな乱暴に使われて」
鏡介の口から、そんな言葉が漏れる。一番身近な携帯電話であるケイは、将仁に可愛がられているので余計にそう思ったのかもしれない。
実際はそんな親密な関係のほうが珍しいことは鏡介もわかっているのだが、モノの立場としては丁寧に扱ってもらいたいと思う。
「ずいぶんと、苦戦しているようだな」
そこに、ニット棒の男とは別の声が聞こえた。
「いや、すぐ見つかりますって」
すると、ニット帽の男は携帯を耳に当てながらも、その声の主へヘコヘコと頭をさげている。その様は、いかにも不良な外見にはおよそ似つかわしくない。
どうやら、こっちのニット帽の奴は、将仁を誘拐した実行犯のリーダーらしい。
とすると、そいつが頭を下げているのは、それを指示した奴なのだろう。
「ところで、お前たちが追っている奴は、本物だろうな」
「今回は間違いありません。学校から出てきたところをツケさしましたから」
「学校に偽者が行っているという考えは無いのか?」
「えっ・・・・・・あ、いや、それは」
「ふん、まあ、直接助けに乗り込んでくるぐらいだ、偽者だったとしてもそれなりには大切な奴なんだろう」
中にいる連中は、自分に気付いていないらしい。
俺達にこんな苦労させるそもそものきっかけを作ってくれやがったそいつは一体どんなツラをしているのか。そいつの顔が見えるように、覗きながらちょっと場所を動く。
「あいつは!?」
だが、その男の顔を見た瞬間。ありのままを映す鏡としてはあるまじき事ながら、鏡介は自分の目を疑った。
鏡介は、そこに座っている人物を、見たことがあったからだ。
「・・・・・・六角隼人・・・・・・」
そこにいたのは、服装こそ違うが、クローディア主催のパーティーで一度だけ会ったことがある、西園寺家の補佐だと言っていた男、六角隼人その人だったのだ。
「・・・・・・なるほど」
そしてその時、鏡介の頭の中で一つの推論が成り立った。
引っ越す前から、自分たちの生活を脅かしてきた存在。あいつはその頂点かもしくはそれに近い立場にあり、それを指示しているのだろう。
この前は西園寺の味方のような顔をして近づいて来たが、やはり、あいつは、敵なのだ。
そして鏡介は、さらに恐ろしいことを考えていた。
「あいつを殺しておけば、将仁さんを狙う奴は無くなる。そうすれば将仁さんも、うちのみんなも、安心して暮らせるはずだ」
その鏡介の右手に、さっきより大きな光が集まる。さっきの光が豆電球程度であったとすれば、今の光は言うなれば車のヘッドライトだろうか。
鏡介自身、まだその「光」の威力については完全に把握できてはいない。今日、この場に来るまで試す機会がなかったためだ。だから今、ここにある光を叩きつけた場合の威力がどの程度なのかも分からない。だが、ただではすまないだろうとは予想できた。
そして鏡介は、それを実践するために扉に手を伸ばした。
が、扉に触れるか触れないかというところで、鏡介の手が止まった。
六角隼人を殺した、その後のことを考えたためだ。
確かに今ここで六角隼人を殺しておけば、当面はしのげるかもしれない。だが、そうは言っても、人を殺すという行為はそれだけで普通にとんでもない話だ。
自分が罪を被るならまだいい。だが、幸か不幸か、自分は将仁さんと同じ姿をしている。だから、事情を知らない奴が見たら、将仁さんが人殺しだ、と思われ、罪に問われる可能性も無いとはいえない。
それに、今の自分の役目は、将仁さんが無事に逃げ出すまで、連中の注意をひきつけることだ。むやみに蹴散らすことじゃない。
そう思い直した鏡介は、右手に集めていた光の塊を、まだ誰の気配もない通路の先へと思い切り投げつけた。
ずどどおおおおおおん!
