13.ついに実力行使 その14
盗んだバンに乗せられてしばらく走っていると、周囲に建物が増えてきた。歩くと遠い30kmだが、車で走るとあっというまだ。
だが、それでももう完全に夜だ。この時間じゃもう役所とかは閉まっているだろう。
そんなことを考えていると、車は商店街の通りに入ってきた。商店街と言ってもこのへんはいわゆるシャッター商店街で、しかも夜だから開いている店なんか1件もない。それに加えて、近いうちに区画整理がされるそうなので、もぬけの空な店も多いらしく、実際に取り壊し中な所も見られる。
それにしても、人気がまったくない町並みというのは、どうしてこう不気味なんだろう。
「あいつら、本当に無事なのかなぁ」
カーステレオから流れる、初めて聞くような情報番組を聞き流しながら、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。
「多分、大丈夫アルよ。撤退の合図は全力で送るしたアルね」
紅娘が、後ろの座席から身を乗り出して声をかけてくる。
まあ、屋外にいたヒビキやシデンには聞こえただろうが、鏡介にはとどいたんだろうか。あいつのアレ、光線技は、使うと爆発音が出るからそれで聞こえなかったとかいうオチじゃないだろうな。
うん、ありうる。あいつ、必要以上にビームぶっ放しながら逃げ回っていたもんな。
「鏡介お兄ちゃん、よっぽどビームが撃ちたかったんだね」
「テロもびっくりってか」
「鏡介さんをテロリスト呼ばわりするのは、ちょっとひどいのではないでしょうか?」
あたりを包む不気味さを少しでも緩和しようと、誰とはなしにくだらないおしゃべりをはじめる。
その時だ。
ぱぁんっという破裂音が鳴り響き、突然、車ががくんと傾いた。
「きゃあっ!?」
そのまま、視界が大きく蛇行をする。
「ひえええええええっ」
テルミが彼女らしからぬ声を上げながらハンドルを切るが、今回はそれが裏目に出て、ワゴンがスピンしてしまう。
「うわあああああああっ!」
「きゃあああああああッ!」
「アイヤアアアアアアッ!」
リアルでスピンする車になんか乗ったことがないので、シートにしがみつきながら悲鳴をあげるしかできない。
そして。
どんっ、ぼふっ!
何かにぶつかり、テルミの顔がエアバッグに埋まって、車はようやくスリップを止めた。
「お、おい、みんな、大丈夫か?」
車が停まったと判って、それから20ほど数えて、それからようやく声をかける。
「うきゅう、無事ナイナイアルぅ~」
最初に返事があったのは。俺の足元でひっくり返っている紅娘だった。相変わらずシートベルトをしていなかったらしく、急停止した時に後ろから座席を飛び越えてきたのだ。
「あうううぅ、おめめぐるぐる、せかいもぐるぐるぅ~」
その横で、その言葉どおり目を回したケイが、いっしょに頭まで回している。
そして、運転席では、テルミがエアバッグのしぼんだハンドルを両手でしっかりと持ったまま、そこに額を押し付けてうつむいていた。
どこかぶつけて、気を失っているんじゃなかろうな、と思い顔を近づけてみると、テルミが何かぶつぶつ言っているのが聞こえてきた。
「わ、私は、私は、こまった、でしょう、どうしましょう・・・・・・」
何気にパニックになっているらしく、微妙に震えながら延々と同じようなことを呟いている。
「おい、テルミ」
「ひゃあ!?も、ももも、申し訳ありませんっ!」
声をかけたら、今度はものすごく取り乱した。いつも落ち着いているテルミが取り乱すのも新鮮といえば新鮮だが、今はそういう反応をされると困ってしまう。
「ほら、テルミ、深呼吸深呼吸」
本当は俺だって落ち着きたくないのだが、みんなでパニクってたら進む話も進まない。
そして何度か深呼吸すると、テルミもやっと落ち着いてきた。
あらためてまわりを見回す。怪我人はいないようだ。
「と、とりあえず、車から、出よう」
このままここにいてもどうしようもないので、外に出ることにする。
外に出て判ったのだが、俺達が乗っていたワゴン車は電柱に激突しており、前がべっこりと凹んでいた。そして前輪もパンクしている。怪我人がいなかったのが不思議なぐらいだ。
本来の持ち主ではない俺達を護るために身を挺してくれた車に感謝したい気持ちだったが、力のこともあるので、それは心の中で述べるに留めておく。
それにしても。往来でこれだけの交通事故があったというのに、野次馬の1人も出てこない。車で走っていた時も人の気配が無いな、とは思っていたが、こうなると完全なゴーストタウンだ。
「まあ、目撃者がいないのは、いいのか悪いのか・・・・・・」
「誰?」
その時、ケイがワゴン車と違う方向を見て声をあげた。
いつの間に現れたのか。そこには、街頭の光を背にして、確かに誰かが立っていた。
野次馬1号か?と思ったのだが、俺はその姿に違和感を覚えた。
ぽつんぽつんとしか無い街灯を背にしたその人影は、やっと涼しくなってきたばかりだというのに、すその長いコートを羽織っていた。逆光の中で見えるシルエットは細めで女性っぽいが、変な靴を履いているのか、足が不自然にごつい。
そしてもっとも違和感があったのが、頭だった。ちょうど耳があるあたりから、角のようなものが生えて見えるのだ。さらに、目のところには緑色の光の筋が1本だけ横に走っている。
夜道にロングコートを着て立っている女、というのは、露出狂の変質者か、もしくは都市伝説に出て来るでかいマスクが有名なアレぐらいしか思いつかない。そして、現物はどっちも見たことがない。ついでに言えば、目の前の人影も見たことはないはずなんだが、こいつに関してはどこかで見たような気がする。
「あ、あのー・・・・・・」
その人影に声をかけてみた。少なくとも、目が緑色に光る知り合いはいないが、もしかしたら思い出せないだけかもしれない。
すると、その人影は何も言わずに、すっと右手を上げた。掌をこっちに向けているが、近寄るなってことだろうか。
それが意味することは、すぐに判った。やはり拒絶だったのだ。
その人影の掌が、ヴンッといううなるような音と共に、赤い光を放つ。まさにその直後だ。
ぐおおおおおおおおおっ!
何の前触れもなく、いきなり、後ろで何かが、もの凄い音を立てて爆発した。
「どわああああ!?」
「きゃあああああっ!」
「ひええええええ!?」
「アイヤーーーーーーーっ!?」
何があったのか判らず、俺達はその爆風に吹っ飛ばされ、アスファルトの上に投げ出された。