01.それは1本の電話から始まった その3
「今日は何にするかなぁ」
放課後、というより部活が終った後なんでもう夜に近いころ。俺はほとんど毎日のように通っている定食屋に向かっていた。家とは反対方向で、駅前大通りからはちょっと路地を入ったところだが、安くて美味いしなによりボリュームがあるので一人暮らしあーんど育ち盛りの俺には非常にありがたい店だ。
そして、角を曲がったらその店が見える、というところで、突然、携帯が鳴り出した。
取り出してみると、画面には見覚えの無い番号が点灯している。
「もしもし、真田将仁さんでいらっしゃいますか?」
誰だろうと思いながら通話ボタンを押すと、聞いたことの無い女の人の声が聞こえた。落ち着いた、品のいい声だ。
「はい、そうですが、どちらさまですか?」
「ああ、よかった。申し訳ありません。私、弁護士の常盤花音代と申しますが、少々お時間、よろしいでしょうか?」
俺が答えると、電話の向こうの声はなんだか安心したような口調になった。
だが、こっちはその一言で一気に不安になってしまった。
なんでって、弁護士だぞ?普通の高校生には縁があるはずもない人だぞ?
なんでだ?家賃も学費もちゃんと払っているぞ、もとい払ってもらっているぞ。まさか、親父が事故ったとか夜逃げしたとかいうんじゃないだろうな?それとも、兄貴が何か訴えられたのか?
色々と不安になってくる。
「あ、あのー、何か、あったんでしょうか?」
「何か、とおっしゃいますと?」
「あ、ですから、うちの誰かが事故ったとか」
だが、それに対する答えは、俺の想像を超えていた。
「いいえ。私は、将仁さんのご実家のことではなく、あなたご自身に用があって、お電話を差し上げたのです」
「へっ!?お、俺ぇ!?お、俺、なにもしてないっすよ!?」
なんで俺!?俺、何かやった!?何をやった!?
「そんなに取り乱さないでください。ほら、ひとつ大きく深呼吸して」
電話の向こうの声に従い、俺は大きく深呼吸する。ちょっと落ち着いたが、それでも俺が弁護士の世話になる理由は思い当たらない。
「どうですか?少しは落ち着きましたか?」
「は、はい、あ、そうじゃなくて、あの、弁護士さん?」
「何でしょう?」
「お、俺、何かやったんですか?」
「いいえ、心配しないでください。将仁さんは、まだ何もされていませんから。話というのは、今までのことではなくて、これからのことです」
電話の向こうの声は、ちょっと楽しげにそんなことを言ってくるが、余計にわからん。進路決定ってことはないだろう、先生ならともかく、弁護士がそんなもんで電話してくるわけがないし、そもそも理系志望の俺の進路予定には弁護士なんてカケラもない。
・・・・・・もしかして、どっきりか?どっかで隠し撮りしているのか?
「あらかじめ言っておきますが、これはいたずらでも冗談でもありません。まじめな話ですよ?」
すると、すかさず釘を刺すような言葉か電話の向こうからした。
な、なんだこの女!?俺の考えを、電話の向こうから読んでいるのか?
「・・・・・・ええっと・・・・・・」
答えられないでいると。電話の向こうの声もちょっと困惑気味になってきた。
「将仁さん、混乱されているようですので、落ち着いたころにご連絡をいただけますか?」
「は?」
すると、電話の向こうの声は一方的に切り上げるようなことを言ってきた。
「携帯電話でしたら履歴を追うことができると思いますので」
「あ、あの、ちょっと」
「大丈夫ですよ。私でしたら、24時間、いつ連絡を下さっても」
「いや、そういうことではなく」
「あぁ、その点もご心配なく。この電話のことが忘れられなくなるよう、今から手を打ちますから」
「え?え?あ、あの、どういうことですか?」
「澳津鏡 辺津鏡 八握剣 生玉 足玉 死返玉 道返玉 蛇比礼 蜂比礼 品物比礼 布瑠部由良由良止布瑠部」
「へっ?」
な、なんだなんだ?なんかの呪文か?
「では、お電話のほう、お待ちしています」
チン。
昔の黒電話を切ったみたいな音がすると、プープープーという音だけが聞こえてきた。
何だったんだ、今のは?勝手にかかってきて勝手に切れた、そんな感じだ。
念のためにもしもーしとか言ってみるが返事はない。これは間違いなく切れている。
「なんだろう?」
携帯を耳から離し、一瞬だけ画面を見る。やっぱりそこには通話終了を示す絵が表示されている。
俺は、終了ボタンを押すと、ぱたんと携帯を折りたたむ。
それが、ありえない世界を開く鍵とも知らずに。
どうも、作者です。
どこまで引っ張るんだ!とお怒りの方もいらっしゃるかもしれません。
断言します。次回には擬人化が出ますので、どうかお待ちください。