光が床に触れた瞬間。カメラのフラッシュを同時に100個ぐらい焚いたような強烈な光とダイナマイトでも爆発したかのような轟音、そして地震のような衝撃と振動が建物を大きく震わせた。
「おわっ!?」
舞い上がった砂埃が消えたとき、光に包まれたその場所は完全に様変わりしていた。天井も壁も床もまるで抉られたように砕け散っており、そのかけらが天井からパラパラと落ちてきている。
放った鏡介自身、その予想以上の衝撃に吹っ飛ばされ、砂埃の積もった床に投げ出されて、唖然とその光景を眺めている。
あれをもし、そのまま六角隼人にぶつけていたら。肉どころか骨まで粉々に粉砕された、かつて人間であったものの姿を想像し、さすがの鏡介もぞっとした。
そして、鏡介がぶっ放したそれは、壁をはさんだむこうにいる奴らにも衝撃を与えた。
「なっ、なんだ今のはっ!?」
「なんか爆発したぞ!?」
野郎どものなさけない悲鳴が上がった後、部屋の中が瞬時にあわただしくなった。
当然だ。あれだけ派手なことをやれば、目立たないはずがない。
そして、その怒号で我に返った鏡介は、あわてて立ち上がると、自分が崩した通路とは反対の方向へと再び駆け出した。
「その後しばらくしてから、もう一度様子を見に行ったんですが、そん時にはそいつらはもうどっかいなくなってました」
最後に、鏡介はそう締めた。
確かに、そいつは黒幕っぽい。
俺は、正直、六角隼人という人物がどんな奴なのかは知らない。西園寺の元を離れるようになった経緯などについてはこの前聞いたし、それが原因で西園寺を目の仇にしているのかもしれない、というのも聞いたことがある。
もっとも、さらにそいつをそそのかした真の黒幕がいる、なんているゲームみたいな展開もなくはないような気もする。そういえば、六角は近衛の開いたパーティにいたらしいから、もしかしたらクローディアの奴がその真の黒幕なのかもしれない。
「むぅ、口惜しい。我であれば股関節脱臼ぐらいにはしてくれたものを」
なんかシデンが物騒なことを言っている。そんなことをしたら過剰防衛だぞ、おい。
「でも、将仁さん。これは、もしかしたら、チャンスかもしれません」
その時、常盤さんが予想外なことを口にした。
「今回のケースは、鏡介さんのおかげで、六角の家が関わっていることが明らかとなりました。かつては最も西園寺の近くにあった家柄、西園寺の内情にも精通していましたから、西園寺家自体に働きかけることが容易だったことも想像に難くありません」
「But, Miss Tokiwa. That’s ただの circumstantial evidence(状況証拠)だとミーはthinkするデース。これでハ、ミーたちがtake a legal action(法に訴える)してモ、I can't make them to guiltiness(有罪にできない)デース」
「ええ、確かに私もそう思います。ですが、見方を変えれば、今まで隠してきた尻尾を見せたということです。おそらく、将仁さんが遺産を相続することを知って、六角家側も焦っているのでしょう」
つまり、今まではなるべく秘密裏にやってきたが、もうなりふり構ってられないってことか。
とはいえ。
「めんどくせぇなぁ」
というのが俺の正直な気持ちだった。
下手すりゃ俺になる精子ができる前から西園寺の遺産を狙っていた、六角家。誘拐が失敗したからと言っても、そう簡単に諦めはしないだろう。それはつまり、また何かやらかしてくるということだ。
そして、家を継いだ以上、俺は西園寺の名を潰させるわけにはいかない。いかないんだが、そのためにはこれからも六角の連中を相手にしなきゃならないのだ。
ちょっと前までただの高校生だった俺には、はっきり言って荷が重い。
でも、こいつらがいれば、必ず乗り越えられる。確信のような気持ちが、俺にはあった。
「なんかあったら、その時は、よろしく頼む」
そして、俺は、みんなに、そう声をかけていた。